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lll.ロンド小国、旧ネザリア

定例会議に呼び出し2

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 隣の席の者が「バル殿、お話を」と催促する。俺の番かと慌てて椅子から立ち上がる。
「え、えー……」
 緊張するのは久々だ。
 コホンと咳払いをして喉も心も一旦落ち着かせる。まずは一番大事であることを皆に伝えなければならん。
「俺はリュンヒンを殺してなどいない」
 周りはザワザワとはならん。しかと個人の耳で全て聞いてやろうという強い集中力だけがこの場を包んでいる。
「殺していないし、敵であったベンブルクにも何の繋がりも無かった。しかし残念ながら俺の兄、レイヴン・アレンの方はベンブルクとの関係があったと思われる。別にその事で仲違いになって俺はクランクビストを出てきたわけでは無い」
 これでも周りの反応は無しだ。
 しかし大臣席から一人が声を上げた。
「では何故あなたはメルチ城に入ったのですか」
「それは……それは分からん」
「脚光を浴びたいのであれば」
「違う!」
 思わず強く言い放ってしまっても気丈に振る舞う者はにこやかである。
「ならば、そのレイヴン・アレン殿より上位に立つことで、自身の力の差を思い知らせたかったなどはどうですか?」
 俺は少し胸がドキリと鳴った。
 それを知ってか知らずか話は続けられる。
「アレン殿はクランクビストの王位を継承するので、第二王子であるあなたはそのまま国に残っていてもあまり表立った事は出来なくなるはずです。メルチの王座が空いたとなれば、身内であることを理由にあなたはここへ入られたのでは?」
「……俺はメルチの王座に就く気はさらさら無い」
 すると初めてこの場がざわついた。
 進行役が「静粛に!」と声を響かすと一瞬で無言となるが、大臣の席は引き続き揺れているままだった。
「王座に就かないだと?」
 仏頂面もこれには声を上げずにいられない。
「ああ。王座には就かん。俺はリュンヒンがやろうとして出来なかったことをしたいだけだ」
 またもや会場がざわついた。
 いよいよ我慢の限界であった者からはあらゆる野次も飛んできた。
「静粛に! 静粛にしなさい!」
 俺の発言は良いものとされず、多くのメルチ国民の反感を買ってしまった。
「お前はリュンヒン様に成り代わって自分の功績を上げたいだけだろう!」
 こう上がった声には「そうだそうだ」と沢山の同意を得たようだ。水の波紋は波となり、気付けば俺を飲み込もうとした。

 司会役の声が届かんようになれば会議は破綻だ。
 どこからか怒り狂った役員が席から飛び出して直接交渉……いや、それより一発殴ってしまえば早いなど道を外れる者も今すぐ現れそうだ。
 俺を護衛してくれるジギルスはどうなっているのかと見ると、彼は席から少し離れた場所から黙って片手を上げていた。
「お、おい。何か言いたげだぞ」
 俺から司会役の者にジギルスの存在を伝えてやる。
 収拾のつけられん会場の中で、司会役はジギルスに気付いて遠慮がちに発言権を与えた。
 そのことに気付かん役員達は、突如として中央の席に現れた騎兵隊員にも別の野次を飛ばしている。
 構わずジギルスは告げた。
「バル殿が向かおうとする地はロンド小国です」
 それにより明らかにざわめきの色が変わった。
「おい、今ロンドって言ったか?」
「あいつ……何する気だ」
 俺を攻撃する声は、ロンド小国に対する不審や疑問の声となり、騒ぎの大きさもだんだん萎縮していく。
 大臣らは身を固まらせていた。
「いったいロンドに何用で?」
 気丈に振る舞うことも忘れて真顔のままで聞いている。
 ロンド遠征に関しては別に公に話そうとは思っていなかった。
 しかしこの場で秘密にするというのはあまりにも敵を作りすぎると思い、俺は渋々告げることにする。
「今回の戦争の結果でメルチは痛手を負った。ベンブルクの方も多少は堪えたかとは思うが、そちらには同盟国であるカイロニアの兵士がまだ健在だ。ネザリアの復興もまだまだ時間がかかる。今、ベンブルク及びカイロニアを圧制するために協力国を得たいのだ」
「……それでロンドですか」
「ああ。敵の両国にとって一番関わり合いになりたくない国であろう」
 大臣は口を閉じた。
 周りの者たちも同じくだ。
 それは俺の考えることに納得したのとは違い、よくよく吟味した上で不可能だろうと思ったからである。
 しかしここで笑う者が出ないのは皆が真剣にメルチ王国の行き先を案じているからに他ならない。
 俺も懸命に伝えていくことでメルチの道が開けるのだと信じて声を張った。
「ロンドは新規の小国であり治安も制度も固まっていない。今のうちに物にできるならしておいた方が良いと俺は思う。何より、必ずメルチの士気を高めることになる!」
 静まり返ったままであった。
「次の会議にはロンドの代表者であるエレンガバラ殿がこの席に座っているだろう!!」
 声高々とこの空間に響かせたわけである。
 それは流石にやりすぎた。

 ぎこちない空気で満ちた会議場を出れば、扉の脇にあの監視役が立っている。
 名は確かルイスだったか。俺のことを待っていたに違いないのに片手を上げたり微笑みを向けたりもしない。
 俺は視界からヤツを排除し、その前を行き過ぎようとした。
 だが「迷子になりますよ」と言われ、俺は不本意ながら足を止めたのである。
「お部屋までお送りいたします」
「なら俺はここで待っているから執事を連れて来てくれ」
 窓のサッシに手をかけて暗くなりつつある空を眺めた。
 外の景色に癒されるつもりが、ガラスに映る自分の疲れた顔を見て余計にため息を吐いている。
「かしこまりました」
 無言で過ごしているとルイスは執事を探しに行くようだ。
 忍び足でもするかのような静かな足音で歩く。やはり国を捨てて来たと言っても特殊な訓練が身についているのだ。
「明朝、ロンドへ遠征する。お前もついて来い」
 足音が静かすぎて立ち止まっていたのにも気付きにくい。
 そんな掴めん男を側に置いておくのも多少は不安だが。
 ルイスは突然呼ばれた理由を聞かずに「かしこまりました」とだけ返事をした。
「見えないところでコソコソ嗅ぎ回られるのは良い気がしないからだ。俺だけを守るために側に居ろ」
「はい」
 ルイスはその後すぐに執事を連れてきた。
 俺の命令が守れると後腐れもなくひとりで何処かへ去っていく。
 やはりヤツのことはまだ信用するには至れない。


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