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lll.ロンド小国、旧ネザリア
日陰の庭
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(((リュンヒン王子と婚約者セシリア姫の
(((スピンオフ短編小説もございます。
(((ご興味がありましたら、
(((下部作者マイページからご覧下さい。
(((全4部/短編小説/完結済み
元居た城より広いメルチ城の敷地を案内された。生活するのに欠かせない主要な部屋を巡ったが覚え切れるわけがないし、かなりの時間がかかった。
千年大国のかの昔からある古い城である。当時は多くの貴族らが集まって暮らしていたのだろうが今は王族一人。
そのうちこんな膨大な部屋数で暮らす世の中ではなくなるような気がしてならない。
「リュンヒン様の葬儀のこと、何から何まで本当にありがとうございました」
そのように俺に言うのはリュンヒンの執事である。歳のせいで背中が丸くなり歩くのも亀の歩みであった。
執事は「国よりも長生きして見せますよ」と可笑しなことを言うが、不思議と応援してやりたくなるような愛嬌のあるじじいだ。
俺と執事は二十個もの部屋と四つの庭をまわり終えた。
そして最後に、リュンヒンの墓が城にもあると言うのでそこへ向かっている。
国葬後は王家代々が眠る丘に葬られたはずであるが、どういうわけだか墓が二つあるらしい。
「こちらです。足元にお気をつけください」
そう言いながらも頼りない足取りなのは執事の方だ。
しかもこれから進もうとする道は、広大な庭から建物の隙間を入っていく小道よりも路地に近いような道である。
人が歩くことを想定されていないために土の地面はガタガタだ。
仕舞い忘れのジョウロなどが転がされており、雨水が溜まった中に藻が生えていた。
執事がよろけているので俺は咄嗟にその丸い背を支えた。
「ありがとうございます」
「ゆっくり進んでくれ」
「ありがとうございます」
全く同じニュアンスで言ってペコペコと頭を下げられた。
狭い道を通り、建物の壁を突き抜けると小さくまとまった裏庭に出た。
木柵が覆っているがそのすぐ下は崖であり、正面は開けてあるから森を上から見下ろせ、遠くに連なる剣山が美しい。
しかし裏庭全域が建物の影になっているから、この場でまったり茶を飲もうなどとは思わないだろう。
「リュンヒン様はこちらに」
景色に見惚れていると執事が隣で言った。
そっちを見ると確かに墓が置いてあった。
白木の墓だ。小さな花束もいくつか供えてある。
「こんなところに人が来るのか」
「ええ。城に住む者は時々訪れるようです」
「だったらもっと通いやすい場所にした方がよかったのではないか?」
そう告げると、執事は微笑んでいるような顔をあの美しい剣山の方へ向けた。
特に何も言わないので俺も同じ方向を見てみる。しかしリュンヒンがこの場所を気に入っていた以外の理由が見つからない。
再び墓の方に目をやり、本当に死んでしまったのかと胸を痛くしていた。
だがふと、墓の刻字に別の名前が刻まれているのが目についたのだ。もちろんリュンヒンの名も刻まれている。
「二人の墓なのか?」
執事は「ええ」と答えた。
「リュンヒン様の奥様であらせられます」
「お、奥様!?」
俺の声は剣山に反響し、遅れて返ってきた。
意図せずデカい声をあげてしまったことを恥ずかしく思い、俺はもう一度通常の声量で「リュンヒンに妻がいたのか?」と問う。
「正しくはリュンヒン様の許嫁でございました。生前お二人があまりにも仲睦まじい様子でしたので、城内で働く者の間では秘密裏に『奥様』とお呼びしていたのです。リュンヒン様も時々ご自身でもそのように呼んでおられました」
その仲睦まじい二人の様子を思い浮かべてか、執事はうっとりとした表情で語った。
しかし俺としては一ミリも聞かされたことの無い新事実であり、そんな大事を口にしなかったリュンヒンを呪いたいくらいである。
「その姫君が亡くなった理由は聞いてもいいのか?」
「もちろんでございます」
執事の神妙な顔を俺は見守った。
「このお方の美しさや気丈なところはもちろんですが、リュンヒン様と通じ合っているという点で、現ベンブルクの国議長であらせられるレッセル様のお目に止まったのです。そしてこのお方は心を痛まれ自害を……」
横取りに遭ったというのか。
それも命を絶つぐらいだ。リュンヒンの負い目に遭うような事態だったのだろう。
「……関係を持ったか」
「それは誰にも分かりません。リュンヒン様にだけは本当のことを打ち明けていたかもしれませんね」
辛い話の最後には執事は明るい表情で言うのである。
それだけこの二人の絆が本物であり深かったという証言だ。
「そうか。それなら少し嬉しい」
死人を呪うのはやめておくことにする。
この場所はリュンヒンの許嫁が好きでよく訪れる場所だったらしい。
日陰である暗い場所から見ると山の景色がより美しいのだと許嫁は周りに教えたそうだ。
確かに。色味がくっきりとし、森の緑や山肌と空の青色が際立っていて美しかった。
土を踏む足音に気付いて俺も執事も後ろを振り返った。
「これはこれは、ジギルス様」
執事は後ろに控えた。
リュンヒン捜索の前に関所で出会った門番兵士である。この墓に花を手向けに来たのかと思えば、あろうことか俺にむけてきたのは銃口だ。
執事の息を呑む音だけが聞こえる。
「真実をお話し下さい」
爽やかな風が吹き抜ける時、その兵士は俺に静かな声でこう言った。
兵士は銃の引き金に指をかけている。いつでも俺の顔面に弾丸を発射できるだろう。
「真実というのは何のことだか。説明も無しでは分からんのだが」
俺は冷静に答える。
俺と同じく兵士の方も冷静だ。特段取り乱しているというわけでは無いために、この経緯を話してくれる。
「ある一部が信じる噂です。リュンヒン様を殺めたのはバル殿、あなたであると世間は騒ついているのをご存知でしょう。それが真実であるならば……」
銃口は俺の顔面から離れて、兵士のこめかみに当てられた。
「あなたがリュンヒン様のところへ行く許可を出したのは私です」
「ジ、ジギルス様。どうかお止めになってください」
「どうなのです。レイヴン・バル殿」
俺と兵士は見つめあっていた。
山の方では大型の鳥が天空を旋回し、森の全土に聞かせるように美しい鳴き声を上げている。
俺もその声に呼ばれたみたいにそっちを見た。
上からでは崖の下に広がる森の内部までは見ることは出来ん。それなのに俺の脳裏には、血痕が残る雑木林の光景が映るし、リュンヒンを担いだ重く生ぬるい感覚も拭えないでいる。
「……リュンヒンはお前のことをえらく褒めていた。良心のある男であると。ちゃんと名前を覚えておけと言われたのだ」
大型の鳥はどこかへ飛んで帰ってこなくなった。
再び兵士の方に視線を戻し、その頬に伝う一筋の水を一瞥する。
「ここでお前も死んだら俺もリュンヒンも悲しい。悲しいことはもう今回ばかりでたくさんだ。お前もそうだろう。ジギルス」
俺はリュンヒンとその許嫁の墓の前でそっと胸を当て、これまでの苦労と苦痛を労い、祈った。
もしも生まれ変わるなら次は必ず幸せに結ばれてくれと願っている。
「神なんか信じないくせに」
リュンヒンが言う。
これからもずっとこんな声が聞こえてきそうだと思うと、俺は少し苦笑した。
「ではまた気が向いたら来る」
ひるがえして去ろうとすると、ジギルスはまだその場に立っていた。しかし拳銃と頬の水はもう仕舞ったようである。
「ロンドへ参ると小耳に挟みました。そこへはベンブルクを通りますし、何よりロンドは治安が定まっていない危険な地です。私がリュンヒン様に代わってあなたを護衛させて下さい」
見守っていた執事がひょこひょこと出てきた。
「ジギルス殿は騎兵隊隊長であらせられます」
「騎兵隊か。心強いな。では頼む」
ジギルスの前を通り過ぎ、小道から庭へと帰還した。
日向の庭から振り向いて様子を見てみると、建物の隙間でジギルスは俺の方を見ており、敬礼の姿勢を崩さず立っていた。
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元居た城より広いメルチ城の敷地を案内された。生活するのに欠かせない主要な部屋を巡ったが覚え切れるわけがないし、かなりの時間がかかった。
千年大国のかの昔からある古い城である。当時は多くの貴族らが集まって暮らしていたのだろうが今は王族一人。
そのうちこんな膨大な部屋数で暮らす世の中ではなくなるような気がしてならない。
「リュンヒン様の葬儀のこと、何から何まで本当にありがとうございました」
そのように俺に言うのはリュンヒンの執事である。歳のせいで背中が丸くなり歩くのも亀の歩みであった。
執事は「国よりも長生きして見せますよ」と可笑しなことを言うが、不思議と応援してやりたくなるような愛嬌のあるじじいだ。
俺と執事は二十個もの部屋と四つの庭をまわり終えた。
そして最後に、リュンヒンの墓が城にもあると言うのでそこへ向かっている。
国葬後は王家代々が眠る丘に葬られたはずであるが、どういうわけだか墓が二つあるらしい。
「こちらです。足元にお気をつけください」
そう言いながらも頼りない足取りなのは執事の方だ。
しかもこれから進もうとする道は、広大な庭から建物の隙間を入っていく小道よりも路地に近いような道である。
人が歩くことを想定されていないために土の地面はガタガタだ。
仕舞い忘れのジョウロなどが転がされており、雨水が溜まった中に藻が生えていた。
執事がよろけているので俺は咄嗟にその丸い背を支えた。
「ありがとうございます」
「ゆっくり進んでくれ」
「ありがとうございます」
全く同じニュアンスで言ってペコペコと頭を下げられた。
狭い道を通り、建物の壁を突き抜けると小さくまとまった裏庭に出た。
木柵が覆っているがそのすぐ下は崖であり、正面は開けてあるから森を上から見下ろせ、遠くに連なる剣山が美しい。
しかし裏庭全域が建物の影になっているから、この場でまったり茶を飲もうなどとは思わないだろう。
「リュンヒン様はこちらに」
景色に見惚れていると執事が隣で言った。
そっちを見ると確かに墓が置いてあった。
白木の墓だ。小さな花束もいくつか供えてある。
「こんなところに人が来るのか」
「ええ。城に住む者は時々訪れるようです」
「だったらもっと通いやすい場所にした方がよかったのではないか?」
そう告げると、執事は微笑んでいるような顔をあの美しい剣山の方へ向けた。
特に何も言わないので俺も同じ方向を見てみる。しかしリュンヒンがこの場所を気に入っていた以外の理由が見つからない。
再び墓の方に目をやり、本当に死んでしまったのかと胸を痛くしていた。
だがふと、墓の刻字に別の名前が刻まれているのが目についたのだ。もちろんリュンヒンの名も刻まれている。
「二人の墓なのか?」
執事は「ええ」と答えた。
「リュンヒン様の奥様であらせられます」
「お、奥様!?」
俺の声は剣山に反響し、遅れて返ってきた。
意図せずデカい声をあげてしまったことを恥ずかしく思い、俺はもう一度通常の声量で「リュンヒンに妻がいたのか?」と問う。
「正しくはリュンヒン様の許嫁でございました。生前お二人があまりにも仲睦まじい様子でしたので、城内で働く者の間では秘密裏に『奥様』とお呼びしていたのです。リュンヒン様も時々ご自身でもそのように呼んでおられました」
その仲睦まじい二人の様子を思い浮かべてか、執事はうっとりとした表情で語った。
しかし俺としては一ミリも聞かされたことの無い新事実であり、そんな大事を口にしなかったリュンヒンを呪いたいくらいである。
「その姫君が亡くなった理由は聞いてもいいのか?」
「もちろんでございます」
執事の神妙な顔を俺は見守った。
「このお方の美しさや気丈なところはもちろんですが、リュンヒン様と通じ合っているという点で、現ベンブルクの国議長であらせられるレッセル様のお目に止まったのです。そしてこのお方は心を痛まれ自害を……」
横取りに遭ったというのか。
それも命を絶つぐらいだ。リュンヒンの負い目に遭うような事態だったのだろう。
「……関係を持ったか」
「それは誰にも分かりません。リュンヒン様にだけは本当のことを打ち明けていたかもしれませんね」
辛い話の最後には執事は明るい表情で言うのである。
それだけこの二人の絆が本物であり深かったという証言だ。
「そうか。それなら少し嬉しい」
死人を呪うのはやめておくことにする。
この場所はリュンヒンの許嫁が好きでよく訪れる場所だったらしい。
日陰である暗い場所から見ると山の景色がより美しいのだと許嫁は周りに教えたそうだ。
確かに。色味がくっきりとし、森の緑や山肌と空の青色が際立っていて美しかった。
土を踏む足音に気付いて俺も執事も後ろを振り返った。
「これはこれは、ジギルス様」
執事は後ろに控えた。
リュンヒン捜索の前に関所で出会った門番兵士である。この墓に花を手向けに来たのかと思えば、あろうことか俺にむけてきたのは銃口だ。
執事の息を呑む音だけが聞こえる。
「真実をお話し下さい」
爽やかな風が吹き抜ける時、その兵士は俺に静かな声でこう言った。
兵士は銃の引き金に指をかけている。いつでも俺の顔面に弾丸を発射できるだろう。
「真実というのは何のことだか。説明も無しでは分からんのだが」
俺は冷静に答える。
俺と同じく兵士の方も冷静だ。特段取り乱しているというわけでは無いために、この経緯を話してくれる。
「ある一部が信じる噂です。リュンヒン様を殺めたのはバル殿、あなたであると世間は騒ついているのをご存知でしょう。それが真実であるならば……」
銃口は俺の顔面から離れて、兵士のこめかみに当てられた。
「あなたがリュンヒン様のところへ行く許可を出したのは私です」
「ジ、ジギルス様。どうかお止めになってください」
「どうなのです。レイヴン・バル殿」
俺と兵士は見つめあっていた。
山の方では大型の鳥が天空を旋回し、森の全土に聞かせるように美しい鳴き声を上げている。
俺もその声に呼ばれたみたいにそっちを見た。
上からでは崖の下に広がる森の内部までは見ることは出来ん。それなのに俺の脳裏には、血痕が残る雑木林の光景が映るし、リュンヒンを担いだ重く生ぬるい感覚も拭えないでいる。
「……リュンヒンはお前のことをえらく褒めていた。良心のある男であると。ちゃんと名前を覚えておけと言われたのだ」
大型の鳥はどこかへ飛んで帰ってこなくなった。
再び兵士の方に視線を戻し、その頬に伝う一筋の水を一瞥する。
「ここでお前も死んだら俺もリュンヒンも悲しい。悲しいことはもう今回ばかりでたくさんだ。お前もそうだろう。ジギルス」
俺はリュンヒンとその許嫁の墓の前でそっと胸を当て、これまでの苦労と苦痛を労い、祈った。
もしも生まれ変わるなら次は必ず幸せに結ばれてくれと願っている。
「神なんか信じないくせに」
リュンヒンが言う。
これからもずっとこんな声が聞こえてきそうだと思うと、俺は少し苦笑した。
「ではまた気が向いたら来る」
ひるがえして去ろうとすると、ジギルスはまだその場に立っていた。しかし拳銃と頬の水はもう仕舞ったようである。
「ロンドへ参ると小耳に挟みました。そこへはベンブルクを通りますし、何よりロンドは治安が定まっていない危険な地です。私がリュンヒン様に代わってあなたを護衛させて下さい」
見守っていた執事がひょこひょこと出てきた。
「ジギルス殿は騎兵隊隊長であらせられます」
「騎兵隊か。心強いな。では頼む」
ジギルスの前を通り過ぎ、小道から庭へと帰還した。
日向の庭から振り向いて様子を見てみると、建物の隙間でジギルスは俺の方を見ており、敬礼の姿勢を崩さず立っていた。
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