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Ⅱ.王位継承者

動き出す‐新王‐

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 俺は来客用の部屋へと向かい、その途中でヤツと出くわした。
 沢山の衛兵を引き連れた一行の真ん中から、知った顔がこちらを振り向いている。
「よう。ちょっと茶でも飲むか?」
 俺の誘いにリュンヒンは笑顔で頷いた。

「へえ。この扉の向こうにエセルさんの部屋が……君って堅実な男だと思っていたけど、内ではなかなかイヤらしいことをしているんだね」
「していない! 兵の数が足りなかったからやむ終えなしにだ!」
「だったら僕の城からいくらでも派遣したのに」
 俺の部屋を観覧しているリュンヒンのことをもう放っておいて、俺は二人分の茶を注いでいる。
「で。短い期間だったけど、二人は一体どこまで進んだの?」
 馬鹿なことを聞いてくるから手元が狂って茶をこぼした。
「デリカシーを知らんのかお前は!」
 リュンヒンを睨んでやろうと見ると、ヤツは勝手に俺のベッドの中に入って肩までシーツをかけていた。
 こんな奴に常識を問いかけていた自分が一瞬にして馬鹿馬鹿しくなった。
 入れたてのティーカップを客人に運ぶこともやめて、そこに放置した。
 俺の分だけを自分で運んで椅子に座る。足を組みながら自分で入れた茶をすすり、ぼーっと友人の姿を眺めた。
「お前は結婚せんのか」
「え? ぼくぅ?」
 この部屋に二人しか居ないのに呑気に言う。
 ついでに大あくびもお見舞いされた。
「身を固めてしまったらもう遊べないじゃないか。結婚する気になったらするよ。今は選びたい放題で困っちゃう僕を楽しんでいるんだ」
「……」
 まったく分からん価値観を聞くと、何も答えずに茶をすすっていられるから楽だ。
「先日リトゥと会ったぞ」
「リトゥ? 誰だい? それは」
「とぼけるな。お前に口止めされていると言っていた」
 リュンヒンは何も答えずに人のベッドで大きく寝返りを打つ。どうにも頭の位置が決まらんらしく、あらゆる角度を試して不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
 俺の方に背中を向けて黙り込むつもりかと思ったら違った。
「あー。あの貴婦人のことか」
 本当に今思い出したという風だ。
「貴婦人? あれはネザリアの召使いだぞ」
「本人はそう言うけど、育ちが全然それっぽく無かっただろう?」
 やはりリュンヒンも俺と同じように違和感を感じていたようだ。
「彼女はネザリアに取り込まれた小国の貴族だよ」
 リュンヒンは言い切った。
「なぜそう思う?」
「思うも何も、兄がネザリア城の地下倉庫で関連書類を見つけているからさ。彼女のような事情は他にも複数人いてね。今はそんな小国が独立するよう手を回しているところさ……」
 だんだんと話し方が緩やかになり、最後は寝息のようなものが続いた。
「おい。寝るな」
 リュンヒンがハッとして目を開ける。
 さすがに人のベッドで寝るのは違うとは分かるらしく、リュンヒンは上半身を起こした。
 両手を上へ伸ばしながらあくびをし、ポリポリと首の後ろを掻いている。
 リトゥがセルジオ城にいた事についても、リュンヒンが兄上と会っていたことも、エセルの居場所も、聞きたいことはあるのだが、どのように切り出せば良いのか難しかった。
 何より、友とは言えども相手は隣国の王だ。あまり詮索などせん方が互いの為であることが多い。
 ……だが気にはなる。
「どうしたんだい? そんなに僕を見つめて」
 こうして二人きりで話す機会などそうそう掴めるものでは無い。
 リトゥの素性が分かった事など、俺のモヤモヤのほんの端くれを散らしただけである。
 俺は席を立ってリュンヒンのために入れたティーカップを手に取った。
 それをベッドのところへ運んで、俺を不思議そうに見る男に差し出す。
「冷めてそうだけど、ありがとう」
 リュンヒンの手がティーカップを取ろうとする手前で、俺は渡すものを取り下げた。
「お前に聞きたいことがある」
 改まってそう言っても、リュンヒンの目は手元からどこにも映らなかった。
 俺の考えが定まっていないために、聞きたい事とやらは簡単に口から出てこなくて少し困った。
「聞かない方が良いんじゃないかな」
 リュンヒンが先にそう告げて、片手を伸ばしてティーカップを奪い取る。
「別に僕は君に何を聞かれたって、嘘をついたりなんかしたりしないけど。今回の件は君を巻き込むわけにはいかないんだ」
 そして冷めた茶を口に運んでいた。
「俺が出てくるとマズい事があるのか?」
「君とエセルさんは、そうだね」
「俺たちの事……なのか?」
 それに対しては、リュンヒンはフッと苦笑するだけであった。
「ご馳走様。じゃあもう僕は行くよ」
 空になったティーカップを俺に持たせて、勢いよくベッドから飛び上がる。
 そのまま部屋の扉を開ければ、外で待機していたメルチの衛兵が見えた。
 出て行く間際にリュンヒンは俺のことを振り返り「また会えて嬉しかったよ」と言う。
 俺は自室に残されて佇んだ。
 旧友の背中が消えるのを眺めていると、ふと腑に落ちた心地がした。
 彼は何か重荷のようなものを背負っていて、それは俺が寄り添おうとしても無駄だということだ。
 ……そうか、リュンヒンは王になったのか。
 頭で分かっていたものが急に心の方でも理解が行き届いたようである。

 その後も、ぐずつく天気が続き、まるで俺の心を映すかのようである。
 何もリュンヒンのすることに俺が心を病ませる理由も無いはずなのだ。それにしても仕事は驚くほどに捗らない。
「暗い顔ですね。外はもうこんなに明るいと言うのに」
 声が聞こえた気がして俺は顔を上げた。誰もいない書斎であった。
 その声はカイセイであっても、エセルであっても良い。
 俺はひとりなんだな……などと思った。
 幻聴は俺の縮こまりたくなる気持ちを大いに掻き立てたのだった。
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