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Ⅱ.拓かれる秘境国

手に追えなくてよ?

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 カツンカツンと靴の音は荒々しく、そしてついにメアネル・シャーロットがこの医務室に顔を出す。
「バル様! バル様!!」
 入ってくるなりこの城の当主では無く、俺の名を連呼した。
「お、お前。その容姿!!」
 俺は医務室に入ってきた人物がシャーロットと別人で目を疑った。
「いつものドレスはどうした!? それにその髪!!」
「あら! 違いに気付いてくれるのねっ」
 シャーロットはたぶん俺の安否確認に駆けつけて来たのだろうが、ここで俺に褒められたのだと思って気分を良くしたようだ。
「スラックスなんて初めて履いたわ。意外と動きやすくて好きよ、わたくし。それに見て? 髪を切ったらずいぶん知的になったと思わない?」
 俺の目の前でくるくると回り嬉しそうに言う。
 いつもの飾りだらけのワンピースとは違って、すらっと真下に布地が下りたパンツ姿のシャーロットだ。
 髪はくくってあるのかと思うが、後ろから見れば首が見える程短くなった。
 ……この姿はもうロマナで見ているから俺は一応「おおぅ」と答えておく。
 それでもシャーロットは自身で満足しているため、喜んだ。
「あ、そうだったわ。それが契約書ね?」
 カイセイの手から契約書が剥ぎ取られる。
 何をするのかと見守っていたら、シャーロットはポケットから判とペンを取り出した。
「お前まさかそれ、ニューリアンの判か」
「ええ、そうよ」
 さぞ当たり前かのように返事をする。
 手頃な兵士に朱肉を持ってくるよう上から目線で指示を出し、先にマルク王の書く場所に自分のサインを書きだした。
「黙って持ってきたわけじゃ無いから安心して」
「なら、マルク王が認めたと?」
「当たり前でしょ。じゃないと持たせてくれないわよ」
 シャーロットは手元に集中しており、口早にそう告げた。
 そしてまだ俺が信じ切っていないうちに、その重大な判まで軽々押してしまったのだ。
「あなたが事を納めたらすぐにサインしないとと思って、わたくしずっと関所の前で待っていたんだから!」
 まるで「あなたのせいよ!」と言われているような感覚で謎にげんなりとなる。
 シャーロットはニューリアンのサインをし終わると、誓約書を持ってアルゴブレロの方へ向いた。
「はい。これから世話になるわね」
 両手で誓約書をアルゴブレロに渡している。
 アルゴブレロはそれを渋々受け取ったが、怪訝な顔でシャーロットを睨んでいた。
「何か質問でも?」
 シャーロットは小首をかしげる。
 俺はいくらなんでも飛ばし過ぎだと心配になった。
 もしシャーロットの身に何かあれば、マルク王に首を飛ばされるのは俺なんだぞ、と言いたい。
「……メアネル・シャーロットか」
 ずいぶん長く見ていたアルゴブレロがようやく低い声を出した。
 リュンヒンと想像した美女と野獣とは、美女の容姿が変わり少し違ったが、それでも二人の異質感は拭えない。
「言葉も動作も気を付けるんだな。ここはお前の暮らしていたお気楽な国とは違う。女の分際で王座の前にしゃしゃり出てもらうのは、なかなか気分が良いものでは無いんだ」
「あら。ご忠告どうも。じゃあわたくしからも挨拶ついでにひとつよろしいかしら」
 そう言ってシャーロットは座った。
「うががああっ!!」
 アルゴブレロの包帯に巻かれたスネの上で足を組んでいる。
「女かどうかは何を見て決めているのか知らないけれど、気分を悪くしたわたくしは何処の誰でも手に負えなくてよ?」
 完全に勝ちを見せつけたシャーロットは俺とカイセイにウインクを送った。
 アルゴブレロにもその余裕っぷりを見てほしかった。彼は痛みでそれどころじゃないからな。
 だが代わりに周りの兵士はしかと目に焼き付けたはずだ。
 とんでもない人を国に入れてしまった、と。皆あっけにとられている。


 *  *  *

 ニューリアン王国から発出される婚姻を目的とされた姫君は、この日初めて別の職を受けた。
 メアネル・シャーロットは美貌で名高く誰もが憧れる女性である。
 彼女は今日から隣国セルジオ王国で大使として働く。
 ニューリアンとセルジオを良好な関係で築いていかなくてはならない。それが任務だ。
 幸先不安であったが、彼女なら上手くいきそうだと安心をし、俺とカイセイと監視役は医務室を出る。
 用が済んだことでこれから我が城に帰るのだ。
「キースにもあれぐらい出来て欲しいのにな」
 気弱な王子とその逆の姫を比較し、この飾り気のない廊下で言葉を漏らす。
 同時にどちらが有能なんだろうかと考えた。答えは迷宮入りだ。
 先を案内するセルジオ兵士を追いながら歩みを進めていると、ふと見たことのある人物が別の道を通る。
 ハッとはしたが、俺は咄嗟に監視役が付いているのを思い出せてよかった。
 その人物は女性である。エセルでは無い。
 すぐに行き過ぎてしまった後ろにはメルチ兵士が列を作っていた。
 俺は一度も振り返ることもせずにセルジオ城を出た。
「あっ、ニューリアンの馬はどうしましょう?」
 門を出てすぐにカイセイが思い出したらしく俺に言う。
 あれは枝肉にすると言っていた。今頃はきっと今晩の夕食にと下ごしらえを受けているところだろう。
「とりあえず黙っておく」
 それが最善であろうと俺は言うが、もちろんカイセイは「それでは律儀ではありません」と怒っていた。
 メイン通りの街は再び賑わいを取り戻したようである。
 夕食のために店も開き客も入るが、相変わらず兵士が列を成した行進が行き来していた。
 それはセルジオにとっては普通の景色なのだろう。
 市民は何でもない話をしながら、その兵士たちの傍を横切って歩いていた。
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