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Ⅱ.籠れぬ冬

王の庭‐理由‐

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 再び極寒の畑に舞い戻ってきた。今度は別の作業を手伝わされている。
 知らぬ間に太陽が出てきたようだ。若干だが日光のおかげで暖かくなった。
 マルク王が大ぶりの葉物野菜を収穫し、それを受け取り箱に詰めるというリレーのような作業だ。
 いそいそと手を動かしていたら、またマルク王から話しかけてくる。
「シャーロットとは結婚してくれることになったかい?」
 直球な質問に思わず野菜を投げてしまった。
 さっき愛情をかけて育てたと熱弁された野菜を、急いで地面から拾い上げている。その事はしらずにマルク王は弱々しく続けた。
「君が結婚してくれないと、今度の会議にはシャーロットを出さなくちゃならない……」
「そ、そうなのですか!?」
「あの子は何だかやる気を出しているみたいでね。せがまれたんだよ。でも会議の席にシャーロットが座っているのを想像してごらんよ。僕はとにかくハラハラしてしまってしょうがない。あの子は君も知っての通りかなり気が強いじゃないか……」
 俺は一度落とした野菜を箱に仕舞いつつ考えた。
 二、三人の代表者が片頬を抑える様子が思い浮かんだ。
「うっ……」
 俺と王は二人して子羊のようにぷるぷる震えた。
 シャーロットのことだ。自分が女王として国営をしたいという事は、マルク王に直談判しているのだろう。
 ぷくぷくと太っている王がこの話で一気に痩せたような気がする。
 同情はするが、それで俺の答えは変わったりしない。
「私はシャーロットとは結婚しないつもりでいます」
「そうか。やっぱりそうなんだね」
「すみません……」
「いや、良いんだ。本当はあの子が一番分かっているだろうさ」
 マルク王は止まっていた手を動かし、次の野菜に手をかけた。
 新鮮な葉がこすれ、キュッキュと音を立てながら引っこ抜いていく。根についた土を振り払うと、振り返らずに後ろ手でそれをこちらに渡してきた。
「……でも。これでも僕はあの子の親だ。シャーロットが幸せになる事を一番に考えて、君を結婚相手に宛てがったんだよ。説得したいわけじゃないけど、その理由くらいは聞いてくれるかい?」
「はい。聞きたいです」
 マルク王は上空の遥か彼方を見上げた。
 そこに思い出を浮かべながら「それはな」とゆっくりと語り出す。
 マルク王の語りは昔話から始まった。そしてそこには俺の父上と母上の名も出てきた。
 父上の名はジョーサン。現王妃である母上はリアンだ。
 幕を開けるかのように空っ風が吹く。

「君が初めてうちに来たのは領土争いが目まぐるしく起こっていた頃だったね。ジョーサンは戦争ばかりに出向くのでリアンが随分しょげていた。二人の子供を連れて路頭に迷うかのようだった」
 マルク王は急に笑いをこぼす。
「君はとにかく不安定でね。何をしても一生泣き続けている。反対に兄の方は自由気ままだ。うちのシャーロットと歳が近くても、君ら兄弟は全く仲良くなれなくて困ったものだよ」
 俺は遠い昔の記憶を思い出している。
 泣き虫だったのは知らんが、シャーロットと何かした思い出は全く思い当たらなかった。
「いつから婚約したんでしたっけ」
「さあ、いつだろう。もう僕とジョーサンの間では、君が生まれた日から縁談はまとまっていたと思うよ」
「……」
 不用意に聞くのではなかった。生まれた瞬間将来を決められていたとは末恐ろしい。
 マルク王はいたずらな笑顔を見せていて「順番だからね」と言った。順番なら兄が優先だが、シャーロットが受け入れなかったのだろうと思った。
「でも僕が結婚を決めたのはジョーサンの葬式で二人のやりとりを聞いてからだ」
「二人?」
「ああ、そうだよ。バル君とシャーロットのね。裏庭の真ん中で壮大な口喧嘩を勃発していたじゃないか」
 マルク王から詳しい話を聞くと、偶然にも俺がついこの間の晩に思い出していた口喧嘩であった。
「リアンが倒れたというのに君が一歩も動かないから、シャーロットが泣きながら怒鳴っていたあれだ。最後には取っ組み合いにまで発展して大人達で止めただろう?」
「そうでしたか……?」
 俺はそこまで覚えていなかった。首をかしげている。
 だがマルク王はそんな俺を薄情だとは言わない。ひとりで唸りながら、次の言葉をどのように伝えるべきか考えているようだった。
「シャーロットはね……結構君に強く当たるじゃないか。それは何でだと思う?」
「私が憎いからですか?」
 俺の解答にマルク王が吹き出して「それは無い」と言う。
「いいかい? バル君。あの子は君のことを一番に信じているのさ」
「信じる?」
「そうだ。シャーロットはいつでも君を信じている。手段は少々強引で不器用なところがあるけど、あれがシャーロットの君に対する一途な愛なんだ」
 真面目な目を向けられていた。
 初めてシャーロットが俺に愛情を持っていたことをここで知る。
 ずっと好意があると彼女は俺にアピールしてきたが、なにせ愛というものがこんな形でも存在しているとは思いもしない。
「驚きです……」
「当然だよ」
 何かにつけて俺を叱るような言い方をするのは、俺を奮い立たせるための行動だった。
 決して、ダメな男を追い詰めようだとか、自分が優位に立つための言葉じゃない。
 そしてそれをこっぴどくしてくるのは彼女のお節介な性格からでは無いのである。ちゃんと頭で考えれば彼女は誰かに世話を焼くような人物では無かっただろう。
「平手打ちをされて、愛されていると感じるのもどうかと思う……」
 マルク王は恋の終わりを告げるみたいに、しんみりと言った。

「さあ土産だ! 馬車は下に回してある。君達はこのあと国に帰りなさい」
 気前よく言ったが手に物を持っているというわけでも無い。
 真面目な話を聞きながらなんとなく手を動かして野菜を運んでいた。それが気づけば幾つもの木箱が満タンだった。
 まさかこれを持って帰れと言っているのかと俺は青ざめている。
「ど、どれを頂けるのでしょうか?」
「全部だよ。今日は大盤振る舞いだ。この箱ぜーんぶ持って行きなさい」
 まったくその通りであった。
 二人では当然持ち運べないため、マルク王は内線電話を使って使用人たちを呼び出す。
 この屋上へワラワラと登ってきた大人数によって、野菜の詰まった木箱は下へと降ろされたのであった。
「シャーロットのことは、とりあえず心配しないでおくれ」
 知らぬ間にエプロンを脱いでいたマルク王が俺を振り返って言う。
「セルジオの件もなんとかなりますか?」
「ああ。なんとかするよ。僕の可愛い娘をあんな老害に渡らせてたまるか!」
 あのいつでも穏やかなマルク王が、歯をキリキリさせているのを初めて目にした。
 とはいえ、マルク王にその気が無いのであれば任せておいて安心できる。
「すみません。よろしくお願いします」
「良いんだよ」
 穏やかな笑顔であった。
「もしシャーロットのことで気が変わったら、いつでも連絡してね」
「はい。わかりました」
 また王の盛大な笑い声が屋上に響いていた。
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