上 下
73 / 172
Ⅱ.籠れぬ冬

ニューリアン王国からの呼び出し2

しおりを挟む
「お前さん、他国の者かね」
 年を食った声で言われたかと思えば、さっきの隣のじじいであった。彼は帽子のつばを持ち上げて目線を送り、自分が話しかけたのだとアピールしてきている。
「気になるニュースがあったようだのう。熱心にそこだけ読んでおったからすぐに分かったぞ」
 このじじい、眠りこけっているのかと思ったら、俺のことをコソコソと観察していたらしい。
 俺の素性がバレると厄介であるから、少しだけ新聞で顔を隠しておく。
「そう言うあんたもよそ者なんじゃないのか」
「なあに。私はこの宿に住み着いておる老いぼれよ」
「嘘をつけ」
 俺は新聞の隙間から顔を覗かせると、じじいの持ち物である革製のトランクを一瞥した。
 住み着いている割には荷物はトランクひとつと少ないし、もっと言えば紐でぶら下げている浅靴などこの地域では使い物にならん。
 じじいに意思が伝わったと分かれば俺はまた新聞の裏に隠れた。
「若いのに物が分かりそうな男だ」
 じじいは勝手に俺のことを認めたらしかった。それで気を良くしたのか急によく喋りだす。
「私は最南から北上してきた。つい数日前にはそこに書かれている陥落した国に居たんだが、いやぁ運が悪くてのお。偶然にも何か戦争の最中に居合わせてしまって、しばらく国から出られんかった……」
 災難だったと語るのは、もちろん俺も参加した……というか実は俺が主犯の、打倒ネザリア・カイリュの合戦のことを言っているのだと思われる。
 じじいが話を止めていると、新聞を貫通してフレーバー付きの高価なタバコの匂いが漂った。薄紫の煙も見えていた。
「皇族御用達のタバコだぞ。お前さんもどうかね」
 言いはするが、じじいは見せびらかしたいだけで一本渡すなどはしてこない。「それでだ」と続きの話の方がしたいようだ。
「そのテダムとか言う王子。長男のくせに王位継承権を弟に奪われるなんて情けないだろう? そんな余り物の人材に支配されるものかと国民は怒っている。……まあ、通りがかりの老人でも同情くらいはしてやるさ。それに弟の方は戦略者だが女ったらしときた」
「市民はどっちもしっくり来んのだな」
「そうそうみんな勝手なもんだ。あれは違うこれも違うと言いながら、選り好みばかりしておるわい」
 じじいは何だか面白がっているようであった。旅人なのだから客観的に観賞していられるのだろう。
「最近は王権剥奪の動きも活発だな。国を統治するのはいよいよ誰になるか分からんぞ?」
 最後は好奇心を露わにしながらじじいは語った。
 そこへカイセイがやって来た。部屋の用意が出来た旨を手短に伝え、先に階段を登って宿泊棟へと行った。
 見ると新聞の隙間からシワシワの手のひらが差し出されている。情報料を支払えということである。
 俺は懐からニューリアンのコインを数枚サイドテーブルに置いて席を立つ。
「新聞代だ。良い暇つぶしをどうも」
 新聞は頂いておき、俺もカイセイの後を追う。
 階段を登りながらロビーを見ると、じじいはもうコインをポケットに入れた後であった。そしてサイドテーブルには、俺が拝借した新聞と同じものがまた置かれている。

「新聞なんて買っていたんですか。珍しい」
 ベッドの上に投げてあった新聞をカイセイは手に取り言った。
「ロマナに読まされているからな。今だけは情報通だぞ」
「今だけでなく、ずっと情報通で居て欲しいですよ」
 皮肉を垂れながら、カイセイはベッドの脇で新聞を広げている。
 俺はベッドの上で毛布をまとい丸くなっていた。部屋の中にある暖炉は薪の節約だと張り紙がしてあり、この時間は機能していないからだ。
「こちらの方がスイナ様ですか?」
 カイセイが俺の方に記事を向けてきた。
 ぼやけた写真の中に並ぶ顔のひとつを指さして問うた。
「多分そうだろう」
 即答しておく。モザイク画のようなものをじっくり見る気にもならん。
 カイセイはその写真を再び自分の方に戻すと、何を思ってかまじまじと見つめていた。婚約者になりかけた人物が好みとかけ離れていたのかと思うとそうでは無い。
「綺麗な方ですね」
 カイセイが小声でボソッと呟いた。
「あの家系に綺麗じゃない女性など居ない」
「えっ。まあ、そうですけど……」
 一度は顔を上げたものの、また写真に目を落としている。思うにカイセイは写真に見入っているのであった。まさかと俺は密かに驚いていた。

 山脈に沿って旅路は進み、窓の景色はいよいよ町の風景に変わっていた。
 レンガや漆喰を使ったカントリー調な家々が並んでいる。すでに雪かきは終わっているようだ。石畳の道が見えていた。
 こんな冷たい季節にも関わらず外に出ている住民たちをチラホラ見受けられた。
 男達は薪を割り、女性らは干し野菜をこしらえているのだ。特に飢えた様子もなく平和で順調な暮らしを送っているらしい。
 馬車はこのまま街へと入っていくわけで、当然家や人が増えると賑やかになっていく。だがそれでも他の国に比べればだいぶと落ち着いていた。
 メルチ王国のように観光地化していることも無く、旧ネザリアのように四階建ての建物が建っていることも無い。
 この様子をたいへん平和で良いなと俺は思うが、もしかしたらリュンヒンやその父オルバノ王なら、この変化しない国をあまり褒めないかもしれないな。
「懐かしいのではないですか」
 俺がぼんやり考えていると何故か嬉しそうにカイセイに言われた。俺が景色を見ながら懐かしさに浸っているのと勘違いされたようである。
「こちらに来るのは何年ぶりになるのですか?」
「さあな。だいぶ昔で覚えていない」
 本心を言ったまでだ。
 俺はシャーロットのもとへは進んで足を運ばないので、ニューリアンを訪れるのは婚約者を得るずっとずっと前以来であった。
 そして良い思いもしていないから記憶薄である。
 カイセイの方は今回が初めての訪問だ。
 新しい場所に浮足立つようなタイプではないが興味はあるらしい。さっきからよく窓の外を眺めている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...