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Ⅰ.ネザリア王国
決戦3
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屋根の上にシンボルを掲げた建物が見えていた。城の一角が聖堂になっているらしい。人気が無く鍵守の兵士もそばに置いていない扉は少しだけ開いており、まるで俺のことを待ちくたびれたかのようであった。
古木の扉を開く。中の空間に煩いくらいの音が鳴り響き、すぐにひんやりとした空気が肌を撫でた。じっとしていれば時間が止まっているように静寂な聖堂だ。上部のステンドグラスから光が降り注いでいる。
参列者の長椅子が等間隔に置かれていた。そしてその最前列に人の後頭部が覗いている。
「兵士に頼る次は神に命乞いか」
俺は赤絨毯を歩きながらその後頭部に聞かせた。だが静かな笑い声だけが返ってくるだけだ。この男は一週間前に会った時と変わらず、怖気づくどころか余裕を持った態度で落ち着いている。
カイリュの首まであと長椅子四つ分の距離まで来た時、俺は懐の剣に手をかけた。
「君が私のことを早く見つけられるようにと神に祈っていたのだよ」
危険を察知したカイリュは、身をひるがえして俺の前に立ち上がった。にやりと不気味な笑みを浮かべながら、剣を突き出した構えの姿勢を取る。
「お友達の王子はどうした? 早くも戦で死んだのかな?」
「俺ひとりで十分だと言ってきた」
俺の構えが出来ると、先行はカイリュからこちらに飛び込んできた。隙の無い攻撃が止むことなく振りかかってくる。さすがに上手い。ひと振りの重さが手首にも響いてくるほどだ。油断していたら剣を落としそうにもなる。
「随分苦戦しているようだね。今からでも助けを呼んでくるか?」
「……!」
返事も返せないほどの集中が続く中、カイリュの方は調子を落とさない。長椅子を蹴りやってどうにか隙きを作って立て直そうにも、相手の動きは思ったよりずっと機敏であった。
カイリュは長椅子の背にも乗り上げ、上部からも攻撃をしてきた。これはまずいと俺は歯を食いしばっている。
一旦距離を取るため剣を大きく振り、相手の姿勢を仰け反らせた。俺は突けるところを我慢し、一歩後ろに下がり体制を立て直そうとした。しかしその動きを阻止してきたのは、何者かの矢である。
矢はわざと俺の身を外したようで足元に刺さった。見たことのある矢である。前にアルバートやエセルを射抜いた矢だ。おそらくこれに当たると毒にやられてしまうのだろう。
「……この矢に見覚えがあるのかね?」
顔を上げると同時に右肩に衝撃を感じた。あまりに強い衝撃に俺は膝から崩れ落ちるほどであった。ぶら下がるこの右手から剣が落ち、だくだくと血が吹き出しているのか生ぬるいものが腕から指先まで駆け抜けた。
「銃弾を受けるのは初めてじゃないか?」
カイリュは自ら手に持った拳銃を見せつけた。田舎国では出回っていないだろうと、引き金や弾の出る仕組みなど惜しまずに語りだす。馬鹿にされたものである。俺は左手で剣を拾いながらカイリュを睨み付けた。
「なぜ心臓を狙わない」
俺の問いは意表を突いたようだ。カイリュは面白がって大きな笑い声を聖堂に響かせた。
「すぐに死んでしまっては面白くないであろう? 勝負とは勝ちが見えている時の方が楽しめる」
「外道め。気持ちの悪い趣味だ」
「外道か……悪くない響きだな」
カイリュはこれに倣って外道らしい顔つきになった。
「……次はその左腕か。それとも足が良いかな」
銃口をそれぞれの位置に向けながら言った。
俺はふらふらと立ち上がる。右腕全体が痺れ冷たく感じるが、それも一興だと開き直ると何だか笑けてきた。俺の様子にカイリュは怪訝な顔をする。
「いいや、次はお前の心臓だ」
俺は言い放ち、床を蹴ってカイリュの心臓部をめがけて走り剣を突き出した。腕がダメになった分、足は軽くなったかのようだ。
「愚か者め……」
仁王立ちのままカイリュが構えを変えた。そこへ飛び掛かる俺の勢いを利用して、首を払い切るつもりだ。それが上手く行けば、この首は気持ちいい程飛ぶことであろう。
だがそれは罠だ。助太刀のタイミングは今だと俺でも分かる。
俺は差し出していた剣を下ろして身を低くし、そのままカイリュの足の間を通り抜け転がり込んだ。トスッと背後で音が鳴っていた。向き直るとやはり俺の行った後には二本の矢が突き刺さっている。一本目と同じ向きである。刺客はひとりなのかもしれない。
「うおお!」
悠長に弓矢兵の分析をしている暇は無い。すでに向きを変えていたカイリュは叫び声を上げながら、足元にいる俺へ上から剣を振りかぶった。
串刺しにならぬよう相手の剣を見ている余裕はなく、俺はほぼ勘のようなもので横へ身を転がした。カイリュの剣はこの身を打ち取らず赤絨毯を刺す。
大技を外した隙が生まれた。
「貰った!」
カイリュが重心を剣に取られて前かがみに傾いているのを狙い、俺は特の武道でその足をすくった。彼はバランスを崩して腹を打ちながら倒れる。即座に背中側から心臓を目掛けたが、俺がここで討ち取れなかったのは、その脇腹からこちらに向けられた銃口のせいだ。
「若いのに動きが遅いぞ」
カイリュは荒い息遣いで腹部を上下にしながら言った。
「地面に這いつくばっているのはお前だ」
俺も息は荒く汗もかなりかいている。戦いは剣先と銃口を互いに向けたまま動かぬ展開となった。しかし剣より銃弾の方が早いのでこちらが不利である。
「君は利口な男だ。そうだ、下手に動かない方が良いぞ」
銃口を向けたままカイリュはゆっくりと身を起こした。それを目を離さずに捉えているが、視界の端に柱に隠れた矢じりが光を跳ね返しているのも見えている。
「剣も持ちながら拳銃を使うし、矢まで飛ばして来るとはずいぶん手厚いな。そうまでして勝ちたいのか、それともそうでもしないと勝てないのか……」
言うとカイリュは表情を曇らせる。
「君が対等を望むなら、私は拳銃を収めてやっても良いぞ」
「それには及ばん。こっちはもう利き手を使えないハンディキャップがあるからな」
カイリュは目元をピクリと動かした。再び逆鱗に触れたのだと見える。
「ならば、これで本当に決着だ!」
カイリュの構えが今までのものと変わった。しかし残念ながら戦いはここで終わりである。俺は勝利を確信しており、カイリュが掛かってくるのを目を閉じても待っていられた。
「リュンヒン!!」
友の名を呼ぶと同時に俺は膝から身を低くした。トスッとあの音が頭上で鳴り、呻き声が小さく聞こえた。
それでもなおカイリュはまだ剣を振ろうとする。俺は余裕でかわしており、ついにその胸に剣を突き刺した。剣の横には一本の矢だ。ネザリア製の毒を盛っているであろう繊細な矢である。
崩れ落ち横たわったカイリュは、次第に顔を青くしていきながら口から血を垂らしていた。ようやく終わったのだとその顔を見下ろしていると、後ろからリュンヒンの足音が近づく。彼は俺にもカイリュにも話かけずにやってきて、自身の剣でカイリュの胸をもうひとつ刺した。
カイリュは最後に呻きと共に「メルチめ」と苦しみ言う。
「君だけに手柄を取らせていては、僕は国民に顔向け出来ないだろう?」
リュンヒンは俺と目を合わせるとニコリと笑った。
「動くな貴様ら!」
扉からバタバタと入り込んで来たのはネザリアの軍隊だ。カイリュの瀕死を目にして、ますます殺気立っている。
リュンヒンはカイリュの体から剣を抜き、その血の付いた刃をネザリア軍に向けた。応戦と捉えたネザリア軍は、皆で一斉に襲いかかってくる。
「おやめなさい」
仲介したのはローブを着た男である。すぐ近くの扉から現れた。彼を見るなり軍隊は勢いを失い足も止めている。
「ネザリアの祭祀だよ」
リュンヒンが囁いた。
いかにも賢者のようないで立ちで、動かないでいる王の様子も冷静に眺めていた。まるで彼によって時間が止められたかのような感覚だ。この中は異常な静かさになった。
外では未だ弾丸の音が鳴り止まない。すぐ近くで剣を交える戦いも起こっている。鉄同士が擦れ合うのも耳をすませば聞こえた。
祭祀はゆっくり口を開き、軍隊に向けて低い声で言う。
「この戦いは彼らの勝利です。君たちは外の戦士たちに知らせて回り、皆の手当にあたりなさい」
軍隊は反発するどころか、この命令を聞き入れていた。
不思議に思っているとリュンヒンが耳打ちする。
「指導者には指導者がいるものさ」
みるみるうちに全ての兵士がすみやかに聖堂を出て行った。
「君たちも行きなさい」
祭祀は軍隊だけでなく俺とリュンヒンにも指示を出した。どうやら敵討ちに現れたのでは無いらしい。
彼は一言告げ終わると後はひとりで長椅子の位置を戻したり、書庫のようなところへ書物や紙類を運んだりしている。
引っ越し準備では無い。祭祀はそこに火を落としだすからだ。
ぼうぼうと燃え立つ火にどんどん書物をくべ、ますます火が大きくなっていく。さらに火は垂れ布や赤絨毯に燃え移った。
「おいおい、火事になるぞ!」
俺の声に無反応でいて一心に書物をくべるだけだ。
このままでは建物ごとあの祭祀も焼け死んでしまう。すると俺の手をリュンヒンが引いた。
「行こう。ここから出るんだ!」
留まろうとする俺を強引に連れ出し、やがてこの聖堂は炎に包まれた。
古木の扉を開く。中の空間に煩いくらいの音が鳴り響き、すぐにひんやりとした空気が肌を撫でた。じっとしていれば時間が止まっているように静寂な聖堂だ。上部のステンドグラスから光が降り注いでいる。
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「兵士に頼る次は神に命乞いか」
俺は赤絨毯を歩きながらその後頭部に聞かせた。だが静かな笑い声だけが返ってくるだけだ。この男は一週間前に会った時と変わらず、怖気づくどころか余裕を持った態度で落ち着いている。
カイリュの首まであと長椅子四つ分の距離まで来た時、俺は懐の剣に手をかけた。
「君が私のことを早く見つけられるようにと神に祈っていたのだよ」
危険を察知したカイリュは、身をひるがえして俺の前に立ち上がった。にやりと不気味な笑みを浮かべながら、剣を突き出した構えの姿勢を取る。
「お友達の王子はどうした? 早くも戦で死んだのかな?」
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俺の構えが出来ると、先行はカイリュからこちらに飛び込んできた。隙の無い攻撃が止むことなく振りかかってくる。さすがに上手い。ひと振りの重さが手首にも響いてくるほどだ。油断していたら剣を落としそうにもなる。
「随分苦戦しているようだね。今からでも助けを呼んでくるか?」
「……!」
返事も返せないほどの集中が続く中、カイリュの方は調子を落とさない。長椅子を蹴りやってどうにか隙きを作って立て直そうにも、相手の動きは思ったよりずっと機敏であった。
カイリュは長椅子の背にも乗り上げ、上部からも攻撃をしてきた。これはまずいと俺は歯を食いしばっている。
一旦距離を取るため剣を大きく振り、相手の姿勢を仰け反らせた。俺は突けるところを我慢し、一歩後ろに下がり体制を立て直そうとした。しかしその動きを阻止してきたのは、何者かの矢である。
矢はわざと俺の身を外したようで足元に刺さった。見たことのある矢である。前にアルバートやエセルを射抜いた矢だ。おそらくこれに当たると毒にやられてしまうのだろう。
「……この矢に見覚えがあるのかね?」
顔を上げると同時に右肩に衝撃を感じた。あまりに強い衝撃に俺は膝から崩れ落ちるほどであった。ぶら下がるこの右手から剣が落ち、だくだくと血が吹き出しているのか生ぬるいものが腕から指先まで駆け抜けた。
「銃弾を受けるのは初めてじゃないか?」
カイリュは自ら手に持った拳銃を見せつけた。田舎国では出回っていないだろうと、引き金や弾の出る仕組みなど惜しまずに語りだす。馬鹿にされたものである。俺は左手で剣を拾いながらカイリュを睨み付けた。
「なぜ心臓を狙わない」
俺の問いは意表を突いたようだ。カイリュは面白がって大きな笑い声を聖堂に響かせた。
「すぐに死んでしまっては面白くないであろう? 勝負とは勝ちが見えている時の方が楽しめる」
「外道め。気持ちの悪い趣味だ」
「外道か……悪くない響きだな」
カイリュはこれに倣って外道らしい顔つきになった。
「……次はその左腕か。それとも足が良いかな」
銃口をそれぞれの位置に向けながら言った。
俺はふらふらと立ち上がる。右腕全体が痺れ冷たく感じるが、それも一興だと開き直ると何だか笑けてきた。俺の様子にカイリュは怪訝な顔をする。
「いいや、次はお前の心臓だ」
俺は言い放ち、床を蹴ってカイリュの心臓部をめがけて走り剣を突き出した。腕がダメになった分、足は軽くなったかのようだ。
「愚か者め……」
仁王立ちのままカイリュが構えを変えた。そこへ飛び掛かる俺の勢いを利用して、首を払い切るつもりだ。それが上手く行けば、この首は気持ちいい程飛ぶことであろう。
だがそれは罠だ。助太刀のタイミングは今だと俺でも分かる。
俺は差し出していた剣を下ろして身を低くし、そのままカイリュの足の間を通り抜け転がり込んだ。トスッと背後で音が鳴っていた。向き直るとやはり俺の行った後には二本の矢が突き刺さっている。一本目と同じ向きである。刺客はひとりなのかもしれない。
「うおお!」
悠長に弓矢兵の分析をしている暇は無い。すでに向きを変えていたカイリュは叫び声を上げながら、足元にいる俺へ上から剣を振りかぶった。
串刺しにならぬよう相手の剣を見ている余裕はなく、俺はほぼ勘のようなもので横へ身を転がした。カイリュの剣はこの身を打ち取らず赤絨毯を刺す。
大技を外した隙が生まれた。
「貰った!」
カイリュが重心を剣に取られて前かがみに傾いているのを狙い、俺は特の武道でその足をすくった。彼はバランスを崩して腹を打ちながら倒れる。即座に背中側から心臓を目掛けたが、俺がここで討ち取れなかったのは、その脇腹からこちらに向けられた銃口のせいだ。
「若いのに動きが遅いぞ」
カイリュは荒い息遣いで腹部を上下にしながら言った。
「地面に這いつくばっているのはお前だ」
俺も息は荒く汗もかなりかいている。戦いは剣先と銃口を互いに向けたまま動かぬ展開となった。しかし剣より銃弾の方が早いのでこちらが不利である。
「君は利口な男だ。そうだ、下手に動かない方が良いぞ」
銃口を向けたままカイリュはゆっくりと身を起こした。それを目を離さずに捉えているが、視界の端に柱に隠れた矢じりが光を跳ね返しているのも見えている。
「剣も持ちながら拳銃を使うし、矢まで飛ばして来るとはずいぶん手厚いな。そうまでして勝ちたいのか、それともそうでもしないと勝てないのか……」
言うとカイリュは表情を曇らせる。
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カイリュは目元をピクリと動かした。再び逆鱗に触れたのだと見える。
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「リュンヒン!!」
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それでもなおカイリュはまだ剣を振ろうとする。俺は余裕でかわしており、ついにその胸に剣を突き刺した。剣の横には一本の矢だ。ネザリア製の毒を盛っているであろう繊細な矢である。
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カイリュは最後に呻きと共に「メルチめ」と苦しみ言う。
「君だけに手柄を取らせていては、僕は国民に顔向け出来ないだろう?」
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祭祀はゆっくり口を開き、軍隊に向けて低い声で言う。
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軍隊は反発するどころか、この命令を聞き入れていた。
不思議に思っているとリュンヒンが耳打ちする。
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彼は一言告げ終わると後はひとりで長椅子の位置を戻したり、書庫のようなところへ書物や紙類を運んだりしている。
引っ越し準備では無い。祭祀はそこに火を落としだすからだ。
ぼうぼうと燃え立つ火にどんどん書物をくべ、ますます火が大きくなっていく。さらに火は垂れ布や赤絨毯に燃え移った。
「おいおい、火事になるぞ!」
俺の声に無反応でいて一心に書物をくべるだけだ。
このままでは建物ごとあの祭祀も焼け死んでしまう。すると俺の手をリュンヒンが引いた。
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