上 下
50 / 172
Ⅰ.最後の宴

祭りの夜

しおりを挟む
 収穫祭に始まりの時刻など無い。前日から店を閉めているような店主は、昼前から浴びるような酒を飲み始めているし、そこに酒を注ぐ者だって伝染するかのように飲まされるものだ。
 石畳の道に沿ってカラフルな蝋燭が置かれた。そこに子どもたちが薪火を持って火を灯していく。揺らめく火は夕闇にぽつぽつと浮かぶようで、実に幻想的なものになった。
 この名物を見ないことには済まされないと、家の中にいる人もまばらに外へと出てくる。そして恒例の景色に皆、満足げな唸りを上げた。
 こうして、日が沈んだ頃から最も賑わう時間となり、本格的な宴の始まりとされるのだ。
 人々が広場に集まる中に俺もいた。カイセイとエセルとアルバートを連れて城から出て来ている。にぎやかに行われる祭は、民も貴族も兵士も関係なく皆で祝う行事だ。子供は菓子を買い、大人は酒で乾杯で、とにかく笑っていればそれで良い。
「バル様、どうぞこちらに。ぬる酒がありますよ」
 腕を取られる勢いで引かれて椅子に座らされた。
「カイセイ様も、さあさ」
「いや、私は」
 同じようにしてカイセイも座らされる。二人がけの席で対面することとなった。
 俺達が通りかかるのを前々から監視していたのだろうか。ずいぶん手際よく金属ジョッキが二人分運ばれてくる。中にはもちろん琥珀色の液がたっぷりと入っており、ほのかな湯気が沸いていた。これを断るわけにはいかん。
「よし、カイセイ。ここは男の勝負といこう」
 俺はその溢れんばかりのジョッキを月の高さへ持ち上げた。しかしカイセイは嫌がっていた。嫌と言うなら仕方が無いと、ゴリゴリの筋肉を見せつける店主が悪い顔をしてやって来る。筋力に物を言わせてカイセイの手にジョッキを持たせてくれた。
「早飲みは酔いが回りますから。それに私はバル様のようにお酒に強くない……」
 カイセイの遠慮は店主を説得できず、むしろガハハと笑われている。
「今日酔っておかないで、次いつ酔えるってんだ!」
「そうだそうだ!」と、周りの民衆も意見が一致していた。知らずに人だかりが俺達を取り囲んでいるのである。皇族の飲みの席が面白そうだと集まってきたようだ。
 酒を飲む前に互いの揉め事を解決しておかねばならん。でないと旨い酒も不味くなってしまうからな。
「じゃあまずは、カイセイの文句を聞いてやろう」
「そんな文句なんてありませんよ」
 何を言うか。毎日毎日愚痴が溜まって仕方ないだろう? というのは、俺からでは無く、店主と奥さんの方からされた。カイセイは心当たりが見つかったようでやる気が出たようだ。
 ……分かりきってはいたが、カイセイの俺に対する文句、不満、愚痴はひとつふたつの程度では無かった。ここでは一度の酒の席でひとつの揉め事しか飲み干せん。カイセイは俺への鬱憤を晴らすための酒を探しに、延々俺のことをひきずり回していた。

 もう飲めないとなり、俺とカイセイは広場のベンチで一旦休憩をとることに意見が一致した。店の者に捕まらないよう、店側の通りと反対を向くベンチをわざわざ探して腰掛けた。
 夜でこんなに寒いのに、頬から熱が発されて体中が熱い。しかしこの寒さのおかげで頭がスッとなり、いくら飲んでも潰れそうにないのが怖いところだ。
「そういえば、エセル様とボディーガードはどこにいるのでしょう」
「いい加減名前で呼んでやれ。アルバートだ。忘れてやるな」
 俺はひょいと手首だけを動かして、二箇所に指をさし示した。エセルはいつかのように、大人や子供たちに囲まれている。アルバートは舞台の方で踊り子を口説いている。この国の王子が把握していないわけがない。
「さすがです!」
「だろ?」
 俺もカイセイも同じ量の酒を腹に入れて酔ったせいで、お互いらしくないことを言っていても会話が成り立つ。
「エセル様と出会われて、バル様は変わったと思いますよ」
「変わった? 別にそうでも無いと思うが」
「いえいえ、変わりましたよ。前よりも前向きになったと思います」
 隣のカイセイを見ると、頭上の空を見上げていた。俺も真似して上を見上げてみる。たくさんの星が散らばっており、どれもキラキラと輝いていた。
「ネザリアでもこんな空が見られるのだろうか」
 呟いていると、暗がりのせいか酔いのせいか無性に恋しい気持ちに駆られる。
「エセルに聞いてみよう!」
「ああっ、ちょっと待って下さい!」
 跳ねるように掛けていく俺の後をカイセイが追ってきた。しかしながら俺が指だけで指し当てた人物は休暇中の侍女であり、まるでエセルのようだが人違いだったのだ。
 おいおい。となり、舞台の袖口に行ってアルバートの名を呼んだが、ここでも振り返ったのは全くの別人なのである。
 広場に呆然と立ち尽くして周りを見回した。
「なんと……俺は酔っ払っているのか」
「いいえ。バル様は酔っ払ってなんかいませんよ。すぐに探しましょう!」
 この事態にカイセイも途端に酔いが冷めたようだ。俺たちは手分けして中心部付近で二人を探し回った。
 カイセイが飯屋の主人に声を掛ける。
「ご主人、エセル様を見ませんでしたか」
「さっきまで娘と話をしていたけど?」
 その娘は今はひとりで、知らないと首を振っている。
 俺の方は祭に参加していた侍女や兵士に声を掛けつつ探した。話を聞きつけた町の人が一緒に探してくれると手をあげてくれ、町を上げての大捜索が始まる。
 通りや広場だけでなく店の中もくまなく探し、これだけ探しても見つからないということは、考えられることはひとつである。
「いたか?」
「いいえ。アルバートの姿もありません」
 この日、エセルとアルバートは姿を消した。いいや、俺から姿を消してくれと二人に言ったようなものだ。いつかこうなることは分かっていたはずである。望んでもいたことでもある。しかし、いざその日になると、後悔の気持ちが徐々に顔を出してきた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」 先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。 「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。 だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。 そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...