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Ⅰ.最後の宴

町‐冬支度‐

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「エセルです。書斎に誰もいらっしゃらなかったので、こちらかと」
 朝、自室の扉をノックされた。開けたらそこにエセルが立っているのである。
 それを見て俺は立ち尽くしており、困って頭を掻いたりした。
「わざわざこんな所にまで仕事を貰いに来たのか」
「はい。何か出来ることがあれば!」
「……一応、ここは俺の部屋なんだが」
「はい?」
 目をパチクリさせて顔を見上げられた。俺の言いたいことがエセルには分からないようだ。
 まあいいやと諦めて、ここで立ったまま話を聞いた。
「カイセイ様のお部屋にも行ったんですが、早くに出掛ける用事があるとのことでして。今日は王子も大仕事があるから力になれるかもしれませんと、そう言われてやって来ました」
「言われたって誰に」
「カイセイ様にです」
 平然と答えたエセルの前で俺は項垂れている。何故ならこれでエセルを置いて行きでもしたら、俺は後にとてつもない説教を食らいそうだと思うからだ。
「足手まといにはなりませんから、どうか手伝わせて下さい!」
 エセルのこれは天然と思えば良いのだろうか。
 追い返すことが許されなくなった以上、仕事に付き合わせるしかないかと承諾する。
 こちらの事情も知らずにエセルは喜んだ。
 あいにく俺の用意は出来ているから、エセルにはすぐ隣の部屋へ外套を取りに戻らせるだけで良かった。
 その足で俺達は玄関に降りて城外へ出ていく。まさか城を出るとは思わなかったエセルは戸惑っている。
「遊びに行くんじゃない。今回は真面目に仕事だぞ」
「あっ、はい!」
 二人だけで城を出るのは二度目だ。
 今回は城を抜け出して行くのではなく、堂々と玄関から出ていくので、エセルは逆にそわそわしたと言う。

 二人で大きな石の橋を歩いている。左右を森林に挟まれて日陰が多くなり、外気の温度もぐっと下がったように思う。
 白い息こそまだ出ないが、葉を落とす種類の木は、もうほぼ全ての葉を落としきっているのである。
「……冷えるな」
「そうですね」
 道の先は森のみぞ知ると言わんばかりに茂る場所だ。このまま町に直結できてもここを徒歩で通る者はいなかった。
 こんな冬前の忙しい季節であるから余計にだ。だから俺は前を向き歩みを進めたままで、ひょいとエセルの手を取ったのである。
 しっかりと繋げたその手を暖めてやるはずが、実際はエセルの方が暖かかった。
「王子は恥ずかしがり屋ですね」
 いつも通りの口調でエセルから言ってきた。うふふと小さく笑ったりなどしている。
「……否定はしない」
 俺の方はいつも通りを意識して話した。こう見えて緊張しないはずがない。
 俺の指先はみるみる冷えていくようだが、程よい加減で握り返される手に、心の方が暖かくなっていくのを噛み締めている。
「……」
 俺は黙ったまま密かに思いを馳せた。
 この橋の下には城を抜け出した際に辿った小川が流れている。まさかあれから時が経つと、こんな風にして上を歩くことになるとは思いもしなかっただろう。誠に感慨深い。
「今日はどんな仕事をされるのですか?」
「町の者を尋ねて食料や炭の蓄えを聞いて回る仕事だ」
「聞いて回る仕事?」
 エセルが疑問を持つように、ありふれた仕事では無いなと俺も理解している。
「家の蓄えで無事に冬を越せるかどうか確認する。出来なそうであれば物資を配分する。そうでないと死人が出る程の雪が降るのだこの国は」
「そうですか……過酷ですね」
「ああ。過酷だ。これから命がけの冬ごもりが待っている」
 これは脅しでは無い。伝えるまでもなくエセルはそのように受け取ったようだ。
 のんびり歩いていたが、突然エセルに引っ張られる形となった。
「お、おい!?」
「この国の家を全部回るんですよね? なら、急がないと!」
 ゆったりとした時間は急に終わりを迎えた。
 俺は何故かエセルに急かされることになったのだ。同じ”手を繋ぐ”という状況が、今や”手を引かれている”に成り代わってしまった。
 これではムードも台無しである。
「おい! そんなに急がなくても、家を回るのは数日間かけるし、郊外はカイセイが馬で回っているんだぞ!」
 そう言ってもエセルはやる気を動力にずんずん進んでいった。
 町に到着した時には二人して汗だくである。手だっていつの間にか離れている。
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