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Ⅰ.最後の宴

二回戦2

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「……なるほど挑発してるのだな」
 ならば返してやらんとな! ついでに二度と声まで出せんようにしてやる! 俺がアルバートに剣先を向けて走り出すと、恐怖の形相を浮かべてあの男は逃げ惑った。逃さんとさらに追うと、突如全身が浮くような感覚になる。
「ぬあ!?」
 前に出した足の着地点でいきなり地面が抜け落ちたのだ。それは膝のあたりまで深く落ちた。しかもその穴には泥水が溜まっていて、引き抜こうとすればするほど奥へはまっていく。
 抜けない足に戸惑っていると俺の頭に固いものが当たる。
「僕の勝ちだな」
「お前……」
 見上げると悪党じみた笑みを浮かべるアルバートに見下されていた。そしてもう一度、今度は俺も見届ける位置から剣で頭をコンと打つ。
「勝ったぞー! 僕は勝ったんだぞー!!」
 勝利の雄叫びと共に剣を天に掲げ、ひとりで祝福の光を浴びていた。まさかこんな事で勝利になどさせるかと、俺はこの身を激しくよじっている。
 無事なもう片方の足を軸にぬかるみから出ようと前に出すと、まさかのそれも同じように地面と一緒に落ちて中の泥水に埋まってしまった。嫌な予感で周りを見渡すと、不自然な影を作る芝生の箇所が点々としていた。
 同じような落とし穴が幾つも周りにある。しかも小作な仕掛けは一見分からないよう、土ごと掬った芝生を上から被せて隠してあった。
「お前は暇なのか」
「策士って言いなよ」
 すっかり抜けなくなった両足をどうしてくれるのかと思えば、アルバートは大満足でいて装備を脱いで去っていくではないか。それもスキップしながらで、自分で掘った穴を軽快に避けていく。
「これでエセル様は僕のお嫁さんだ~」
 林の奥にアルバートが見えなくなってから、そのような喜んだ声が聞こえてきた。
 静かでひんやり冷えた林の奥の平地にひとり。往来する蜂や蝶が助けてくれるわけはなく、俺はその場で何度かくしゃみをしていた。

「……このままで終わってたまるか」
 足の泥を洗いながら俺はグチグチ言う。良い天気の昼下がりだ。外廊下では昼休みを取ろうとする侍女や兵士が気分良く往来しているかもしれんが、俺付近の空気だけは憎悪のため池同様ドロドロだ。
 中までよく洗った靴に足も拭かずに入れ、廊下の床を濡らしながらぐちょぐちょ歩いた。探し回らなくてもアルバートは割と近くに居て、悠長に外での昼食を取ろうというところであった。
 俺はアルバートを攫う手順でとある場所に連れて行く。

* * *

 人気のない場所に連れてこられてビクビクするアルバートに、さらに歩け歩けと尻を叩き、ついに埃にまみれた建物の中に収めた。
 そこはアルバートにとって見覚えのある建物である。俺はこのまま地下牢に入れたい気持ちを堪えて、すぐ横の大きな扉を開けて入るよう命じた。
 アルバートは恐る恐る言われた通りに扉を開ける。しかしその先が随分広い空間であるし、何人か人も居ることからフッと肩の力が抜けたようであった。ここは兵士が使う稽古場である。
 その中では数人の兵士が団らんしており、入ってきたのが俺だと分かると地べたに座っていた者は慌てて立ち上がった。
 トレーニングをしていた者も一度やめ、皆俺に向かってしっかり敬礼を向ける。アルバートは知らんようなので、実は俺がこの国では偉い人物なのだと分からせるのにも丁度良さそうだ。
「邪魔して悪いな。それぞれ自由に過ごしてくれて構わない。ベルガモはいるか?」
 周りに言うと、一人がその人物を連れてきてくれた。まずはアルバートのことを紹介する。
「既に知っているとは思うが、港の一件から捕虜の男をこの国で雇うことにした。口も腕も悪いがやる気だけはある。カイセイに少し教わっただけで、こいつはかなり上達が早いことが分かった。今日からはお前からしごいてやってくれないか」
 次はアルバートに紹介だ。
「こちらはベルガモ。我が国の最高衛兵であり騎兵隊長も兼ねる人物だ。お前は俺に勝ってもっと強くなりたいのだろう? そうだと思って特別にベルガモ大佐の下に付かせてやる。この男はカイセイや俺より桁違いで強いからな。ハハハ」
 乾いた笑いを聞かせながら俺はアルバートの肩をバシバシ叩いていた。身を硬直させたアルバートは、ただただベルガモを見上げるばかりである。
 ベルガモはアルバートに話しかけるが、彼の身体サイズがアルバートのひと回りか、ふた回り上であり、まるで足元の小さな犬に話しかけるよう少し屈んだように見えた。
「私がベルガモであります。腕の良い兵士がいるという噂はかねがね聞いていた。そうか、貴殿がその兵士であったか。会えて嬉しいぞ。共に上を目指そう」
 ベルガモはハキハキと語尾を短く切って話した。少々癖の強い話し方にだんだんと慣れてくれたら良いと思う。普段はそんなに口数の多い男じゃないのだが、アルバートとの出会いは本当に嬉しそうであった。握手の手さえ差し出すほどである。
「こうして貴殿のような若手が入ってくれると助かる。それもいい時期に来てくれた。これからが冬本番。この国の雪は敵国より手強いぞ」
 俺の目の前で、親子並みに違う大きさの手が組み交わされた。ベルガモは部屋中に壮大な笑い声を響かせていた。アルバートの方も引きつらせた頬で笑っていた。
「早速だがお手並み拝見と行こう!」
 言い出したのはベルガモの好意でだ。俺の意地悪では無い。
 一度奥の部屋に消えたベルガモは、再び俺らのもとに戻ってくる時その手には鉄製の大きな剣を握っていた。それを軽々アルバートに持たせたが、あまりの重みでアルバートはあやうく落としそうになった。
「新入祝いであるぞ。ガッハッハッハ」
 大いに満足げなベルガモとは違い、アルバートはその剣をどう持てば良いのかさえ手間取っている様子だ。
 ベルガモは自分の剣を鞘から抜き取ってやる気満々である。光を浴びせてキラキラ美しい剣であるが、あれは正しく幾つもの戦いで血を拭ってきた本物だということは、俺からはさすがに可愛そうであるから言わないでおいた。
「じゃ。後は任せた」
「御意!!」「ええっ!?」
 各反応を良しとし、俺は稽古場を後にする。

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