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恋する瞳

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 撮影が再開される。

 光には白川の服が汚れた時に予備で用意していたという服に着替えるように指示される。一流のタレントさんと違って、光に服を着替える場所など用意されているはずもなく、仕方なくバスの影で服を着替える事になった。

「一応着替えましたけれど・・・・・・」光は少し不貞腐れたような感じで監督の前に現れた。

「おお!バッチリじゃないか!」監督は歓喜の声を上げる。

 スタッフが光をスタンバイ位置まで誘導する。その数メートル前に穂乃果が立つ。

「いいですか。穂乃果さんは捕まらないように後ろから追いかけてくる光さんから逃げてください。その時何度か彼のほうに振り向いてください。光さんは、穂乃果さんを追いかけてください。でも絶対に彼女の事を捕まえないでください」解かったような、解からないようなスタッフの解説を聞いた後、監督の開始の合図が出た。

「3・2・・・・・・ スタート!」

 穂乃果が走り出す、その後を光が追いかける。この速度なら簡単に彼女を捕まえる事が出来るのだが、それをしないように彼は工夫をする。彼女が振り返りほほ笑む。可愛い。彼女が逃げる。追いかける。彼女が振り返りほほ笑む。可愛い・・・・・・、これがしばらく繰り返される。

「はい!カット!いいね、穂乃果ちゃん!午後になって調子が出て来たね!可愛いいよ!」監督のご機嫌は頗る良いようであった。その言葉を聞いて穂乃果は嬉しそうにお辞儀した。

「次のシーン行くよ!」
 次のカットはベンチに座る少女の後ろから、少年がそっと近づいて目隠しをする。驚く彼女、ゆっくり手を解く少年。その顔を確認して満面の笑みで微笑むというものであった。

「3・2・・・・・・ スタート!」

 光は指示された通りに穂乃果の背後から近づいて目隠しをした。その瞬間、光は両手に緊張が走る。その手を解く穂乃果が振り向きほほ笑む。光は鼓動が激しくなって、顔が真っ赤になっていた。


「なんだ、嫌がっていた割には良い顔をするじゃないか」土手の上に止まった高級車の後部の窓を開けて男性が撮影の様子を眺めている。

「午前中はさっぱりだったんですけどね。午後になってから水を得た魚のように活き活きと演技をしていますよ。穂乃果さん」男性の隣にいるのは、あの芸能事務所の男であった。

 男性はかけていたサングラスを外す、その顔は穂乃果の父、そして日本を代表する俳優でもある渡辺直人であった。

「ふーん、いいんじゃないの、このCM。自分の娘だから言うんじゃないけれど話題になるかもしれないね」少し目を細めて渡辺直人はニヤリと笑った。

「やはり私の眼には狂いがなかったでしょう。きっとお嬢さんは化けますよ」男は誇らしげに胸を張った。

「いやー、化けるかどうかは知らないけれど・・・・・・、あれはそうだな……、恋する乙女の瞳だな」渡辺直人は複雑な表情を浮かべて呟いた。

 撮影現場では満面の笑顔で演技を続ける穂乃果の姿があった。
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