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10-08 嫉妬

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 いつものように工房は伸び伸びと研究に取り組む魔術師たちで活気が出る。それをヘニルは隅でぼうっと見つめていると、引退しながらも指導に来ていたカーランドが彼の側まで来る。


「ヘニル様、今朝は随分暗い表情をされておりましたが、何かございましたか?」
「ん? あー……まぁ、カアスに喧嘩……じゃねぇな、叱られたんだよ。そりゃあもうこてんぱんに」


 彼女の指摘を、“喧嘩を吹っ掛けられた”などと捉えるのは不誠実だと、そうヘニルは思う。実際に自分の行いが様々な点において問題だらけだったことをようやく理解させ、生易しくない叱責が間違いなく彼に事態の重さを知らしめたのだ。


「カアス様も、見た目は二十代半ばほどですが、あれでも何百年も生きておられますからな。きっと同族である若いヘニル様には、何となく助言を……いや、お節介を焼いてしまうのでしょう」
「お節介、か。確かに……」


 そういえば神族の破壊衝動に怯え、セーリスの側を離れようとした時も、カアスは彼の背を蹴飛ばしてくれたのだ。必要以上に人に立ち入ろうとしない彼女にとっては親切心というものよりも、確かにお節介と形容する方がいいのかもしれない。


「神族といえど、間違えることは往々にしてあると思います。ですがヘニル様ほど聡明なお方ならば、それをきちんと正すこともできましょう」
「じーさん、俺に甘すぎね?」
「そんなことはありませんよ。セーリス様の様子を見れば、ヘニル様がどれほど素晴らしいお方か、よく理解できますとも」


 セーリスの様子と言われても、ヘニルからすればピンと来ない。だが幼少の頃から、厳密には様々な不安を抱えていた幼少期のセーリスを知っているカーランドには、普段の彼女の表情から何か読み取れるのかもしれない。

 カーランドの言葉で少しだけ救われた気がしてヘニルは小さく笑みを浮かべる。そうなると欲が出てきて、セーリスの話がもっと詳しく聞きたくなるのだ。


「なぁ、じーさん、姫様の様子って例えばどんな……?」


 こっそりと小声でそう問い掛ければ、好々爺はにっこりと優しい笑みを浮かべる。この物腰は確かにセーリスも懐くわけだと、そう思っているとタイミング悪くセーリスがカーランドに何か相談にやってくる。


「カーランド様、こちらをお教え頂きたいのですが……」


 手書きのメモを差し出しながらセーリスは言う。頑張っている彼女の姿にヘニルが微笑ましさを感じていると、カーランドが教える前にイズナの弟であるラズマが彼女の背後から顔を出す。


「姫様、これくらいだったら僕がお教えしますよ」


 唐突な申し出にセーリスは混乱しているようだ。だがすかさずカーランドが指示を出す。


「まずはラズマに聞いて、それでも分からないようでしたらもう一度おいで下さい」
「あ、はい、了解しました」


 カーランドから少し離れ、背丈の近いラズマと顔を合わせて教えを受けるセーリスを眺めながら、面白くなさそうにヘニルは唇を尖らせた。


「ラズマ、何か姫様と近くね?」
「まぁ、独特な性格をしておりますが、あの子なりに以前のことを申し訳なく思っているのでしょう」


 以前のこととは、と問い掛ければカーランドはあの魔術実験のことだと言う。自分の不注意でセーリスに魔術をかけてしまったことを悔やんで、彼女に親切に接しているらしいのだ。
 ヘニルの頭の中に思い浮かぶのはあの可愛らしい獣の耳と尾を持ったセーリスだ。彼女を護れなかったことに関しては不甲斐なさを感じたものだが、だがあの魔術は良い仕事をしたと言わざるをえない。


「(もう一回あれ見せてくれねぇかな……超可愛かったし)」


 まだ想い合う以前のあの騒動はヘニルにとってのご褒美だった。今となっては、セーリスも二人で居る時は素直に甘えてきてくれるのだが。


「――……姫様!」


 焦りの混じったラズマの声にはっとなりヘニルは目で追っていたはずのセーリスの異変にようやく気付く。どうやら例の魔術の後遺症のようで、セーリスは意識が途絶えてしまったようにだらりと崩れ落ちそうになっている。
 倒れる前にラズマが受け止めたことですぐに気付かず、ヘニルは歯噛みする。自分はこのために居るのだというのに、気を抜きすぎだと心の中で叱咤した。


「姫様、最近は調子良かったんですけど……」


 心配そうに見遣るイズナの声にラズマも頷く。
 こうなった場合、目が覚めるまで寝かせておくのが一番だという。いつものようにセーリスを部屋に連れ帰ろうと、ヘニルはラズマから彼女を引き受けようとする。

 そこでヘニルは正面から抱き合うようなセーリスとラズマの姿を目にして、薄暗い感情が胸中で渦巻くのを感じる。一秒でも早くセーリスから引き剥がしたくて、彼は荒々しく彼女を抱き上げる。
 その衝撃でよろめいたラズマをイズナが支えると、彼女はヘニルに向けて非難の視線を向けた。


「ちょっとヘニル様……!」


 数拍置いて自分の失態に気付いたヘニルは息を呑む。


「わ、悪い、大丈夫か……?」


 怒りを見せているイズナに対して相変わらずラズマは無表情のままだ。彼は姉を宥めると、気にした様子もなく服装を直す。


「気にしてません。欠席分は僕と姉で埋めておくので、ヘニル様は姫様を休ませてあげてください」


 大人びた対応にヘニルは目を伏せる。再度謝罪をし、静まりかえった魔術工房を後にする。自分の腕の中で眠るように意識の途絶えたセーリスの顔を見て、惨めな自分に対する罪悪感のようなものが増していく。


「はぁ……ダッセぇ……」


 心の底から湧き上がる後悔を、吐き出した。
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