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09-10 死の恐怖を超えて

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 驚いているセーリスに、何か不味いことを言っただろうかとヘニルは不安そうにする。抱きしめる腕に力がこもって、寂しそうな目をしながら彼女と額を合わせる。


「……、嫌、ですか……」
「うっ」


 そんな捨てられた子犬のような目で見られても困ると叫びたくなる。しかしこれも惚れた弱みという奴なのだろう。拒否できるはずなど無かった。


「嫌じゃないわ。ただヘニルはこういう約束事にすっごく縛られるから、心配なだけ。……そうだ、子供作ったらヘニルも、まさか、死んじゃうの?」
「死にませんよぉ。それは人間の肉体を受け継いでいない純正の神族、親父やデルメル様みたいな原初の神族だったらって話。俺やカアスみたいな混ざりもんは、力失くしても人間になるってだけです」
「そっか、よかった……」


 一瞬走った不安は即座に否定され、セーリスは思わず胸を撫で下ろす。神族のことは不明な点が多くて怖くなってしまう。
 そんな恐怖を悟ってかヘニルは強めに彼女の手を握り締める。優しく微笑んで、けれどすぐに甘えるように彼女に擦り寄る。


「まぁ、人間になった後は分からないですけどね。子供が一人前になるまでは多分力もそのまんまでしょうけど、人間ってばほんと脆いですから。だから俺も、怖いですよ」
「ヘニル……」
「神族のまま居れば絶対に、セーリス様の死に目まで一緒に居られますから。でも、置いてかれるのは、嫌、ですし……、それに、あんたと家族になりたいなって、ずっと思って……」


 愛おしそうに胸元に顔を埋めるヘニルの頭を、彼女は撫でてやる。
 人に成るか否か、それはヘニルにとって重い葛藤だったのだろう。自分が人となって万が一にもあっさりと病気などの要因で命を落とすようなことになれば、彼の母親と同じような苦しみをセーリスに与えることになる。だから、人間になるのも怖い、そう言ったのだ。


「そうね、確かに人間なんていつ死ぬか分からないものね」


 思えばセーリスも父があんなにも早く亡くなってしまうとは思ってもいなかった。どんなに偉大で屈強な人であろうと、人の命というものは簡単に消えてしまうほど儚いものなのだ。


「そりゃあ、突然ヘニルが死んじゃったら、すごく悲しいしとっても苦しむと思う。カアス様とかから聞いた? ヘニルが帰ってくるまで、その後も、私がどんなだったか」
「聞きましたよ。心労で死にそうなくらいだったって」
「うん。とっても怖かった……もう会えないかもしれないって、もう駄目かもしれないって思ったら恐ろしくて、夜も眠れない日があった。後悔ばかりが溢れて、そうきっと、ヘニルのお母さんみたいに」


 それまでのことを思い出しては、ああすればよかった、こうすればよかったと悔やんでばかりだった。その上ヘニルへの恋慕を抱えていたセーリスにとって、想いを告げぬまま別れることはなによりもおぞましい未来だったのだ。
 けれどそんな経験をしたからこそ、セーリスはしっかりと彼の恐怖を受け止められる、そう思った。


「だからこそ、今を懸命に生きましょう、ヘニル。私と一緒に。たとえある日突然死が二人を別つとしても、伝えた想いも愛おしい思い出も私たちの中に残り続けるわ」


 優しくその頬を撫で、そっと口付けを落とす。強く抱き締めあって、じっと視線を絡ませる。


「恥ずかしがらずに私も、ちゃんとこの想いを、ヘニルにいっぱい伝えるから」


 セーリスの返答を聞いたヘニルは小さく笑った。何か面白かったかと、そう思って首を傾げれば彼はすりすりとセーリスに擦り寄ってくる。


「安心したんです。姫様は俺に依存するようなヤワな方じゃないですから、母さんみたいにはならないって。寧ろ俺の方がヤバいですよねぇ!」
「そうかもしれないけど、ヘニルのことだって心配してないわ。ここはもう、隔絶された森の中じゃないんだから」
「それもそうですね。何かやらかしようものなら、デルメル様にぶん殴られること間違いなしです」


 そこでようやくセーリスはヘニルの口から敬称付きのデルメルの名前が出ていることに気付く。


「……今デルメル様って……何か悪いものでも食べちゃった?」
「失礼な。あの人はセーリス様のお母様、でしょう? デメテルならともかく、そんならタメなんて不躾なことできませんよ」


 それくらい本気だと、再度念を押されたセーリスは恥じらうように俯く。夢ではないのだと、今更になって彼女も思った。


「話戻りますけど、今晩……戦果のご褒美が欲しいんです」


 彼の左手が艶かしく臀部を撫でる。物欲しそうな瞳に見つめられ、彼女は褒美の内容を理解する。


「……したいの」
「はい。でもちょっと事情もありまして」


 するっと手が離れていき、ヘニルは立ち上がるとセーリスへと手を差し出した。


「いつものように、姫様のお部屋に連れ込んでください」


 懐かしさすら覚える誘いに、セーリスはじわりと頬を赤らめる。それでもしっかりと彼の手を握り返し、彼女も立ち上がった。

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