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間隙:書簡 03 思いがけない敵影
しおりを挟む嬉々として届いた手紙を開いたヘニルは、そこに書かれてあった言葉に首を傾げた。
「王宮魔術師、って何だっけ」
「そこらに居るだろう。ほら」
そう言ってカアスは兵士たちに紛れ辺りに散らばっているローブを来た者達を指差した。そこでヘニルは魔術実験のことを思い出す。
「なんか姫様がそれになるって書いてあるんだけど……」
その言葉だけでいろいろ察したカアスは肩を竦める。
「そういえば今代はセーリス姫が担い手候補だったか。姉様も踏ん切りがついたようだな」
「おい、分かる言葉で説明しろ」
「王宮に伝わる魔術の技術を姫が継承する、という話だ。姫が産まれた頃から出ていた話題だったが、あのセーリス姫の状況から見送られていたはずだ」
伝え聞きだから詳しくはないが、と言いながらもカアスは語る。
「あの時は揉めた。何せ、政務は姉様が居るから王位をセーリス姫に継がせ、優秀なレクサンナ姫を魔術師兼有望な子孫を産む方に専念してもらう、などと宣う奴が多くてな」
「はぁ!? 何だそれ!!」
「あの時の王宮は焦っていたからな。何せ不幸な事故が重なり、王族がたったの三人になってしまったのだから。王国の弱体化も想定して、他国が攻め込んでくる可能性も高かった。皆ピリピリしていたよ」
「にしたってひでぇ話だ、姫様をなんだと思ってんだか」
苛立ちをストレートに表現するヘニルにカアスは笑みを浮かべる。何度かセーリスからの手紙を読み返してはそっと丁寧に畳んで仕舞う様は、とても普段のヘニルの姿からは想像できないものだ。
「ま、ようやく王宮も落ち着いてきたという証拠だ。今回の戦いに勝てれば、今代の王位も盤石なものとなるだろう。……小競り合いで済めばな」
意味深なその言葉にヘニルは視線を上げる。
未だにニーシャンの神族たちは出てきていない。ニーシャンには七人の神族がいる。原初の神族であるテュールは絶対に国の防衛から離れないだろうが、カムラを警戒したとしても三人くらいは出てくることになるだろう。
「長年の勘って奴か、そりゃ」
「そうだな。何より、この好機に乗り込んでくるのがニーシャンだけとは思えん」
それにはヘニルも同意だった。そも新入りの彼をデルメルが軍に加えたのも、恐らくは小競り合いで終わる可能性が低いと見てのことだろう。
「数百年ぶりに、三つ巴になるかもな」
「首取り放題の出血大サービスだろ。一気に両国の神族の数を減らせる」
「そう簡単に行けば苦労はしない。三つ巴戦は大変だぞ」
諌めるような言葉に、けれどヘニルは鼻で笑う。
「お前、俺を誰だと思ってる。ニーシャン・カムラ間で誰彼構わず喧嘩売ってた男だぞ。三つ巴? ハッ、俺にとっちゃそれが普通だね」
声高にそう吐き捨てる彼に、カアスは僅かに目を伏せる。その蛮勇が吉と出るか凶と出るか、それは彼女には分からないのだ。
神族は皆得てして血の気が多く、猪突猛進だ。そしてデルメルの評を信じるならば、ウラノスの影響を強く受けたヘニルは神族の中でも爪を隠す手合いだ。狂犬のように見えて戦場においては強烈に鼻の利く、冷静なタイプと言えよう。
だが心配なのはニーシャン、カムラとの三つ巴だけではない。
「カアス様……!」
「どうした」
慌てた様子で駆けてきた王宮魔術師の方を、ヘニルもまた見遣る。血相抱えた彼は一度ぐっと息を呑むと、震えた声で言い放つ。
「敵の神族、こちらへ進撃してきます。その数……六」
「六ぅ!? 大盤振る舞いだな」
「……連合か」
カアスの言葉にその場に居た誰もが言葉を失う。敵は恐らくニーシャンとカムラ、双方から攻撃に長けた者を選び、共闘させるつもりなのだろう。
「手ぇ組んだってことか。……まぁ、あり得るか」
「二対六か、これは骨が折れるな」
「そ、それが……」
重大な報せはそれだけではないのだろう。恐らくは相手が六人ということ以上の脅威が、その魔術師には見えてしまっていた。
「ニーシャンの原初の神族、テュールが、出撃しています……!」
ヘニルも、カアスもまたその表情を強張らせる。
勝てる可能性が最も低い相手。オリジナルの力を有した、生きる伝説。それに加え更に五人の神族も同時に相手しなければならないというのか。
「アスラ並みの暴れ馬をここで出してくるか。両国はよほど王国に落ちて欲しいらしいな」
「防御を固める王国は一番落としづらいからな、ニーシャンもカムラも、どうしてもここで決めたいんだろ。ニーシャンを格下だと思っているカムラは旨い話だと思うし、テュールを最強の神族と思ってるニーシャンは王国を潰せば後はどうとでもなるって考えてるはず。……仲間割れの可能性は低そうだな」
はぁ、とヘニルは大きくため息をつく。これは無傷で帰るのは難しそうだ。
「久しぶりの大戦だ。……出撃する! 愛する者のために死ぬ覚悟はできたか、野朗共!」
カアスの号令に兵士はすかさず雄叫びを上げる。その光景を見たヘニルは、この絶体絶命の状況の中で不敵な笑みを浮かべた。
王国軍の最も恐ろしいところ。それは個々の練度の高さでも数でもない。
デルメルによって馴化された軍隊は、愛しい者のため、国のため、殉ずることを恐れない。恐怖を知らぬ不滅の士気、それが最大の武器だ。
「この戦いに勝てば王国は千年の安寧を得られるだろう。長きに渡る不毛なこの戦争を、今ここで、我らの手で終わらせるのだ!」
初めて王国軍を目にした時、ヘニルはそれを不気味に思った。けれど欲望のままに屍肉さえも食い荒らす獣よりかは、ずっとマシだと思えたのだ。
そして何より。
「そうだなぁ、三つくらい首がありゃ、姫様も喜ぶだろ」
その内の一つは、絶対に一番強い奴がいい。もしそうできたら、報告した時に彼女はどれほど喜ぶだろうか。自分を王国に引き入れて本当によかったと、きっとそう思ってくれるだろう。
「……ご褒美何かな。楽しみだ」
その手に、彼女の口付けの代償として掻っ払ってきた槍を持つ。抜け殻とはいえ、神族の肉を裂き骨を断つにはこれしか使えないのだ。
「ああ……姫様の笑顔が見てぇな……」
焦がれる想いのまま、彼は歩み出す。
◆
良い報せとして差し出した手紙に、返事は来なかった。それに不安を覚えたセーリスはデルメルに尋ねたが、戦いが始まれば返事を書く暇は無いはずと返され、それ以上の言及はできなかった。
不安を紛らわすように、セーリスはカーランドと共に修練に打ち込んだ。幸いにも王族に伝わったと言われるその技術をある程度扱えるようになるまで、そこまで時間はかからなかった。耐性のある神族に魔術をかけるのは不可能とはいえ、もしも彼が怪我をしていたら手当てができるようにと、そう何度も思い描きながら研究にのめりこんだ。
ただひたすらに、彼の無事を願った。
間隙:書簡 了
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