鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

08-06 神族の責務

「神族は子供作ったら力を失うんだよ。戦力としては平々凡々もいいところの一般人になっちまう」


　はぁ、と重々しくため息をつき、ヘニルは空を仰いだ。


「姫様に好きって言うのは簡単かもしれねぇけど、そんなことしたら俺は姫様の期待を裏切ることになる。神族としての、戦士としての役目を下させてくれって、そう遠回しに言ってるようなもんだから」


　もしもヘニルが力を失えば、彼を王国の戦力にするために身体を払ったセーリスが報われない。そう、彼は言っているのだろう。


「な、なら、子供を作らなければいい話でしょう」
「まぁそうなんだけど、……俺は、姫様の墓を一生守り続けるなんて、絶対に嫌だ。他の女と～なんて考えたくないし……告白したらなんかついでにその辺の我儘ぶち撒けそうで嫌だし、断られたらマジもう死ぬしかないから無理」


　彼の話を聞けば、今王国に居る神族の二人の姿が頭にちらつく。

　建国時以前から居るデルメルなどは、数多の王をその手で導き、死を悼んで来たのだろう。それはきっと、国に住む人々を愛する彼女であれば王だけの話ではないはずだ。王の親族も、文官も武官も、その全ての死を見送ってきた。

　そう思えば、セーリスと同じようにヘニルが王国に長く留まり、デルメルやカアスのような存在になってくれればと考えていたサーシィは、彼にとても酷な要求をしていたのだと気付いてしまう。何百年の忠誠など、とても王女の身体一つでは足りないだろう。


「だから万一に何か起こるとしたら、姫様が“ヘニルのことが好きなの、役目なんて捨てて私と添い遂げて”って上目遣いで可愛くおねだりしてきた時だけ、ってこと。ま、この感じじゃ無さそうだけど」
「ヘニル様は、神族であることが嫌なのですか？」


　ヘニルは視線をサーシィへと向ける。無表情だったその顔は、すぐに困ったような笑みに変わった。


「強い俺が好きだ。人間になるとか想像もできないし、親父の末路を見ちまった以上、あんな無様な姿にはなりたくないと思う。でも……姫様のこと考えるとさ、そんなことも全部どうでもいいなって、なっちまうんだよなぁ」


　弱った花を指先でそっと撫でてヘニルは微笑む。それは純粋に恋い焦がれる男の姿だった。

　確かに、ヘニルも彼なりにいろいろなことを考えているのだろう。けれどその考え事全てを覆してしまうのが、セーリスに対する恋慕だった。


「だからさぁ、とにかく姫様とは仲良くしてたいだろ？　どうすればいいのか教えてくれよ～」


　いつもの軽薄そうな笑みを浮かべてヘニルは言う。もしかしたらこの表情は彼なりの愛想の振り方なのかもしれない。
　ヘニルの話を聞いたサーシィは考え込む。セーリスのことを本気で想っているのは事実だ。彼らしく、セーリスのことに関してはきちんと頭を働かせて考えているようである。


「何事も誠意を見せることです。姫さまからしたらヘニル様は未だに軽薄男のままなのですから」
「誠意って、例えばなんだよ」
「自分でお考えください」
「なんだそれー！」


　踵を返し去っていくサーシィの後ろ姿を見てヘニルは再度ため息をつく。そこで彼女は一度、足を止めた。


「対面を許されなくとも、手紙を送るくらいはできるかと思いますが」
「手紙……」


　それだけ助言すれば大丈夫だろうと、そう思った矢先にヘニルは零す。


「俺字書けないんだよなぁ」
「…………」