鈍感王女は狂犬騎士を従わせる

04-07 罰の意味

「ヘニル！」


　声を張り上げ、男の首を掴む彼の腕を掴んだ。こんな大声を出すのは初めてだと、そう頭の片隅で思った。


「手を離しなさい、これは命令よ！」


　金の瞳がセーリスに向けられる。獰猛な輝きを持つそれに怯みそうになりながら、彼女は強く彼を睨み返す。
　小さく息をつき、ヘニルはぱっと手を離す。そしてセーリスの方を向くと彼女の前に膝を折った。


「姫様、俺は」

「神族ヘニル」


　カツカツと石畳を叩く足音に二人の視線が向く。複数人の兵士を引き連れ、小柄の少女は足早に彼女らの前に現れた。


「これはどういう了見かしら。神族が人に手を上げるなんて、決して許されない行為よ」


　その言葉にヘニルの目が再度ギラリと光る。そして案の定彼はデルメルに牙を向いた。


「おいデ・メ・テ・ル・、テメェ、まさかそいつらを許すってのか？」
「っ、私をその名で呼ぶなんて、よほど死にたいらしいわね小僧……」


　ぱしん、と乾いた音を立て、デルメルは袖口から伸びたスリングで床を叩いた。


「そりゃこっちの台詞だ。そいつの失言は見逃せねぇ、姫に仕える騎士ってのはそういうもんだろうが」


　二人の神族の発する圧に、誰しもが声ひとつ上げられずその行く末を見ているしかできない。デルメルの温厚だった瞳も次第に鈍く輝き、放たれる殺気がちりちりと肌を焼き付かせるようだった。


「もしもてめぇがそいつの罪を許すのなら、……今からお前を殺す。その喉元噛み切って城門に飾ってやる。そんで姫様は連れて行く、こんな腐った場所には置いておけねぇ」
「っ、だめよヘニル、約束したでしょ……」


　デルメルを怒らせるようなことをするなと、確かにそう言ったはずだ。だというのに今のヘニルは彼女を挑発し、はっきりと敵意を向けてしまっている。

　それに今のヘニルは丸腰だ。スリングだけで投擲物が無いとはいえ、神器を持つデルメルに勝ち目は無い。
　このまま死んでしまうのかと、そう思った。

　先程まで強くヘニルを睨みつけていたデルメルは、しかし殺気を消して彼から視線を逸らす。そして未だに震える商人のもとへ歩み寄った。


「貴方はヘニルを怒らせるようなことをしたのかしら。……正直に、貴方が口にした言葉を言いなさい」
「は……っ、お、お許しをっ、セーリス様に対してとんでもない侮辱を」
「求めているのは謝罪じゃないわ。何て言ったの？」


　小さな手が頭を撫でる。しかしその動作は優しくても、彼女の目はひどく冷たい。


「貴方は……本当のことを言えない“悪い子”じゃないわよね……？」
「っ、その男がセーリス様に取り入っても意味などないと、夜の相手くらいしか役に立たないと、そう、言いました……」
「そう……」


　そのまま何も言わずにデルメルは男から離れて行く。


「おい、それだけかよ……！」
「勘違いしないで、罰はきちんと受けてもらうわ。けれどねヘニル、悪事はただ責めればいいというものではないの。謝罪をし嘘をつかなかった彼には、それくらいの情状酌量を与える。相手を殺して終わりの神族とは違うのよ」


　それでも納得できなさそうな顔をするヘニルに、デルメルは低く言い放つ。


「今回の件はギリギリ未遂だし、見逃してあげる。けれど次は無いわ、強き者が弱き者に暴力を振るうことはこの国では許されない。……セーリスの騎士になりたいのなら、主人の名を汚すような行いは避けるべき、そう助言しておくわ」


　そうとだけ言い残し、デルメルは再び兵を引き連れ踵を返す。


「セーリス、こちらへいらっしゃい」


　その言葉にセーリスは顔を上げる。ちらりとヘニルの方を見れば、彼と目が合う。

　話がしたい。けれどそれを口にできる状況ではなく、彼女は何も言わずに彼に背を向けた。