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04 お宅訪問!

7 神のみぞ知る

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 その日は、妙に王城内がピリピリしていたのを覚えている。
 すぐに私はこれが夢だと分かった。なにせ目の前にいるフェルナン様がまだ少年といった風貌だったからだ、可愛い。十代前半ですわ。


「どうした、アリシェール」
「い、いえ」


 じっと見つめていたのがバレた。愛想笑いで誤魔化しておく。
 ……そういえば愛想笑いが変だって言われたんだった。この時代から既に変ですか。


「今日はなんだか、王城が騒がしい気がします」
「そうだな。魔法省の管理者が変わって、いろいろと改革を進めているらしいから」
「へぇ。新しい方のお名前は何ておっしゃるんですか?」


 自然とそんな質問が出てきたのは、魔法省なんて大事な役職の一番偉い人の名前くらい知っておかないと侍女たちに小言を言われるからだ。代替わりがあったのならきちんと情報を新しくしておかなければ。名前覚えるの苦手だけど。


「ハートリー・デュ・ライセット、だよ。父上も大層気に入っている魔法使いのようだ」
「そうなんですか。変わったお名前の方なんですね」


 なんだか名字みたいな名前だと思った。感覚的に、だけれど。


「それに魔法省の改革、ですか。さぞかし優秀な方なんでしょうね」
「ああ。今度の祝祭にも顔を出すだろうから、会うのが楽しみだ」


 珍しくフェルナン様がはしゃいでいる。とても可愛らしい。
 けれど、なんで今頃こんな夢を見ているのだろうか。けっこう昔の話なのに。

 ハートリー、その名前を昼間見たからだろうか。

 やっぱりその名前は、先生に関係があるのか。家にもその名前が書いてあった手紙があったし。
 先生の名前の可能性は……元魔法省の管理者だったにしては先生は若いし、そう短絡的に考えていいものか。


「(でも、よくよく考えれば、私はその名前の人のことをほとんど知らない……)」


 フェルナン様が言っていた“今度の祝祭”には、私は体調を崩してしまって行けなかったのだ。だから顔も見ていないし、どんな人だったのかという話もその後は聞かなかった。
 それは、どうしてなんだろう。


 そこで私は目が覚めた。


「……おはよう、アリス」
「ふぇ……?」


 すっかり日光が入って明るくなった部屋で、すぐそばに寝そべっていた先生がにこりと微笑む。


「とっても可愛い寝顔だったよ。何度キスしても起きないから、ちょっと心配したけど」
「ハッター、先生……?」
「うん。僕の腕の中はどんな寝心地だったのかな」


 寝ぼけた頭がゆっくりと昨日のことを思い出す。そうだ、私は先生と同じベッドで寝たんだった。
 寝たんだった。


「はっ!」


 思わず身体を起こして自分の服を見る。
 うん、ちゃんと着ていた。はだけていたりもしない。


「(せ、セーフ……!)」
「ねぇ、アリス」
「ひぇっ」


 同じように身体を起こした先生に、後ろから強めに抱きしめられる。今の先生はけっこう薄着なので、その体温などがすごくよくわかる。心臓に悪い。


「昨日、うっかりお酒に逃げちゃったところまでは覚えてるんだけど」


 そこはうっかりで済ませていいのか。


「一緒に寝てたってことはもしかして……しちゃった?」
「えぇっ」


 直球な質問だった。っていうか、覚えていないんかい!


「してない! してないですよ!」
「そうなんだ」


 淡白な相槌が返ってくる。こういう質問をしてくるということは、先生が先に起きてからも変なことはされていないということか。
 いや、キスしたって言ってたわ。


「ごめんね。酔った僕に変なことされなかった?」
「い、一応……ラインは超えなかったですよ」
「ふーん。酔ってもちゃんと理性はあったんだな」


 けっこう他人事みたいに言ってくれるな。ギリギリだったんですよ。


「先生、酔ったらどうなるか分かっててお酒飲んだんですか?」
「んー……いや、いつも倒れるほど飲んでたから、酔ったとかいう感覚はなかったんだよね」
「普通に死んじゃうんでやめてくださいね!?」


 急性アルコール中毒とか、そういうやつになってしまう。
 先生って実はお酒癖悪いのでは?


「そんな顔しないで。お酒はここ数年嗜む程度に留めてきたんだよ。僕はお茶菓子ありきの紅茶の方が好き」
「そ、そうですか」


 それはあるかもしれない。先生は紅茶もお菓子も好きなんだなって、お茶会をするたびに思う。


「……酔っ払った僕は本当に、酷いこととか、しなかった?」
「え? いや、酷いことは……なんかべったりでしたけど」
「へぇ、べったり? アリスに?」
「え、えぇ」
「そうなんだ。ドキドキした? 今の僕とどっちがいい?」


 矢継ぎ早に質問を繰り出してくるハッター先生。ちょっと顔が楽しそうなんですけど。
 というかどっちがいいとかそういう次元の話ではないんです。


「ともかく、離れてください。こんな格好のまま寝ちゃったし……着替えてきますから」
「えー」
「えー、じゃないですー。昨日いっぱいべたべたしたじゃないですか」
「だって覚えてないから。ずるいなぁ、酔った僕はアリスにそんなすごいことしたのかぁ」
「語弊がある! 何もなかった!!」


 念押しのように言っておきます。何もありませんでした。
 いや、たとえ何かあったとしてもここは何もなかったと言うしかない。何かあったら大問題なんだから。

 渋々と先生は離れてくれる。振り返ってみれば先生もまだ顔に眠気が残っているような気がした。寝癖ついてる。あとなんかいつもは顔以外ほぼ皆無な肌面積が増えているからか、謎の色気がある。
 だめだ、変なことを考えるな。


「それじゃ、一旦失礼します!」


 じわじわと昨日のことを鮮明に思い出した私は逃げるように先生の部屋を飛び出した。
 昨日何回好きって言われた。何回キスした。そんな恥ずかしすぎる事実に悶絶しそうになる。



「……そのまま襲っちゃえば良かったかな」



 先生の独り言は、私には聞こえなかった。
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