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02 特別授業!

2 風紀はいずこ

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 翌日。きっとハッター先生が組み合わせを替えてくれたはずだと、そう信じて教室に向かっていた私は、担当の先生に呼び止められた。
 これは学園長先生の権力来ました! と思っていたら。


「リオルさん、貴女は最上階の学園長室へ行ってください」
「え?」


 なんか呼び出しだった。

 渋々と長い階段を上り、私は慣れ始めた道を進む。そして学園長室の扉をノックし、返事を受けてすぐに入室した。


「いらっしゃい、アリス」


 そこにあったのは、なぜか別の場所から持ってきたらしいテーブルと実験器具だった。その側に立っているのは、いつもより動きやすそうな服装をしたハッター先生だった。


「……なんですか、これ」
「特別授業だよ」
「え? 補習?」
「何とかして欲しいって言ったのは君だろう? だから、今日の実験は僕と一緒にやろう」


 想像の斜め上を行く対応に、私は思わずぽかーんと口を開けたまま立ちすくむ。

 しかし、よくよく考えてみれば実験中ロサリアと同じ空間にいるだけで危険だ。別にペアを組んでいなかったとしても、また事故が起こる可能性は高い。
 ならばこの対応は、寧ろ百点満点なんじゃないだろうか。


「さすがですね、先生。確かにこっちの方がロサリアのためにはベストです」
「何か勘違いしているみたいだけど」
「え?」


 もしかして何か別の意図があるのか。そう思って首を傾げる私につかつかと近寄ってきた先生は、ゆったりとした仕草で私の髪に触れた。


「僕はアリスと二人きりになりたいから、君をここに連れてきたんだよ?」
「!? で、でも、一応授業中じゃないんですか!?」
「授業中だけど、言ったでしょ」


 少し距離を取ろうと後ずさるよりも先に、しっかりと両手を握られてしまう。そしてまた昨日のように顔が近付いてきたかと思えば、ふうっと耳に吐息が掠める。


「二人きりのときは、君は僕の恋人、なんだよ。どんな時だろうと、ね」


 片腕が腰に回って抱き寄せられる。近いです、なんて慌てるよりも先に、今度は頬に彼の唇が触れた。
 一気に身体の熱が上がっていくのが分かる。受けたことのないスキンシップに心臓が破裂しそうなくらい鳴り響いて、緊張のせいかじわりと汗が滲む。


「さぁ、一緒にがんばろう。……手取り足取り、付きっきりで教えてあげる」
「へぁ……、ひゃいっ……」


 そんなこんなで始まったハッター先生との特別授業。それは思ったよりも順調に、そして何事もなく進んでいった。
 伊達に学園長をやっているだけのことはある、というほどに先生の教え方は上手で、かなり分かりやすかった。こんな授業をマンツーマンで受けられるのは、実はすっごいお得なのかもしれない。
 ただし、一応授業中なのに距離がめちゃくちゃ近いのを除いて。

 しっかりと習った手順通りに、小さな鍋に材料を入れていけば。


「うんうん、ちゃんとできてる。偉いね、アリス」


 そんな褒め言葉がすぐ背後から聞こえてくる。よしよしと頭を撫でる手つきはまるで子供をあやすような感じなのに、声色が妙に色っぽいのがとても心臓に悪い。
 更には薬の変化を見守っている最中に、手をにぎにぎとされる。その手つきはなんかいやらしくて、乙女ゲームのレーティングが変わってしまいそうな代物だった。


「せんせ、近いです」
「そんなことない、普通だよ」


 それは恋人感覚からしたら、ってことでしょうか。
 しかしこの酷く落ち着かない状況も、さっさと目標を達成できれば終わる。そう思った私は匙で鍋の中身をかき混ぜた。
 そこで先生の手が私の手に重なる。


「な、なんですか」
「僕の大事なアリスが火傷したら大変だからね」
「過保護すぎやしませんか?」


 そう尋ねれば、彼はくすりと笑って完全に私の手から匙を取る。私よりもずっと慣れた様子で、テキパキと仕上げを施していく。


「アリスは特別だから。何よりも大事にするのは当然だろう?」
「とくべつ……」
「うん」


 ゆっくりと彼の方へと振り返れば、いつもの笑みとは違う表情が浮かんでいた。少し、真剣なようにも見える。


「君は僕の特別だよ」
「は、はい」
「……赤くなって可愛い。アリスは本当に、僕の顔が好きなんだね」
「えぇ!?」


 確かに整った顔をしていると言ったことはあるが、好きとまでは言ってないはずだ。
 咄嗟に首を横に振ると、しゅんと先生は悲しげに眉を下げる。


「もしかして、嫌い?」
「えっ、そんなこと言ってないです! 寧ろ好きです! 好きですよ!!」


 必死になってそう答える。当然、嘘じゃない。世の女性の中で美男子が嫌いな人はそうそういやしないのだ。ミーハーがなんぼのもんじゃい!


「ほんと? 良かった」


 一転してにぱっと笑顔を浮かべる先生。その可愛らしさに思わず胸を抑えてしまう。
 しかし同時に、なんだか手の平の上でころころ転がされているだけのような気もする。こいつはなかなかの曲者だ。


「いつでも間近で見せてあげるからね」
「いや、それは……心臓に悪いんで……」
「大丈夫、そのうち慣れるよ」


 またもやぐっと近くなる距離に喉が鳴ってしまう。赤くなったであろう自分の顔を隠そうと俯けば、彼の手が私の顎を掬った。
 目の前にまた整った彼の顔がある。だが今度はその表情に、愉しげな色が浮かんでいるのを私は見逃さなかった。


「(これは……遊ばれている……!)」
「ふふ」


 機嫌良さげに先生は笑うと、指先で私の頬を擽り、囁くように言う。


「僕に、可愛らしい君の反応をもっと見せてね、アリス」


 先生は意外と意地悪です。
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