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02 特別授業!
1 二人組なんて悲しみしか生まない
しおりを挟む魔法学園の日々は、私からすればワクワクの連続だった。
当然この学園では魔法を習う。アリシェールも適性を持っているので、ぐわーっとやれば魔法が使える。そんな真新しさと楽しさがあるおかげで、この学園での勉強はあまり苦にならなかった。
実験とか実習なんか特に好きだ。上手くできないときもあるけど、それでも達成できたときの喜びは何ものにも代え難い。
「明日のこの時間は耐性薬作製の実習を行います」
「(魔法薬……! 楽しいやつ、来たー!)」
まだロサリアのことで頭がいっぱいだったときは、授業中も気が気でなくて楽しむ余裕などなくなっていたが、最近ではこうして心中で一喜一憂できる。
これもハッター先生のおかげだ。まだ少し怪しい部分はあるけれど、優しく見守って、何かあればすぐに助けてくれるのだ。
「(にしても、ちゃんと恋人ごっこできてる気はしないんだよなぁ……次会ったときは、感謝の意味も込めて、ちょっと頑張ってみよう)」
「それで、作製には二人一組を作って取り組んでもらいます」
「え」
小さく声が漏れてしまった。
これ、苦手なやつです。自力で二人組作るのは、すごく嫌です。だから事前に先生が決めてくれてると嬉しいんだけれど。
「組み合わせはこっちで勝手に決めさせてもらいました」
「(よし!)」
「読み上げますよ」
なんとか二人組作っての呪いは避けられた私は、小さくガッツポーズを作る。
いや、本当にこの状況で二人組作ってって言われたら死ぬしかない。フェルナン様とはもう絶縁状態みたいなものだし、クレイン王子だって内心じゃ絶対私のこと軽蔑している。
他に仲の良い女友達もいない。あれ、私って孤独だな。
ロサリアなんかと一緒になったら、それこそ大問題だ。絶対に彼女に危ない薬とかをぶっかけたり、火傷させちゃったり、そんな事故を起こすに違いない。
「(いや……っていうか、そういうイベントあっ――)」
「アリシェール・ラトヴィッジ・リオルと、ロサリア・イーノス」
フラグでした。
思わずロサリアの方を見れば、彼女もまた驚いたような、恐怖を感じているような、そんな顔をしている。いや、すごく当然な反応だ。
これはまずい。久しぶりのピンチだ。ゲームだとアリシェールにチクチクと陰湿ないじめを受け、ロサリアだけ実習の不可をもらってしまう。そして補習のときに、フェルナン様にお手伝いしてもらえるのだ。
「(ここは素直に、またハッター先生に相談しよう……)」
組み合わせ程度なら、学園長の権力でどうとでもなる範囲だろう。
そう、これは共闘だ。私が破滅しないための、学園長先生との共同戦線。
正直ハッター先生には利点全くない気がするけど、その分はしっかり恋人ごっこでお返ししよう。そう私は決意した。
……
「っていう感じなんです! どうしましょう!」
放課後、私はすぐにハッター先生に会いに行った。そしてお茶会が始まった。
この秘密のお茶会は、それこそ部屋に来るたびに行われるようだった。毎回ちゃんと用意されている美味しいお茶菓子も相まって普通に太りそうな気がする。
「なるほど、実習ね」
「先生のお力で、別の人との組み合わせとかにしてもらえませんか?」
「うん、いいよ」
二つ返事だった。やっぱり持つべきは権力を持つ人とのコネですね。
「ちなみに、何の実習をする予定なの?」
「えーっと、耐性薬です。熱とか、衝撃とか。結構定番だけど重要な魔法薬、ですよね。いろんな場面に応用が効くから、試験にも出やすいって」
「なるほど、用意しておくよ」
用意? と首を傾げながらティーカップに向けていた視線を先生の方へ移す。
そこにはなぜか嬉しそうにニコニコと笑う先生がいた。私は何か面白いことを言ったかな、なんて考えてしまう。
「それにしても、アリスは真面目だね。ちゃんと授業聞いてたんだ」
「なっ! 当たり前じゃないですか、ちゃんと聞いてます」
「っていうことは、授業が楽しい?」
「はい。なんかもう、ワクワクするじゃないですか」
「ワクワク、かぁ」
意味深にハッター先生がそう繰り返すのを聞いて、私は思わず自分の口を手で塞いだ。
アリシェールは公爵の娘なのだ。英才教育はばっちり受けていて、魔法の勉強だって小さい頃からずっとしてきたはず。
そんなアリシェールが“学園の授業ってワクワクする、楽しい”なんて言うだろうか。いや、言わないです。
「そんな失言した、みたいな顔をしないで。僕と話すときは素直でいてくれているみたいで嬉しいよ」
「そう、ですか?」
「うん。素直なアリスは、とっても可愛いよね」
少しどきっとする。あまり面と向かって可愛いと言われることに慣れていないので、先生の褒め言葉はいちいち心臓に悪かったりする。
けれど素直でいるということはある意味、恋人ごっこでは重要なのかもしれない。先生へのお礼のためにも、なるべく取り繕ったり嘘をついたりしない方がいいだろう。
「ああ、そうだ、アリス」
「はい」
先生が席を立ったかと思えば、私の側まで来る。
何をするんだろう、とぼーっと見つめていれば、彼の手が手袋越しに私の頬に触れた。
そしてずいっと顔が近付いた。
「ひゅいっ」
「”恋人らしく振る舞おう”とか、そんなに気張らなくていいんだよ。そのままの君が、一番可愛い」
まつ毛が長い。瞳が大きい。そして、髪も目も、キラキラと光っている。
「それでも、二人っきりのときは僕の恋人でいてね、アリス」
顔がまた近付いたと思えば、額に柔らかい感触がした。それはきっと、キスというものだったのだろう。
「あれ、アリス? アリシェール?」
耐性のない私は、しばらく固まってしまいましたとさ。
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