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01 共闘結成!
3 怪しすぎるこの男
しおりを挟む私と目線を合わせるように屈んでいるその紳士。ここにいるということは彼もゲームの登場人物、のはずなのだが私には一切覚えがなかった。
品のある出で立ち。様々な色に輝く不思議な両眼。もしもキャラクターとして登場していれば絶対に忘れないであろう特徴的かつ綺麗な容姿に、私は涙が引っ込んでしまうほど驚いた。
「ど、どちら、さま……?」
「ん? ああ、そうだね、自己紹介がまだだった」
黒革の手袋をした手がそっと私の頬を撫で、溢れた涙を拭ってくれる。
「僕は、ハッター。この学園の学園長だよ」
「がくえんちょう……?」
そんなキャラいただろうか、必死に頭を働かせるも当然出てくるはずもない。確かに名前有り立ち絵有りの教師は何人かゲームにいたが、学園長なんて分かりやすい立ち位置のキャラは出てこなかった。
本当だろうか。実は不審者とかじゃないだろうか。そんな疑惑が湧いてきて、私は少しだけ警戒心を表に出してしまう。
「嘘じゃないよ。本当だよ」
嘘つきはみんなそう言うんだよ。
「だって、私学園長先生なんて見たことない……」
「式典や祝いの席にも、基本的に出席しないようにしているから。今は学園を管理するだけの隠遁生活を満喫しているよ」
確かにこの学園に入ったときの式典にも、学園長の席はあれど姿はなかった。それ以外に学園長を目にする機会というものは、今まで皆無だったはず。
「信用できない?」
はっきりと心の内を見透かされ、どきりと心臓が跳ねる。けれどハッターと名乗った彼は別に気分を害した様子もなく、すくっと立ち上がると私に手を差し出した。
「なら証明してあげよう。おいで」
その手を取ろうか、一瞬迷う。もしかしたら人攫いかもしれない。一応ファンタジー世界なので、悪魔みたいな存在だったりするかもしれない。
けれど、もはや今のアリシェールは死んだも同然なのだ。婚約者フェルナンの信頼を失い、完全に見限られるまで後一歩というところまで来てしまっている。なら、ここでどんな目に遭おうとも同じだ。
あまりにも投げやりにそう考えて、私は彼の手をとった。
……
夕暮れに染まった学園は綺麗だなぁ。
そんなことをぼーっと考えながら建物内に入った私は、何も言わずに謎の男の後ろをついて歩いていた。どうやら嘘か真か、学園長らしく学園内部のどこかへ向かっているらしい。
「(まぁ、どこに行こうともうどうでもいいし……それに明日からはここには来ない。ある意味、見納めみたいなものかぁ……、あ)」
そこで私はとあることに気付く。見覚えのある建物の色合いから、何度もディスプレイ越しに見ることになったゲーム画面を思い出す。
放課後、それはヒロインにとって貴重なイベント発生時間だ。この夕暮れをバックに、何度ロマンチックな胸キュンイベントとか果てには告白シーンとかを見ただろうか。
どういうことかって?
つまり、まだこの建物内にヒロイン、ロサリアが居る可能性が高いということだ!
「(どうしよう! なんかこのまんま鉢合わせしそうな気がする! そしてまた嫌なことしそうな気がする!!)」
確かにもう破滅しているようなものだが、そんなことになれば断罪の日を待たずして断罪されることになる気がする。
なんとかロサリアとエンカウントしてしまう前に目的地に着かないかと、そう思った矢先。
ガシャンと足元に異音が走る。
足を止めて恐る恐る視線を下に向ける。そこには。
質素な銀のチェーンが見えて、私はそっと片足を上げた。そこにある壊れたペンダントを見て、一気に血の気が引く。
「(そういえば、ロサリアが落とした大事なペンダントが誰かに割られてて、それをクレイン王子ががんばって魔法で直してくれるっていうイベントが……)」
プレイしている時はどうせアリシェールが壊したんだろうと決め付けていたが、まさか本当にアリシェールが、というか自分で壊してしまうとは。
「確かこの辺りを通ったと思うんですが……」
話し声と二人分の足音がかつんかつんと廊下の向こう側から響いてくる。その主は間違いなく、落としたペンダントを探しにきたロサリアとクレイン王子、だろう。
絶体絶命。そして、こんな場面をクレイン王子に見られたら即アウト。
今生ももうダメだ! 来世に期待!
なんて諦めて俯いていると、黒手袋をした手が壊れたペンダントを拾い上げた。
「僕の後ろに」
二人の足音がする方に一歩、学園長と名乗った彼は足を踏み出す。そして死角となるであろう自分の背中に、私の姿を隠してくれる。
次第に足音は近付いてきて、ついにばったりと鉢合わせた。
「落とし物を探しているのかな」
男は率直にロサリアに対して尋ねた。私からは見えないが、イベント通りならばロサリアと一緒にいるのはクレイン王子のはず。
素直に落ちていたよと渡したとしても、彼女のペンダントは私が完璧に踏んで壊してしまっている。私がやったとはバレないかもしれないけど、やったことが消えてなくなるわけじゃない。
「(マジで病むわ……)」
「そうなんです。銀のチェーンのペンダントなんですが、見ませんでしたか?」
というか背後に隠れただけのこの状態は怪しまれるのではないか。服装から私だってバレるんじゃないのか。
「落とし物は、これかな」
「あっ!」
その“あっ”はペンダントが壊れていることに対する声でしょうか。
けれど意外にも、次に出たロサリアの言葉は私の想像の真逆だった。
「良かった、傷もついてない……」
「(!?)」
「良かったですね、ロサリア」
確かに私が踏んで、ガラス部分なんかバキバキに割れていたというのに。傷もついていないとはどういう魔法か。
「(いや、ここ一応魔法学園……え? この人が魔法で直した? 魔法の成績、けっこういいクレイン王子でも完璧に直すのに三日とかかかったのに……)」
「ありがとうございます。ところで貴方と……」
クレイン王子が男に、そして暗にその背後にいる私を気にしてそう聞いてくる。
「これから生徒の相談に乗らないといけなくてね。探し物が見つかって良かったね」
もちろん声なんて発せられる状態じゃない私が縮こまっていると、質問に答えているのかいないのかよく分からない返事をして、男はくるりと振り返った。そして私の肩をやんわりと押してまたどこかへと歩き出す。
怪しすぎる彼の行動に、クレイン王子もロサリアも疑問を抱かないのかそのままスルーしてくれる。最後にロサリアの方から、“本当にありがとうございました”と感謝の言葉が聞こえてくる。
「(なんとか切り抜けられた……)」
よく分からないけど一先ず助かった、そう思って私も彼にありがとうと伝えようとする。
そこで気付けば、景色が見慣れない場所になっているのに気付く。いや、ちゃんと学園の建物の雰囲気だったが、どうやら普通なら教員以外あまり立ち寄れない最上階にまで来ていたようだった。
そして目の前にあるのは一つの扉。その側の壁にあるルームプレートには、質素に“学園長室”と書かれていた。
「!?」
「さぁ、どうぞ」
重たそうな扉はあっさりと男の手によって開かれて、そこには広々とした一室が広がっていた。まるでどこぞの社長室。いや、まさしく学園長先生が居そうな部屋、だった。
そんなまさか。すぐさま疑ってかかるも、私は彼の言っていたことが嘘ではないという決定的な証拠を見つけてしまう。
「“学園長、ハッター・クラティオ・トッド”……」
豪奢なテーブルの上にあったのは、彼のフルネームっぽいものが書かれている銀色の卓上名札、らしきものだった。
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