福音よ来たれ

りりっと

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13-02 理不尽な痛み※

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※暴力行為、無理やり未遂など陰湿な表現注意



 目が覚めれば辺りは薄暗い。視線の低さと冷たい床の感触が右半身にあることから、床に倒れているのだと冷静に思った。ずきりと、頭が痛む。

 両手をついて起き上がろうと、そう思って腕が動かないことに気付く。手首にキツく何かが巻きついている。どうやら拘束されているようだった。


「起きたか」


 声をかけられると同時にがっと腹部を強く蹴られる。思わず咽せて、ルザは痛みに蹲った。
 髪の毛を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。視界に入ったのはどこかで見覚えのある、男の兵士の顔だ。


「お前、なんでこんなことになったか、分かるか」
「……、妬みかな」
「そんなんじゃねぇよ」


 今度は顔面から床に叩きつけられる。唇が切れたような痛みと熱が、じわりと広がる。


「お前が我が物顔で要塞内を歩くから、女共はおかしくなっちまった。カーリャもムノンも、ライカもニンナも……!」


 その声は別の人物のものだった。どうやら彼の視界外にいるらしい。


「ちょっと顔が良いからってころっと騙されやがって」


 再度蹴りが腹に入り、今度は頭を足蹴にされる。相当な恨みを感じ取ったルザは黙り込み、冷静に周囲を出来る限り見回す。

 段ボールに入っているのは工具を始めとする備品だ。ということはこの部屋は居住区の反対側にある倉庫の一つなのだろう。人通りも少なく、滅多に人は来ない。だからこそこういうことをする場所に選ばれたのだろう。


「だからさ、お前の顔面ぐちゃぐちゃにしたら目も覚めるだろうって思ってさ」
「はは、とんだ暇人だね……」


 ぐりっと頭を踏む足に力が籠る。


「余裕ぶっこいてられるのも今のうちだぞ……。そのキレーな顔がなけりゃ、ベルだってお前に見向きもしねぇよ」
「…………」


 その言葉に思わずルザは息を呑んだ。
 醜い顔になったら、彼女は自分を怖がるかもしれない。そう思うと一気に恐ろしくなる。


「まぁまぁ、顔面やるのは最後な。俺そんなんみたら萎えるわ」


 さらに別の声がもう一人。


「おいお前、ここに来る前は男と散々ヤってたんだって?」
「どこで、それを」
「カーリャと話してんの聞いたんだよ」
「なかなか良かったら見捨てられたお前を“専用”にしてやるよ」


 足が退けられたかと思うと乱暴にスラックスに手をかけられる。抵抗しようと身をよじり足をバタつかせれば、ひゅんとなにかを振り下ろす音がして嫌な音が全身に響いた。


「ぁ……っ!!」


 じわりと強い痛みが左足に広がっていく。頭が真っ白になる程、それは衝撃的だった。


「これで暴れられないだろ」
「折れたんじゃね?」


 荒い呼吸をして痛みを鎮めようとしてもできない。思考が一気に麻痺してしまいそうなほど強烈な痛み。この時ばかりは戦う力を一切持たない我が身が呪わしくて仕方がなかった。


「心配するなって、ケツに突っ込めば気持ち良くなるんだろ?」


 ずるっと下着ごとスラックスをずらされる。羞恥など感じる暇もなく、すぐ側で誰かが己が屹立を取り出そうとする音がする。

 いきなり突っ込まれるのは痛いだろうなと、そう昔を思い出して彼は心の中で呟く。
 いつもいつも、こういう目に合う。自分ばかりか、自信も尊厳も踏みにじられて、降りかかってくる痛みと苦しみに耐えないといけない。


「(違うか、僕だけじゃ、ないか……なら、いいかな)」


 また我慢するだけ。痛いのも苦しいのも、何年と耐え続けてきた。だから今回も、心を殺して、無になって、時間が過ぎていくのを数えるだけ。


「そうだ、お前がケツで感じる変態だってのはベルは知ってるのか?ドン引きだろ」
「……、…………」


 知らない。彼女にはそんなこと、一言も言わなかった。

 彼女と離れていた五年間、自分が一体何をしてきたのか。生きるために愛想を振りまき、望まぬ行為だろうと何だってしてきた。

 それを知ったら彼女は、トコエは何て、思うのだろう。
 気持ち悪がられたら、拒絶されたら、そんな未来を想像して目の前が真っ暗になるような気がした。

 捨てられたくない。トコエには、トコエだけには。


「おいおい泣いちゃったよ」
「いい気味だ」


 ぐいっと腰を上げられ、ルザは涙で歪む視界で、彼らを呪った。


「さぁて一発いってみますか」


 何かが当たる感触がする。もうこうなったらどうにもならない。そう諦観に染まりきった思考で、彼は目を閉じた。


 ガン、ガン、ガン――


 すぐ側で聞こえたその異音にその場にいた誰もがそちらへ視線を向ける、それよりも先に杭が突き刺さった扉が形を残したまま勢い良く室内に突っ込んでくる。誰かが蹴破ったのだと認識した時には、彼らは通路の明かりに照らされたその人物の顔を見て絶句した。


 ガン、ガン、ガン……またすぐ側で音がしたと、ルザは思った。いつの間にか自分の背後にいた男の手は離れていて、ゆっくりと身体を右側に倒す。そうすると手首を縛っていた縄が一瞬引っ張られ、自由になる。

 ゆっくりと手をついて、彼はスラックスを上に上げながら視線を自分の側にある二本の足の持ち主へと向けた。
 それと同時に強く抱きしめられる。懐かしい手が頭を優しく撫でて、か細い声が弱々しく自分の名前を呼んだ。顔は見えない。けれどルザはそっと、その人物に縋った。


「とこえ……」


 ルザを抱きしめたまま動かないトコエを目にして、クライスはようやく室内に足を踏み入れる。首元すれすれにトコエの杭を撃ち込まれ、震える主犯三人を強く睨みつける。


「自分たちが何をしようとしたのか、分かっているのか……!」
「く、クライスてめぇっ、チクりやがったな……っ」
「当たりまえだ!お前たちがしようとしたことは、今まで多くの仲間が守ろうとしてきたものを打ち壊す、最も許されざる行為だ!」


 はっきりと彼が言い放った叱責に、彼らは俯いたり、顔を青くしたりする。


「諍いが起これば、俺たちは分断される。私刑を許せば、俺たちは殺し合うことになる。だから俺たちは俺たち自身を守るために時に耐え、この要塞の秩序を保ってきた」


 はぁ、と大きなため息をつき、クライスは少しだけ優しい声で言う。


「不満があるのならため込まず、吐き出すべきだった。力を振るうことを選ばず、言葉を交わすことを選ぶべきだった。猛省し、悔い改めろ。……ベル、後は俺たちに任せてルザを」


 そろそろ動けと、そうクライスに言われたトコエはようやく動き出す。ゆっくりと彼が立ち上がれるように支えてやる。


「うっ……」


 左足が地面に触れた瞬間激痛に呻く。ずるっとそのまま膝をついて、ルザは痛みを堪える。
 慌てた様子でクライスが傷の具合を診てくれる。


「おい、折れて……っ」


 そう言った瞬間その場に重々しいほどの殺気が降り注ぐ。


「ベル、抑えろ……!」


 クライスは彼女の肩を掴み、なんとか宥めようとする。牙を剥いて威嚇をしているようなトコエは、大事そうにルザを抱えたまま口を開いた。


「自分が捨てたものの重みに苦しめばいい。少なくともわたしは、お前たちがしたことを決して忘れない……!」


 そう言うとトコエは軽々とルザを抱き上げる。


「へっ」


 すたすたと軽めの荷物でも持って歩くかのように軽快に動くトコエに、ルザはどんな顔をすればいいのか分からなかった。





13 己焼くとも他を焼くな 了
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