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13-01 戸惑い*※
しおりを挟むトコエにとって穏やかな日々が過ぎていった。戦闘に支障があるわけでもなく、寧ろ意欲的なクライスを始めとする兵士たちの存在によって、コシュマールの戦力は日に日に増していった。
時には襲撃が来ても戦わない日があって、一層ルザを求める理由がなくなっていった。それでも二週間に一度ほど、彼に抱かれた。だがその交わりは回数を重ねるごとに、優しい快楽に微睡むような、そんなものへと変わっていった。
ほとんど彼と会話することもなく、偶に他の女性兵士と一緒に居るところを見ては目で追ってしまうようになった。けれどその度に、これでよかったのだと自分に言い聞かせ続けた。
「本当は後悔しているんじゃないかな」
無造作に髪と髭を伸ばした男は、優しい表情と共にそう言った。
「……してないと言ったら、嘘になる」
「短い余生だ。おれは別に、彼を突き放す必要なんてなかったと思うけどな。確かに、彼を周囲が特別扱いしてるっていうのは同感だけど、彼の存在は十分それ相応だ。問題は、彼の重要性が周囲には理解しづらいということだよ」
サンザの言葉にトコエはため息をついた。
ルザにあそこまで言って遠ざけた理由は様々ある。一つは確かに、周囲の特別扱いに甘えきった彼を叱責するためだ。
「もう昔の彼のこともほとんど思い出して、愛おしく思っているんだろう?」
「……そんなんじゃないよ」
ボソボソと、独り言のように彼女は語る。
「あの頃のわたしは、愛なんて持っていなかった。自分より弱い彼の存在にただ“弱い彼を守れる自分”という存在価値を見出して、悦に浸っていただけなんだ」
「それ自体は悪いことじゃないと思うよ?」
「でも……あの子の純粋な想いには釣り合わない。なんであそこまでわたしに依存してるのか分からないけど、でも、彼に好きだと言われる度に、苦しくなる」
コシュマールに来てからは彼は死んだものとばかり思っていた。研究所に居た頃、彼はまだ自分の能力を扱えない、これではトコエと一緒に研究所を出られないと泣いていたのを覚えていた。要塞内で知り合った他のエヴァンジルと話していた際に、外に出られず廃棄されたなりそこないの話を聞き、衝撃を受けたものだった。
「それに……もうあと何年も生きられるか分からないのに、今更幸せになるのが、怖い……いつか終わるのだと思うと怖くて、彼の側に居るのが嫌になる……」
声を震わせ、トコエは膝を抱えて蹲った。
記憶が戻る少し前までは、幸せだった。ルザに愛されることに喜びを感じて、素直に彼の想いを受け止めることができた。けれど思い出してからは、辛いばかりだった。
「残された時間については、おれにかけられる言葉はない。それは君が悩んで、彼と一緒に答えを見つけるべきことだ」
けれど、とサンザは続ける。
「“トコエ“、純粋な想いとは一体何だろう」
「…………なん、だろう」
「おれから見たら、ルザの想いは十分普通じゃない。君の言うように彼は何らかの影響で、君への想いを依存に近しいものへと変化させてしまっている。それは多分、普通の恋愛感情とは違うよね」
「う、ん……」
「でも、普通の恋愛感情って何なんだろう。それは一体何を基準にそう思うんだろうね?」
口々に疑問を発するサンザに、トコエは眉を寄せた。
「サンザの話は難しい」
「そう言わないでくれ。ちゃんと考えないと、もっと寿命が縮むよ」
視線を落として考えてみる。だが結局、その問いの答えは見つからなかった。
「おれはね、愛と形容するものの内実が執着だとか依存だとかいうものだったとしても、それを愛しいと言葉にすることは間違っていないと思うよ。トコエのそれも、確かに彼の存在にある種依存している状態だけれど、君が彼を愛していることに違いはないと思うんだ」
「…………あい」
「うん、難しいと思う。一人で考えてみるといい。それで君が、喪失の恐怖を遠ざけるために耐えることよりも、一時の幸せを享受して生きることを選べたのなら――」
サンザの言葉に、彼女は小さく頷いた。
多少は持ち直したのを感じて、サンザに礼を言ってトコエは立ち上がった。彼女が部屋から出て行こうとした時に、サンザはぼそりと呟いた。
「そろそろ、不満が爆発するころだと思うよ」
その言葉の意味を咄嗟には分からず、彼女はそのまま彼の部屋を後にする。
自室に戻ろうとした途中で、彼女は緊張した面持ちのクライスに呼び止められたのだった。
◆
「はぁっ……ふふ、やっぱりルザくんとするの、いいわねぇ……」
蕩けた笑みを浮かべ、ムノンはそう呟いた。ずるりと男根が引き抜かれると、彼女はゆっくりと上半身を起こして、薄いゴムを被ったそれを艶かしく撫でた。
「もっと頻度を上げてくれたら、嬉しいんだけれど……」
「ダメだよ、そんなことしたら、すぐに僕に飽きちゃうじゃないか」
「あら、飽きないわよ」
くすくすと彼女は笑って、裸のルザに口付けをする。彼の手を取って自身の豊満な胸に押しつけ、煽るように上目遣いで縋る。
「ねぇ、もう少しだけ。今度は私にやらせてくれない?いっぱい良くしてあげる……」
「ごめんね、そういうことはしてもらわないことに決めてるんだ」
「どうしても?」
「どうしても」
残念、と呟いてムノンは脱ぎ散らかした服に手を伸ばした。
「まだベルちゃんに操立てしてるのね」
ゴムを外す彼の姿を見ながら、そんなことを言った。
「フラれちゃったのに、一途なのね」
「うん……。でも、半月に一回くらいは、彼女と過ごせるから、それで十分だ」
「ふふ。全然大丈夫って顔じゃないわ」
そう指摘されたルザは、いつの間にか笑顔を浮かべられなくなっている自分に気付く。
「ねぇ、ルザくん。みんなにとってのカーリャみたいに、私たちの“発散役”になってくれるのは嬉しいけど、無理はしなくていいのよ」
「無理、なんて」
「こんな場所だから、こうなってしまうのも仕方ないのかもしれないけど、でも……やっぱり今の貴方は、とても息苦しそうで、今にも窒息してしまいそうに見える」
「そんなことないよ。君も、他の子も、皆優しいよ。昔に比べれば、ずっと……」
「でも、一番優しくして欲しい人には、してもらえてないでしょう?」
ルザは黙り込む。
長い時間を待ってようやく訪れる、愛しい人との一夜。けれどそれは、彼女を苦しめないがためにひどくセーブしないといけない。思うままに愛を囁くことも、求めることもできない。行為中に想いを募らせることも、彼女のためには絶対にしてはいけないのだ。
「カーリャだって、サンザくんとルザくんがいるから、あの子は元々優しくて強い子だから、今でもああして笑えてる。でも、ルザくんは、どうなのかしら」
「……でも、トコエは僕と、一緒に居たくない、から」
「貴方は十分反省したわ。だからもう一度ベルちゃんと……トコエちゃんと話をしてもいいと思うの」
視線を上げれば、ムノンは優しく微笑む。そっと彼の頰を撫でて、シャツを肩にかけてくれる。
「きっと大丈夫。……前にね、トコエちゃんに何食べたいって聞いたら、オムレツって言ったのよ。きっとルザくんの料理が、もうあの頃には恋しくなってたのね」
「……っ」
「嫌われてなんかないわ。私にはずっと、そう見えてる」
小さくルザは頷いた。いつまでもウジウジしていられない。落ち込むのはもう終わりにしよう、そう強く思った。
「ありがとう、ムノン。ほんとに、この役目は辛くなんてないよ」
「……研究所でのことは、辛かったわね」
「いいんだよ。ああしなければ僕は生きられなかった。トコエに再会することなんてできなかった」
そうだ。あんなにも屈辱に耐えて生を繋いできたというのに、こんなところで諦めてどうする。それでは、ひたすらに苦痛に耐えてきた過去の自分を裏切ってしまう。
さっさと服を着て、ルザは立ち上がった。再度ムノンに感謝して、部屋を出ていく。
決心をするとすぐにトコエに会いたくなって、彼は彼女の姿を探した。
早く会いたい。早く、もう一度想いの丈を伝えたい。自分がどうしたいのか、何を考えてきたのかを彼女に伝えて、今度こそ彼女の本心を教えてもらいたい。
そうすればきっと、幸せな結末が待っていると、そう願った。
ルザは久しぶりに浮かれていた。ようやく訪れたトコエとの和解の機会に、期待を寄せていた。
「トコエ……」
突然ガンッと、頭に衝撃が走る。そこで彼の視界は暗転した。
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