福音よ来たれ

りりっと

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02-01 子供だけの要塞

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 コシュマールは古い要塞を再利用した施設だ。内装は改装されたこともあってそれなりに綺麗なのだが、外側から見ればそのボロボロさ加減がどうしようもなく気になる。
 基本的に防衛線は成人前の子供で構成されている。戦線に大人はおらず、彼らを管理するAIがいるのみ。その話を聞いた時には随分と適当なのだなと思った。


「歓迎するよ、E 865。ようこそ、コシュマールへ」
「御託はいいよ。ここにいるエヴァンジルはどこだ」


 大きな黒い柱から人間の声がする。これが戦線にいる兵士たちを管理するAI、ラゾと呼ばれるもの。といっても戦線の秩序維持には全く活用されず、専ら侵攻してきた敵の戦力分析とそこから迎撃担当の兵士を選出する、そういう仕事が主だった。


「彼女は昨夜も大規模な侵攻を受け持っててね。まだ眠ってるんじゃないかな」


 彼女、という言葉に息を呑む。生き残りのエヴァンジルは女性なのか。真先に希望が絶たれることはなく、彼は安堵する。


「そのエヴァンジル……、彼女の名は」
「悪いけれど私には兵士の管理番号、戦闘能力値、実績以外は記録されないんだ」
「とんだポンコツだな……」


 呆れたように彼は吐き捨てる。本当に戦闘管理以外行う気のない性能だ。それにラゾなどという名前をつけられておきながら兵士は番号で呼ぶ、なんて。とても滑稽だ。


「ならあるだけ彼女の情報を吐いた後に彼女の居場所を述べてさっさと置物になっていろ」
「他のエヴァンジルの例に漏れず、君もずいぶんと横暴なんだね」


 そういいながらラゾの声は気にしている様子もない、という色をしていた。それが不気味で、彼はすぐにこの機械が苦手になった。


「エヴァンジルを失敗作と呼ぶものは多いけれど、彼女をそう呼ぶのは相応しくない。何せ配属から約五年戦い続け、未だに一度も敗北を経験していない。それはコシュマールのエヴァンジルが彼女一人になった三年前から変わらない」


 淡々とラゾは戦績を誦じる。日付を確認すれば、戦闘の頻度は年を追うごとに高くなっている。


「特筆すべきはその殲滅力の高さだ。彼女の戦闘時間の平均は凡そ一分二十三秒。彼女の戦闘センスは目覚しく、特に他のエヴァンジルが死滅してからは極端な成長を続けている。彼女より優秀なエヴァンジルは他にも多くいたが、それに加えてここまで長命な個体は類を見ない。間違いなくコシュマールの最大戦力だ」


 数値の上ではそう言えるのだから、戦闘面ではかなり優秀なのだろう。戦闘時間の短さはそれほど軽いエネルギー消費で戦えている、ということかもしれない。ならば研究者が挙げていたエヴァンジルの問題点を半ば克服し、これまで生きながらえてこられたのかもしれない。


「彼女の番号は」


 いよいよ本題へと踏み込む。彼女の管理番号はE916、だったはず。研究所で盗み見た記録にそうだと書いてあったはずだ。


「残念ながら私は彼女の番号を口にできない。約束だからね」
「は?」
「そう怒らないでくれよ。勝利千回目の記念に言われたんだ。次番号で呼んだら粉砕するってね。困った人だよ。いや、彼女の精神状態を管理・記録はできないんだけれども、彼女の精神は既に崩壊してしまっているのかもしれないね」


 彼は大きくため息をついた。話が通じないとはこういうことか。


「もういい。彼女の居場所を教えろ」
「彼女の部屋は要塞の最深部、一番大きな扉だよ」


 そう聞くや否やすぐさま踵を返す。
 早く確認しなければ。

 もうすぐで待ち望んだ人と再会できると思うと、涙が溢れてしまいそうな気がした。



 ◆



 要塞内で一番大きな扉。案の定そこには鍵がかかっていて、いくらノックをしても返事などなかった。ラゾは昨夜にも大きな戦闘があって、彼女がそれに参加していたと言っていたし、今は身体を休めている最中なのかもしれない。

 この扉の向こうにもしかしたら彼女が居るかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくなる。真新しい木製の扉を愛おしげに手で触れて、彼は甘いため息をついた。


「ベルに何か用?」


 ふと後ろから声をかけられ彼は振り返る。そこに居たのは兵士の一人、派手なメイクをした女性だ。


「見ない顔だね。もしかして……噂の新しいエヴァンジル?」


 彼の顔を見るなり女性は獲物を見つけた獣のような獰猛な視線を向けてくる。研究所でその目をよく知っていた彼は、けれど面倒臭いと思う感情を表には出さずに尋ねる。


「ベル……っていうのは、この部屋の持ち主の名前かな?」
「そうだよ」
「…………」


 思わず黙り込んでしまう。
 彼女の名前はそんな響きではない。愛称、でもないはずだ。


「っていっても、本人はひとっこともしゃべらないから、勝手にそう呼んでるだけだけどね」
「なんだ……」


 潰えたかと思った希望が再び見えてくる。名乗ったわけではなくそう呼ばれているだけなら問題はないだろう。


「何、あの子の知り合い?」
「かもしれない、ってだけだよ。彼女はこの部屋の中に?」
「んー?そういやさっきどっかでフラついてるの見たかなー……」
「良ければ教えてくれないかな」


 そう頼み込めば、目の前の女性はゆっくりと彼に近づいてくる。シャツの上から彼の体格を確かめるように撫でて、そのままもたれかかってくる。


「一回付き合ってくれたら、教えてあげてもいいよ」


 冷ややかな反応をしそうになるのを堪え、彼は慣れたように愛想笑いを浮かべる。


「先に案内してくれたら、一回と言わずいくらでもサービスしてあげるよ」
「へぇ?」


 女は嬉しそうに口元を歪める。


「変わってるね。来て早々そんなこと言う人は初めて見た」
「そうなんだ。けど女の子を相手にしたことはないから、どんな感じかは保証できないけどね」
「なに、そっち専?ネコ、タチ、どっちだったの?」
「専らネコだねぇ」


 そう言うなり女性は腹を抱えて笑い出す。見た目そのまんまなんだ、などと口にしながら。


「ということだから、教えて欲しいな」
「うんうん、そうだねぇ。でも先にやっちゃおうよ。あの子が出歩いてるってことは……」


 そう口にしたところで大きな警報が要塞内に鳴り響く。
 素人でも、これが侵攻を知らせる合図なのだと分かる。


「ベルってのはさ、この合図よりも先に襲撃を察知するからそう呼ばれてるの。すぐ終わるかもしれないけど終わるまで待つのも退屈じゃん」
「君も一応兵士なんだろう?他の兵士も、戦わないの?」

「あたしらが戦うよりもずっと早いんだからいいじゃん。ラゾが別の担当選んでも自分から突っ込んでいくんだからさ。わざわざ死地に行く馬鹿はいないよ」
「なるほど……」


 下半身を撫でてくる女性の手を払って彼は踵を返す。


「え、ちょ、どこ行くの?」
「外にいるんだろう?」
「待って、危ないって!」


 制止にも応じず足早に要塞内を歩く。ちらほらと居る兵士を横目に、ラゾが見せてくれた地図を思い出しながら兵士たちの戦場、フロントへと繋がる重い鉄製の扉をなんとか開け放つ。
 それと同時に耳をつんざく轟音に驚く。何かの断末魔が聞こえてきて、それは事切れるかのようにすぐさま小さくなっていく。

 いくつも大地に並ぶ大きな柱。その先端にある皿のような足場は、兵士が侵略者と戦うためのものだ。その中に一つ形状が違うもの、大きな杭のようなものがあって、彼が初めて見る巨体の侵略者はそれに貫かれ、絶命しているようだった。


『戦闘終了』


 スピーカーで拡張されたラゾの声が響く。すると侵略者、機械と生物が混ざり合ったようなその異形は光の粒となって消えていく。
 とん、とんと軽い音が次第に近づいてくる。ずっと上にある足場を辿って、誰か一人の人影が降りてきていた。


「………!」


 華奢な身体で、白金の髪を靡かせた少女は軽やかに大地に降り立った。黄金色に近い瞳は地面に向けられたまま、なにごとも無かったかのように扉に向かってくる。


 その姿は、彼のよく知る人のものだった。
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