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08-03 完
しおりを挟むジノはセレフィアの前までくると、恭しく傅いた。そして彼女の手を取ると、その手の甲に口付けをした。
「セレフィア様と、お近づきになることを許される身分を得たこと。そして、不相応にも貴女を妻に迎え入れられたこと。それだけで、これまで受けた仕打ちも、全て許せてしまうほどに」
「私、が」
「これまでも、これからも、ずっと……愛しております、セレフィア様」
心底愛おしそうにセレフィアを見つめて、ジノは何度目かになる告白を口にした。
だがこのときばかりは意味が違った。彼は自分が望まれなかった子供だったこと、かつては平民として暮らしていたことを明かしてしまったのだ。
この告白は恐らく、それを知っても自分を愛してくれるのかと、その確認の意図を持っていた。
「……不思議ですね。聞く前は少し怖かったのに、ジノ様の秘密を知った今はなんだか、安心しています」
「安心?」
「私もどこかで、ジノ様と私は釣り合わない、この結婚は不相応なものだったんだと、思っていたから」
ジノのことを、セレフィアは後ろ暗いところのない完璧な人物だと思っていた。自分にはもったいないくらいの素敵な人なんだと。だからこそ、自分のような面倒な女が相手でいいのかとも悩んだ。
けれど、そう思っていたのは自分だけではなかったことを知って、妙に安心してしまった。
「今でも私の気持ちは変わりません。ジノ様をお慕いしております。妥協なんかじゃない、あなたがいいんです。私を見つけて、手を握ってくれたあなたが。生まれの貴賎なんて、それに縛られるのが嫌で父と大喧嘩したの、話したじゃありませんか」
「確かに……そうだ。その話を聞いたときは、すごく嬉しかったな」
ジノは立ち上がると、座ったままのセレフィアに頬を寄せる。
「これからも、ずっと一緒に居てくれるだろうか」
「はい、喜んで」
セレフィアがすぐに頷いたのを見て、ジノは笑みをほころばせる。それはようやく落ち着ける場所を見つけたような、そんな安堵の表情だった。
「ん、セレフィア、セレフィア……」
「くすぐったいです、ふふ」
想いが通じたことがそれほど嬉しいのか、ジノは甘い声で彼女の名前を呼び、強く抱き寄せる。噛みつくような口付けに応じれば、すぐに艶かしく舌が絡み付いてくる。
そうしていると部屋の扉がノックされる音が聞こえてくる。同時にジノの使用人の咳払いも。
「ジノ様、そろそろ出発されないと、数分の遅刻では済まなくなりますよ」
それに驚いてジノは時計を見遣った。どうやら今から出ても遅刻は確定な時間であるらしい。
「すまないセレフィア。帰ってきてからまたじっくり話そう」
「はい。いってらっしゃいませ」
急いで部屋を飛び出していくジノを見送っていると、まだその場にいた使用人が彼女にも声をかけてくる。
「セレフィア様、お見送りをお願いしてもよろしいでしょうか」
「私が、ですか?」
「その方がジノ様も喜ばれるでしょうから。……その前に、きちんとお着替えになってくださいね」
その言葉に、まだ寝間着姿だったことに気付いたセレフィアは申し訳なさげに頷いた。
すぐさま簡単に着替えてくると、同じく身支度を終えてきたジノが玄関にやってくる。上着までしっかり身に着けた正装姿のジノは初めて見るものではないが、なぜか今は妙にどきどきとした。
「セレフィア、行ってくるよ」
「はい」
一瞬恥じらう素振りを見せるも、ジノはセレフィアを抱き寄せて軽い口づけをした。だが彼はすぐには離れずに、少し言いづらそうにセレフィアにこう切り出した。
「その……今晩も、頼めるだろうか」
「えっ」
「う、ダメか?」
断られたくないと顔に書いてあるような、悲しそうな表情をするジノにセレフィアは揺れる。いや、すぐに陥落した。
「分かりました。ジノ様とジノ様の安眠のために、頑張ってみます」
「……ありがとう。嬉しいよ、セレフィア」
もう一度唇を合わせ、ジノはようやく彼女から離れる。そして使用人と共に、玄関の扉をくぐった。
その後ろ姿を少し離れた場所で追いかけるセレフィアは、何気ないジノと使用人の会話を聞いたところで、とある疑問を抱いた。
「全く……奥方の負担もちゃんと考えてくださいよ」
「分かっているよ。片思いの時間が長すぎると、自制が効きにくくて困るな」
――そこで愛しい人を、見つけたんだ
――俺は最初から君にしか関心がなかった
――セレフィア様と、お近づきになることを許される身分を得たこと……
小さな違和感は積み重なって、ある一つの事実を浮き上がらせてくる。
そしてセレフィアはよく自分の記憶を思い出そうとした。かつて自分が屋敷の外で出会った、自分の話を聞いてくれたたった一人の少年のことを。
彼の髪は、今思えば黒というには中途半端で、まるで明るい色を無理に塗りつぶしたような、変わった色をしていた。
もしもそうならば。ジノが前に、読書は小さい頃に関心を持った程度だと言っていたことも、実はそういうことではないのかと思えてしまう。
――僕も、読んでみたいなぁ。でも、あんまり文字読めなくて
――だったら、次に会ったら教えるし、本も貸すから。もっといっぱいお話ししましょ!
――……うん
幸せそうに笑う顔には、どこか面影があって。
「ジノ様!」
馬車に乗る途中だったジノを呼び止める。こんなことをしていてはジノがもっと遅刻してしまうのに。そう思いながらも、彼女は問いかけずにはいられなかった。
「私と最初に会ったのは、……本当はいつなんですか?」
その質問に、ジノは驚いたような顔をする。けれど彼女の質問の意図が分かったのだろう。緩むような、嬉しそうな笑みを浮かべて、彼は答えてくれる。
「今の家に来るよりも前。迷子になっていた女の子と会った。名前も知らなかったし、どう見ても貴い身分だった」
一度馬車を降りて、ジノはセレフィアの前に立つ。あの頃とは見違えるほどの、立派な姿をその眼前に晒して。
「それでも……愛らしく笑うその女の子に、僕は不相応にも恋をしたんだ」
うつむき令嬢と眠れない旦那様は夜の運動に勤しみます 了
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