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 なぜ話してくれなかったのかと、そうしいらに責められたことを気にしていたのだろう。自分の正体が知られてしまうことを恐れて黙っていた秘密を、覚悟と共に自分から話し始める。


「本当は違うけど、オルトスになればみんなも……ガトリンも、喜んでくれると思った。僕は、僕がオルトスなんだって、嘘をついた」
「……うん」
「でも、そう思うたびに、僕はオルトスじゃないって、嘘をつくなって、誰かが言うんだ。そのたびに、苦しくなった」


 微かに震えているナシラの手に、しいらは自分の手を重ねた。


「嘘をついても何にもならなかった。僕は変わらず、オルトスでもなくて、ナシラでもなくて、誰でもなくて……」


 ガレアノの言葉を思わせるナシラの告白に、しいらは息を呑んだ。


「僕は……人間でもない、誰にもなれない、化け物なんだって……」


 ずっとしいらにガトリンとの関係を言わなかったのは、確かにその言葉が理由だった。
 さっきまでのしいらと同じように、ナシラは敢えて自分の弱い場所を晒して見せた。はっきりと恐怖をその表情に滲ませながら。

 何て言葉をかけるべきなんだろう。それを一瞬だけ考えて、しいらは口を開いた。


「ね、新しい名前をつけよう」
「新しい、名前……?」
「そう。実はさっき、ガレアノおじいちゃんから、ナシラがどうやって生まれたのか、最初の英雄がどうなったのか、話を聞いたの」


 正直にナシラの秘密を知ってしまったと伝えれば、彼はすぐに怯えたような表情を浮かべる。そんな彼を慰めるかのように、しいらは身体を起こすと強く彼を抱きしめた。


「今のナシラは、確かにオルトスさんじゃない。“ナシラ・アルシャフト”でもないのかもしれない。だったら、君だけの名前が必要なんだよ。そうしたら君はもう、誰にもなれない怪物なんかじゃなくなる」
「僕だけの、名前……」
「何がいい? 君が好きに決めてもいいし、私が考えるでもいいよ。あんまネーミングセンスに自信ないけど」


 考えてごらんと、軽く彼の背を叩いて促せば、考え込むように彼は沈黙する。そしてちらりとしいらの方を見て、彼女の手を取った。


「僕だけの名前、なら……ナシラ、がいい」
「どうして? 呼ばれ慣れてるから?」


 予想外にも彼は慣れ親しんだ名前を選んだ。その理由を聞けば、彼はしいらの手に指先を押し当て、字らしきものを書いていく。


「しーらと、ナシラ……二つ、一緒」


 覚えのあるその言葉にしいらは驚く。それと同時に、じわりと目頭が熱くなった。
 それはしいらがナシラと初めてまともに会話をしたとき。自分の名前を説明した際に口にした言葉だった。


「覚えて、たんだ」
「うん」
「私の名前と似てるから、ナシラがいいんだ」
「うん」


 あまりにも単純だけれど、あまりにも純真な好意に溢れた理由に、堪えていたものがまた、零れ落ちた。


「し、しーら、嫌だった……?」
「ううん。違うの、嫌とかじゃなくて」


 くすぐったいほどの想いに泣きながら表情が緩む。彼女は優しくナシラの両頬に触れると、こつんと額を合わせた。


「オルトスでも、英雄ナシラ・アルシャフトでもない……今日から君は、ナシラ。怪物なんかじゃない、私にとって何よりも大事な」


 小さく息をついて、彼の綺麗な双眸を覗き込む。


「私の、大好きな人」


 静かな告白を聞いたナシラは一瞬驚いたような顔もするも、すぐにその言葉を噛み締めるように目を閉じた。そして強く、彼女を抱きしめる。


「僕もしーらが、大好き」
「ん」
「これが、“あいしてる”なんだよね……?」
「うん、きっとそうだよ」


 愛なんて、正直しいらにもよく分からなかった。けれど、そうだったらいいなと思ったのだ。
 しいらに受け入れてもらえたことに、ようやく“自分”を見つけられた喜びに、ナシラは安心しきった表情で微笑む。大事そうにしいらを抱きしめると、優しく彼女の頭を撫でる。


「これからは、辛いことからも痛いことからも、僕がしーらを守る。だからしーら」


 もっと、笑ってほしい。優しいナシラの言葉に、しいらはそっと目を伏せ、小さく口元に笑みを作った。


「そうだね、守って、もらわないと……」
「しーら?」
「ねぇ、ナシラ」
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