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12-02
しおりを挟む見送りもいつもは塔で行われる。使用人たちに見守られる中、ナシラはしいらの方を見るといつものあの言葉を口にした。
「いってくる、しーら」
「はい。いって……」
そこでしいらは言葉に詰まる。フラッシュバックのようにナシラと重なる彼女の姿に、一気に身体から血の気が引くのが分かった。
「しーら?」
「な、んでもないよ。いっ、てらっしゃい、ナシラ」
呼吸ができなくなるかのような恐怖心をなんとか抑え込み、彼女はその一言を口にした。そして目を背けそうになりながら、彼の出発を見送った。そして小さくため息をついた。
「……はぁ」
しいらはなんとか普段通りに振る舞おうとしていた。けれど彼女が無理をしていることは、周囲の人々も薄々とは感じ取っていた。
「しいら殿、何か心配事があるのなら話していただけませんか」
顔を合わせたとき、ルーヴェはこう言った。しいらを支えると誓った彼らしく、真っ直ぐに心労の原因は何かと聞いてきた。
「メレフ様、育てておられた花、綺麗に咲きましたよ」
「ナシラ様にお渡しになるんですよね? なら、花瓶も用意しませんと」
使用人たちも、心配した様子を表には出さないがしいらを気遣っていた。
だが、それが余計に負担となった。
しいらは聖女だった。それを今更になって思い知らされる。彼らにとってしいらは英雄を生かすためになくてはならない存在で、心身共に穏やかであることを望まれている。
あのときのように逃げることができなくなった。それは過去の自分の絶望を呼び起こしてしまったしいらにとって、何よりも辛いことだった。
「やっぱり、断るべきだったのかなぁ……」
長らく使っていなかった聖女の部屋で、ベッドに横たわっていたしいらは力なく呟く。
ガレアノに聖女になって欲しいと言われたあのとき。軽々しく頷いたことを今更になって後悔していたのだ。
「言葉の分からない異世界に放逐……そっちの方が辛そうだと思ったんだけど、思い違いだったな……」
ルーヴェにはいろいろと言ったが、彼女が聖女の役目を受け入れた理由は、そっちの方が辛くなさそうだったからだ。
しいらは苦労の多い生活を送ってきた。だから、食事にも寝る場所にも、お金にすら困らない聖女という役目は、少々魅力的に思えてしまったのだ。
「もしかしたら楽しいかも~、って……希望なんて持たなければ良かった。そうだよ、だってどんなに頑張ったって、いいことなんて起こらないんだから……」
聖女になったせいで辛いことから逃げられなくなるくらいなら、多少辛い思いをしようとも異世界で死ねる方法を探して、さっさとお陀仏していた方がマシだった。
そんなことを考えてしまう自分を嘲笑う。どこまでも救いようのない人間だと。
「早く楽になりたい……」
消え入りそうな声で呟く。そして彼女は目を閉じた。
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