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「(ああでも、こんな楽しい心地のまま死ねたら、それはなんて……)」


 一瞬でしいらは覚悟を決めてしまう。それはほとんど性分のようなものだったのだろう。
 だが浮遊した身体は何かに受け止められる。あまりにも目まぐるしく変わり続ける展開にほとんど思考停止していた彼女は、強く自分を抱きしめる両腕の感触で地上に戻ってきていたことに気付いた。


「しーら……」


 聞いたことのない、心配したようなナシラの声に、しいらは顔を上げた。どうやら地面に落ちるよりも速くナシラに受け止められ、そのまま塔に戻ってきたのだろう。


「ごめん、ナシラ……落ちちゃった」
「……よかった」


 ぎゅうっと普段より強く抱きしめられ、しいらは驚いてしまう。不安に駆られているらしいナシラを同じように抱き留めれば、彼は大きく息をついた。


「普通に飛ぶのじゃ、だめだ。しいらを固定しないと」
「うん?」
「あと、大きすぎると、しいらを乗せてるのか分からなくなる」
「ん? いや、もう、十分堪能、したんだけど……」


 ぱっとしいらから離れたナシラの姿は、再び竜の姿へと変わる。しかし、それは大体二メートルくらいの体長をしていて、先ほどのものよりも随分小柄だった。


「へぇ、大きさとか自分でコントロールできるんだ、って」


 その背に生えている触手が伸びてきたかと思えば、しいらの身体に巻き付いてくる。軽々と釣り上げられたかと思えば再びナシラの背に乗せられ、彼は再び翼を広げた。


「大丈夫? 私乗せて飛べる……?」


 小柄になった分翼も小さくなってしまった。今のナシラにとっては結構な重さだろうと、そう思った矢先に彼は飛翔する。
 一瞬ぐらりとバランスを崩したかと思えば、次第に飛行は安定していく。しっかりと触手に縛られ固定されたしいらは、冷や冷やしながらも思わず眼下の光景に目を奪われた。


「ふわぁ……」


 先ほどよりもスピードが出ていないせいか、ゆっくりと夜のアイゴケロースの街並みが流れていく。微かな灯りに照らされた白い建物たちは神秘的な雰囲気を醸し出していて、ここが異世界なのだと強く実感させられる。


「綺麗だね、ナシラ!」


 声を張り上げてそう言えば、彼はゆっくりと高度を下げて街の上空を飛んだ。そのまま街を抜けていくと、しいらも見たことのない街の外の世界に入っていく。
 密林らしき深く暗い緑。遠くに見える赤い色をした山々。それらを興味深げに眺めていれば、もっと遠くに海が見え始める。


「海だ!」


 この世界にも海があったんだ、なんてしいらがはしゃいでいると、ゆっくりとナシラは広い浜辺に向けて速度を落としていく。どうやら一度降りてくれるようだ。
 アイゴケロースの海も、しいらの知っている海とそこまで変わりなかった。波が規則正しく立ち、砂を巻き込んで引いていく。それを素足で感じ取っていると、まだ竜の姿のままのナシラも近くに寄ってくる。


「ナシラも人の姿に戻ったら? って、そういやナシラの服持ってくるの忘れてた! 戻ったら裸……でも周りに人居ないし」


 手を伸ばして頭を撫でてやれば、竜の姿のままのナシラはじゃれつくようにしいらに擦り寄ってくる。その口が開いたかと思えば長い舌が伸びてきて、また顔を舐められる。


「んぶっ、もしかしてもう、ん……っ、したくなってきちゃった?」


 ナシラとしては海よりもしいらが欲しいのだろう。自由に空を飛べる彼ならば、海など別段珍しいものでもないはずだ。


「そうだね、疲れてるのにここまで連れてきてくれてありがとね。帰ってゆっくりしよう」


 そう言えばナシラは再び身を伏せてくれる。慣れないながらもその背にのれば、またしっかりと触手が身体に絡みついてくる。


「今度はゆっくり見にきたい……ん?」


 ふわりと再び宙に飛び上がったとき、しいらは月に照らされた海面に違和感を覚えた。
 水平線が、抉れているように見える。まるでそこだけ何もないかのように。


「(あれは……何なんだろう)」

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