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06-01 無理な相談
しおりを挟む――ナシラとガトリン殿は……かつて恋人同士だったのですよ
あの日、ルーヴェから衝撃的な言葉を聞いて以降、しいらはぼーっと考えることが増えていた。
よくよく考えてみれば別におかしな話ではない。聖女と英雄の繋がりは、恐らく普通の男女の関係よりも強いもののはずだ。それに毎晩身体を重ねていれば、いつの間にか好き合うようになっても別に不思議ではない。
「(あのナシラが……ガトリンさんと)」
ナシラも絶世の美男だが、ガトリンもそれに負けず劣らず美しい女性だ。それにガトリンの身体付きも、しいらと比べるまでもなく豊かで、あれに憧れない男性はいないだろうと思う。
二人並んだら、とても絵になるだろうな。そんなことを考えるたびに、モヤモヤとしてしまうのだ。
「(元恋人なら尚更ガトリンさんが聖女やった方が……でも、恋人だったから余計に、ってのもありそうだなぁ)」
英雄と聖女が恋人関係になるのはおかしくない。だが、その関係性はある意味危険でもある。しいらにはそう思えた。
英雄には命懸けの責務がついてまわる。そして聖女もまた、英雄の生存に責任を負っている。互いを想えば想うほど敗北への恐怖は増し、常人の精神では想像できないほどのプレッシャーに晒されることになるはずだ。
ガトリンのあの反応も、もしかしたらそれに近しいものなのかもしれない。そう考えると、しいらも必要以上にナシラに深入りしない方がいいように思えた。
「セックスしてる時点で無理な話感はあるけど、でもいつまでもビジネス的な関係でいられたらどっちも幸せだよね……」
ナシラに生きる理由を与える存在、そんなことは到底無理だとしいらは分かっている。だから代わりが見つかるまで、或いはあのよぼよぼのおじいちゃんガレアノが不要と判断するまで、適当に聖女業をこなそう。そうしいらは結論付けた。
「ま、普段生活してる分には、ナシラと関わることなんてほとんどないし。余裕余裕」
「しいら殿」
何かのフラグを積み上げていたところ、しいらはルーヴェに呼び止められる。
基本ルーヴェは数日おきくらいにしか聖宮を訪れない。普段は司祭たちが集まるあの建物で仕事をしているのだそう。本人曰く、頻繁にしいらの面倒を見るのは業務外のことなのだとか。
「どうも、ルーヴェさん、ごきげんよう」
「はい。ご機嫌なところ悪いのですが、少し頼みたいことがあるのです」
「え、イヤ」
「要件を言う前に断るんじゃありません。最後までお聞きなさい」
すかさずしいらは嫌そうな顔をする。ルーヴェの提案というのは面倒なものが多い。何せそれらは言語の勉強や街の視察など、しいらには一切やる気の出ないものばかりだからだ。
「一週間後に、英雄の献身に感謝する催しがあるのです。本来であれば、そこにナシラと聖女が出席し、人々からの献上品などを受け取るのが慣わしなのですが」
「なのですが?」
「ナシラは催しの類には参加したがらず、他の行事もずっと欠席が続いています。これ以上は人々の不安を煽ることになってしまう。なので、ナシラを会場に連れてきて欲しいのです」
ナシラとは必要以上関わらない。そう決意したはずのしいらに、まさかの頼みだった。
一瞬あの自由気ままなナシラを説得する自分の姿を想像し、しいらはすぐに顔を顰める。どう考えてもナシラが素直に頷く光景は思い浮かばない。
「無理ムリ。私が言ってもナシラは絶対に動かないって」
「そう仰らずに。ナシラが参加しなければ、しいら殿一人で出席することになるのですよ」
「え、はぁ!? なんで私は強制参加? いやいやいや、司祭様の一人や二人付けてよ!」
予想通りの無理難題、それも自分も被害を被るというおまけ付き。しいらはどっちも嫌だと駄々をこねた。
「そもそも、なんで他に聖女の仕事があるの、寝るだけなんでしょ~」
「確かにそうガレアノ様が言いましたが、しいら殿なら十分他の仕事もできると私は思います。ですので、こうして頼んでいる次第です」
「……」
それはつまり、聖女として期待している、ということなんだろう。
一瞬やってあげてもいいかなと思った自分を叱責し、しいらは大きくため息をついた。もう自分は何も抱えないと決めたのだから。
「一応、ナシラに聞くだけは聞いてみるけど、説得はしないからね。あと! ナシラ欠席だったら絶対に司祭様、というかルーヴェさんも出てよ。絶対よ!」
「私はその日、別の仕事があるのです」
「融通利かせてよ、大事な催しなんでしょ。私一人だけ出席なんて絶対事故にしかなんないから!」
善処します、などという信用できない返事をするルーヴェに、しいらは頭を抱える。アイゴケロースでさえこんなにも問題だらけなのだから、オツロに苦戦している他の宮はもっと大変なんだろうなと、意味もなく想像してしまう。
どうか平穏に自分の聖女業が終わることを、切に願った。
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