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番外05-01 ノープラン・デェト

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 翌日、お昼になる少し前、ノイナは待ち合わせをしていた。

 家を出るとき、ゲブラーは惜しむようにノイナにべったりくっついていたが、いざ出かける時間になると大人しく見送ってくれた。さすがに笑顔で、というわけにはいかなかったが、それでも彼の成長を感じる対応だった。

 そして待ち合わせ場所に着けば、既にいるかと思っていたスタールはいなかった。てっきり彼のことなら、ノイナよりも早く来て待っているかと思ったのだが。


(偏見かな……?)


 まだ待ち合わせ時間には早いが、ノイナは腕時計を眺めながらスタールを待とうとする。そこでちょうど見覚えのある人物が慌てた様子で足速に近づいてくるのが見えた。


「ごめんね、待たせちゃったかな」
「いえいえ。来たばっかりですし、まだ待ち合わせ時間前ですし」


 普段はスーツを華麗に着こなしているスタールだが、その日は私服、らしかった。そういえば前のデートのときも、昨日も休日だったのにスーツだったなと思い、ノイナはまったく違和感を覚えなかった自分に呆れてしまう。

 そう、私服だった。


「なんか、私服の先輩って雰囲気変わりますね」
「そ、そうかな。変じゃない?」
「変なんて! ぜんぜん、かっこいいですよ」


 今のスタールは黒のタートルネックとダークブラウンのスラックスに、シンプルなベージュのロングジャケットを合わせている。そこまで砕けてはいないが、スーツのときよりかはずっとカジュアルで、けれど品の良さを感じさせる出立ちに、ノイナも惚れ惚れしてしまう。


(ゼルスがモデルなら、先輩は俳優さんって感じだよね……)


 ひとりでに納得していると、スタールは小さく息を吐く。どうしたのかと思えば、彼はそっとノイナの手をとった。


「何度か私服は見たことあるけど……その、とても、可愛いね。ノイナによく似合っている」
「あ、ありがとうございます」


 照れながらもお礼を言えば、スタールは顔を赤くしたまま硬直している。どうしたのかと首を傾げれば、彼は困った様子で視線を落とした。


「その、幸せだなって……そう思ったら、頭が真っ白になって」
「大丈夫ですか……?」
「大丈夫。ちゃんと、君を完璧にエスコートしてみせるから」
「は、はい……じゃあ、最初はどこに行きましょうか?」


 そう問いかけると、再びスタールは固まってしまう。まるでフリーズを繰り返すパソコンのようだ。


「せんぱい……? もしかして、体調が悪かったりしませんか?」
「いや、そういうことじゃなくて…………、……なにも、思いつかなくて」
「え、行きたいところが、ですか?」
「そう……昨日の夜も、ディナーの予約はして、その前に行く場所を考えていたんだけど、どこにするか悩んでいるうちに、寝落ちしてしまって」


 今日ノイナよりも遅れて来たのは、夜遅くまでデートの予定に頭を悩ませていて寝坊したから、なのだろう。そう思うと、なんとも微笑ましい。


「前はいっぱい思い付いたんだけど、おかしいな……今は、幸せで、幸せすぎて、ノイナと一緒にいられるだけで嬉しくて、頭が、全然動かないんだ」


 熱烈な告白に真っ赤になっていれば、スタールもじわりと頬を赤くする。きゅっと繋いだ手に力がこもって、また優しく唇が触れ合う。


「本当に、困ったね。ノイナの前じゃ、天才諜報員も形なしだ」


 十分女性慣れしていて、デートなど任務で何度も完璧にこなしたことがあるはずなのに、今のスタールはまるで初めてデートをする少年のように初々しかった。その眩さに、思わずノイナは目を焼かれるような錯覚に襲われる。


「本当にごめん、せっかくのデートなのに、なにも考えていなくて……」
「いえいえ! 謝らないでください。そもそも、私前回も先輩に任せっきりでしたし」


 スタールと一緒にいると、ノイナは自然と彼に追従しようとしてしまう。そんな姿勢は正すべきと前から思ってはいたが、一朝一夕には変わらないものだ。


「今日はノープランで、のんびりデートしましょう。前は全力で遊んだんですから、今回はゆっくり先輩と過ごしたいです」
「そ、そうかい?」
「はい。それに、これからもデートはできるんですから、そんなに重く受け止めすぎなくても大丈夫ですよ。なんならまず最初に、ケーキでも食べながら次のデートで行きたい場所を話しましょうか」


 そう言えばスタールはぱっと笑みを浮かべて頷いてくれる。
 普段は完全無欠なスタールがノイナの前でだけ見せる弱みに、思わずノイナはぐっときてしまう。これも計算だったら恐ろしいことだが、さすがにそんなことはないだろう。

 ちょっと早いお昼ご飯という感覚で、二人はケーキを食べるべく美味しいと評判のカフェへ足を運んだ。相変わらず甘味に弱いノイナは、夢中になってそこの名物であるフルーツタルトを味わった。
 その際に、次のデート場所の相談をした。水族館とかいいかもしれないと話していると、うっかりそういった場所に一切馴染みがないゲブラーも連れて行きたいなんて言葉にしてしまって、ノイナは苦笑を浮かべてしまう。


「そうだね。まずは三人で、一通りデートスポットでも回ろうか」
「お、いいですねぇ」
「遊園地も、ゲブラーはきっと行ったことがないだろうし、この前はアトラクションには一切乗ってなかったし……」
「先輩はゼルスがデートについてきてたの気づいてたんですね」


 今もいるのだろうかと視線を周囲に向けるも、見覚えのある赤い髪は見当たらない。スタールのほうを見れば、彼は小さく笑みを浮かべている。


「今はいないみたいだ。視線を感じない」
「視線か……」


 天才諜報員は人から見られている感覚にかなり敏感なようだった。

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