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番外02-03
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当然ノイナは驚くも、以前もスタールが似たようなことを言っていたのを思い出す。ゲブラーを説得して、愛人がどうのとか。
「あれって、本気だったんですか?」
「本気だよ。といっても、まずはゲブラーに認めてもらえたらの話だけど」
「認める……」
ノイナからしたら、ゲブラーが愛人を認めるとは到底思えなかった。彼は自覚があるほどに嫉妬深くて、それなりに束縛する傾向にある。といっても、最近はそれを実感することはほとんどないが。
ちらりとゲブラーのほうを見れば、ノイナはまた驚いてしまう。
以前の彼であれば、愛人になりたいと聞いたとたん怒り出しただろう。けれど今の彼はわりと真剣に悩んでいるらしく、難しい顔をしている。
(まさか……先輩に懐柔されかかっている? 料理とかもその一環……)
大いにあり得る。そう思っていると、ゲブラーは気だるげに言う。
「ともかく、しばらくそいつは俺の料理を指導するだけだから」
(素直にもう先生と認めている時点ですごい……)
「ゲブラーの家事については任せてほしい。僕が立派に育ててみせるよ」
「俺はあんたの息子じゃないんだけど」
確かにスタールは父親っぽいなと思い、ノイナは不覚にも笑ってしまう。けれどスタールが師事してくれるのなら、ゲブラーもより早く不器用さを克服できるだろう。
「先輩、ゼルスをお願いしますね。ゼルスも、美味しいご飯とお菓子を期待してるよ」
その日から、ノイナとゲブラーの家によくスタールが来るようになった。
家に帰れば、頑張って料理を作っているゲブラーの姿があって、ノイナはほっこりしてしまう。包丁はともかく、火を使うことへの抵抗はなくなったらしく、料理の幅も広がっていった。
そして毎回のように、スタールは帰ってきたノイナに報告してくれるのだ。今日のゲブラーは砂糖と塩を間違えずに使えたとか、卵を綺麗に割れたなど。
「今日のゲブラーは一人で味を整えられたんだよ」
「おおー」
「その報告やめてくれない……!」
顔を真っ赤にしながらゲブラーは抗議していたが、ノイナの目からすれば素直に喜んでいたのだと思う。
ゲブラーはあまり他人から褒められた経験がない。特に、殺し以外では。
最初は、スタールと一緒にいるとコンプレックスが刺激されるだけではないのかと思ったが、真摯に褒めて伸ばそうとしてくれるスタールに、次第にゲブラーも心を許していったようだった。
(さすがは、天才諜報員……ゼルスのツボを完全に押さえて、過去の遺恨すらも覆すとは)
その腕前に惚れ惚れしているうちに、ゲブラーの挑戦は続き。
ついには、簡単なシフォンケーキをも作り出したのだ。
「おお~! 綺麗な焼き色! いい香り! 美味しそう!」
「はい、味見」
「あーん」
ゲブラーのフォークで一口それを味わえば、ノイナはぱっと笑みを浮かべる。
パサつきすぎず、生というわけでもなく、絶妙なしっとりとした舌触り。甘さとかすかな卵の香りが口一杯に広がって、一気に幸福感が溢れてくる。
「美味しい!」
「えへへ。まぁ、今の俺ならこれくらい余裕だし!」
「メレンゲ作成にずいぶん手間取ったけど」
「そこ、うるさいよ」
軽口を交わす二人にノイナは嬉しくなる。
前はあんなに険悪だった二人が、なんだかんだ歩み寄っている。まだゲブラーは素直に認めないだろうが、もうスタールに殺意を抱くようなこともないだろう。
自分で味見をしてみて満足そうなゲブラーの姿は、いつしかノイナが守りたいと思った笑顔そのままだった。そう思うと、こんなに早く料理に自信が持てるよう、彼を導いてくれたスタールにいっぱい感謝したくなる。
「先輩、ありがとうございます」
「教えはしたけど、成長できたのは彼の努力の結果だから、礼を言われるほどのことじゃないよ」
「確かにゼルスの努力もありますけど、付きっきりで教えてくれた先輩のおかげでもありますから」
温かい胸中をそのまま柔らかい笑みで表して、ノイナはスタールに言う。
「お礼、言いたいじゃないですか。ありがとうございます先輩。私、本当に嬉しいです」
「……ノイナ」
その笑みにスタールは表情を緩ませ、思わず手を伸ばしてその頬に触れようとした。けれどその手はすぐに止まって、引っ込んでしまう。
(そういえばここ来るようになってから、先輩に一度も触られたことない……?)
前はけっこう自由に触ってきたんだけどなと思っていると、ケーキを切り分け終えたゲブラーがぶっきらぼうに言った。
「いいよ、ノイナに触っても。えっちなことしないならね」
「おお、お許しが」
許可が出たことで、スタールは嬉しそうに笑みを浮かべるともう一度手を伸ばした。
「ノイナ、触れても、いいかな」
ちゃんとノイナにもそう質問して、彼は律儀に返事を待っている。
それがどこかおかしくて、笑いながらノイナは彼の手をとり、自分の頬にあてがった。
「……、ノイナ」
優しく頬を撫でられる感触が、どこか懐かしい。そう思っていると、嫉妬したのかゲブラーがうしろから抱きついてくる。
彼の腕をさすりながら、ノイナはケーキを食べようと言った。三人一緒の食事は、いつしかどんな料理よりも美味しく感じた。
その後もスタールの師事は続き、ゲブラーの家事スキルはメキメキと成長していったのだった。
番外02 了
「あれって、本気だったんですか?」
「本気だよ。といっても、まずはゲブラーに認めてもらえたらの話だけど」
「認める……」
ノイナからしたら、ゲブラーが愛人を認めるとは到底思えなかった。彼は自覚があるほどに嫉妬深くて、それなりに束縛する傾向にある。といっても、最近はそれを実感することはほとんどないが。
ちらりとゲブラーのほうを見れば、ノイナはまた驚いてしまう。
以前の彼であれば、愛人になりたいと聞いたとたん怒り出しただろう。けれど今の彼はわりと真剣に悩んでいるらしく、難しい顔をしている。
(まさか……先輩に懐柔されかかっている? 料理とかもその一環……)
大いにあり得る。そう思っていると、ゲブラーは気だるげに言う。
「ともかく、しばらくそいつは俺の料理を指導するだけだから」
(素直にもう先生と認めている時点ですごい……)
「ゲブラーの家事については任せてほしい。僕が立派に育ててみせるよ」
「俺はあんたの息子じゃないんだけど」
確かにスタールは父親っぽいなと思い、ノイナは不覚にも笑ってしまう。けれどスタールが師事してくれるのなら、ゲブラーもより早く不器用さを克服できるだろう。
「先輩、ゼルスをお願いしますね。ゼルスも、美味しいご飯とお菓子を期待してるよ」
その日から、ノイナとゲブラーの家によくスタールが来るようになった。
家に帰れば、頑張って料理を作っているゲブラーの姿があって、ノイナはほっこりしてしまう。包丁はともかく、火を使うことへの抵抗はなくなったらしく、料理の幅も広がっていった。
そして毎回のように、スタールは帰ってきたノイナに報告してくれるのだ。今日のゲブラーは砂糖と塩を間違えずに使えたとか、卵を綺麗に割れたなど。
「今日のゲブラーは一人で味を整えられたんだよ」
「おおー」
「その報告やめてくれない……!」
顔を真っ赤にしながらゲブラーは抗議していたが、ノイナの目からすれば素直に喜んでいたのだと思う。
ゲブラーはあまり他人から褒められた経験がない。特に、殺し以外では。
最初は、スタールと一緒にいるとコンプレックスが刺激されるだけではないのかと思ったが、真摯に褒めて伸ばそうとしてくれるスタールに、次第にゲブラーも心を許していったようだった。
(さすがは、天才諜報員……ゼルスのツボを完全に押さえて、過去の遺恨すらも覆すとは)
その腕前に惚れ惚れしているうちに、ゲブラーの挑戦は続き。
ついには、簡単なシフォンケーキをも作り出したのだ。
「おお~! 綺麗な焼き色! いい香り! 美味しそう!」
「はい、味見」
「あーん」
ゲブラーのフォークで一口それを味わえば、ノイナはぱっと笑みを浮かべる。
パサつきすぎず、生というわけでもなく、絶妙なしっとりとした舌触り。甘さとかすかな卵の香りが口一杯に広がって、一気に幸福感が溢れてくる。
「美味しい!」
「えへへ。まぁ、今の俺ならこれくらい余裕だし!」
「メレンゲ作成にずいぶん手間取ったけど」
「そこ、うるさいよ」
軽口を交わす二人にノイナは嬉しくなる。
前はあんなに険悪だった二人が、なんだかんだ歩み寄っている。まだゲブラーは素直に認めないだろうが、もうスタールに殺意を抱くようなこともないだろう。
自分で味見をしてみて満足そうなゲブラーの姿は、いつしかノイナが守りたいと思った笑顔そのままだった。そう思うと、こんなに早く料理に自信が持てるよう、彼を導いてくれたスタールにいっぱい感謝したくなる。
「先輩、ありがとうございます」
「教えはしたけど、成長できたのは彼の努力の結果だから、礼を言われるほどのことじゃないよ」
「確かにゼルスの努力もありますけど、付きっきりで教えてくれた先輩のおかげでもありますから」
温かい胸中をそのまま柔らかい笑みで表して、ノイナはスタールに言う。
「お礼、言いたいじゃないですか。ありがとうございます先輩。私、本当に嬉しいです」
「……ノイナ」
その笑みにスタールは表情を緩ませ、思わず手を伸ばしてその頬に触れようとした。けれどその手はすぐに止まって、引っ込んでしまう。
(そういえばここ来るようになってから、先輩に一度も触られたことない……?)
前はけっこう自由に触ってきたんだけどなと思っていると、ケーキを切り分け終えたゲブラーがぶっきらぼうに言った。
「いいよ、ノイナに触っても。えっちなことしないならね」
「おお、お許しが」
許可が出たことで、スタールは嬉しそうに笑みを浮かべるともう一度手を伸ばした。
「ノイナ、触れても、いいかな」
ちゃんとノイナにもそう質問して、彼は律儀に返事を待っている。
それがどこかおかしくて、笑いながらノイナは彼の手をとり、自分の頬にあてがった。
「……、ノイナ」
優しく頬を撫でられる感触が、どこか懐かしい。そう思っていると、嫉妬したのかゲブラーがうしろから抱きついてくる。
彼の腕をさすりながら、ノイナはケーキを食べようと言った。三人一緒の食事は、いつしかどんな料理よりも美味しく感じた。
その後もスタールの師事は続き、ゲブラーの家事スキルはメキメキと成長していったのだった。
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