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番外02-01 直球の交渉

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「やぁ、ゲブラー」
「また来たの……?」


 もはや何度目かになる遭遇に、ゲブラーはげっそりとした表情で呟く。
 ノイナが本部で仕事をしている間、ゲブラーは基本的に慣れないながらも家事をしているらしい。といっても、今のところ彼ができる仕事は少ないようで、洗濯物を干すことと買い物に行く程度なのだという。


「あんたおかしいよ」
「どこかおかしいかな」
「だってそうでしょ。わざわざ恋敵に会いに来て、嫉妬とかしないの」


 心底信じられないと言いたげな顔でゲブラーは言う。彼の反応ももっともだろう。


「俺は毎日ノイナとイチャイチャ楽しい同棲生活を満喫して、こうして買い物してるのだってノイナと一緒にご飯作るためなんだからね。殺したいほど妬ましいとか思わないわけ?」


 敢えて焚き付けるような言い方をして、ゲブラーはスタールの心を揺らそうとする。彼としては、スタールがなにを考えて自分に接触しに来ているのか、その意図が読めずに困惑しているのだろう。


「嫉妬はしているよ。羨ましすぎて、何発かは本気で殴りたいくらい」
「だったらなんで」
「けど、そんな些細な感情でノイナとの縁が切れるほうが嫌なんだ。どんな形であろうと、より彼女の近いところに居続けたい」


 真っ直ぐなその言葉に、ゲブラーはわずかに目を伏せた。
 まだゲブラーには嘘を見抜く力があるのだという。だから彼には、スタールが正直に想いを言葉にしているのが分かるのだ。


「貴方にとってノイナがこの世で一番大切な人であるように、僕にとってもノイナは何よりも尊い人なんだよ。……貴方も僕の告白を聞いていたんだから、分かっているだろう」
「なんだ、俺があそこにいたの気づいてたんだ」
「もちろん」


 スタールとノイナのデート。それを途中からゲブラーがずっと見ていたのには早いうちから気づいていた。もちろん、ノイナを奪われる恐怖に怯え、ずっと泣いていたことも。


「ノイナは僕に心を与えてくれた。安らぎを知らなかった道化に、幸福を教えてくれた」
「…………」


 その口ぶりにゲブラーは難しい顔をする。けれど反発するような素振りは見せなかった。


「あんたがどっか壊れてるのはすぐに分かった。目がイっちゃってたからね」
「そうかな……」
「なんで平気な顔して生きてんのか、分かんなかったし気味悪かった。でも、あの話聞いて」


 スタールが常人のように振る舞えている理由を知った。彼にとってノイナが心の支えだったこと、それが自分とまったく同じだということも。


「ある意味ショックだったよ。下手すると俺以上に可哀想な奴が出てきちゃった、ノイナに憐れんでもらえないって。それに、フラれたってのにノイナにあんなこと言えて、背中押しちゃってさ……」


 少しだけ嫉妬を露わにしたゲブラーは言う。到底自分にはできないことをやってのけたスタールに、圧倒的な差なんてものを感じてしまったのだろう。


「すっごいムカつくけど……あんたのノイナへの気持ちが本物だってことは、認めてあげる」
「ゲブラー……」


 思っていた以上に素直な賞賛に、思わずスタールは目を丸くしてしまう。けれどすぐに、その顔に笑みが浮かぶ。


「ノイナが貴方を好きになる理由も分かる。可愛らしい人だ」
「キモい。ノイナ以外から可愛いとか言われても嬉しくないんだけど」
「ふふ、そうだね」


 素直すぎる反応に笑い声を零して、スタールはまっすぐにゲブラーを見た。


「貴方はまっとうな共感性を持っているし、それに、優しいね」
「は、はぁ!?」


 飾らないスタールの褒め言葉に、ゲブラーは照れたように頬を赤くする。すぐにぶんぶんと首を横に振って、買い物メモを睨みつけるように顔を寄せた。


「馬鹿なこと言ってないで、偉そうにどうでもいい解説垂れ流してよ、聞き流してるから……」
「お望みとあらば」


 いつものように、あれやこれや料理のコツや上手い買い物の仕方などを誦じていれば、無事にゲブラーのお使いミッションは終わる。
 今まではそこで逃げるようにスタールと別れていたゲブラーは、なぜか足を止める。どうしたのかと思えば、少しだけ居心地悪そうに質問してくる。


「俺に近づいてきたのは、なにか目的があるからなんでしょ。さっさと言いなよ」
「気づいてたんだ」
「当たり前でしょ? あ、言っておくけど、ノイナは絶対にあんたに渡さないから! 確かにその、俺は一回ノイナと別れようと思ったけど、今は全然そんなこと思ってないんだからね!」


 予想していた返しにスタールは肩を竦める。きっとゲブラーは薄々と、スタールがノイナを目的に近づいてきたことを予感していたのだろう。


「貴方からノイナを奪いたいわけじゃないよ。それはノイナの気持ちも蔑ろにする行為だから」
「そ、そう……? なら、いいけど……」
「ただ」


 感情を溜めるように、スタールはそこで言葉を切った。それにゲブラーは少しだけ身構える。
 どういう反応をするか、それもおおよそ想像できる。けれどそれなりに言葉を交わし、ある程度の相互理解ができた今が押しどころだと、スタールは思った。


「ノイナの、愛人になりたいんだ」
「……へ?」
「言い換えると、ノイナの情夫になりたい」
「いやどっちも同じだって」


 唖然としながらもツッコミを入れつつ、ゲブラーは険しい顔をする。
 当然だ。要は未だにノイナが諦められず、まだ関係を持ちたいとはっきり言っているのだから。


「そんなの浮気でしょ! 俺が許すと思ってるの!?」
「貴方とノイナが納得してくれるなら浮気じゃない。だからこうして貴方に認めてもらえないかと話しているんだよ」
「そ、そうかもしんないけど……だとしてもダメに決まってる!」


 到底受け入れられない。はっきりと拒絶を示すゲブラーにも、スタールは退かなかった。
 自分にとってはそれほど大事なことなのだと訴えかけるように。


「どんな制限をかけてもらっても構わない。夜の行為だって、貴方が嫌と言うのならしない」
「信用すると思う?」
「ノイナへの愛に誓って、愛人関係を認めてくれるのなら決して貴方の意向に背くことはしないと約束するよ」
「そこまでして……? そんなの、二人っきりになるのも、ノイナに触るのもダメって言うよ?」
「構わない」


 あっさりと受け入れてしまうスタールに、再びゲブラーは呆気に取られている。


「ノイナのことを諦められない。僕は、それくらい本気なんだ」
「……」
「彼女との、特別な繋がりが欲しい。どうかゲブラー」


 あまりにも真っ直ぐに、スタールは頼んだ。
 その真剣さに、ゲブラーはなにも言えずに黙り込む。難しい顔をしながら。

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