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「もっと分かりやすく、ノイナの提案を飲むと伝えたほうが良かったのでは?」


 事前に長官から諸々の話を聞いていたスタールからすれば、さきほどの会話は少し回りくどいように感じた。わざわざあんなことを言わなくても、ゲブラーに殺しの仕事をさせるつもりはないと言えばそれで終わりのはずだった。

 そんな質問に長官は肩を竦める。愚問だ、とでも言いたげだ。


「建前ってのは案外大事なんだよ。僕があからさまにゲブラーに殺しはさせないって言ったら、そこになにか理由があると勘繰る奴らが出てくる。そして結果的に、彼の異常性がより周知されてしまう」
「……その、死神の加護、ですか。それほどまでに」
「それほどの代物だよ。そもそもあれは加護なんかじゃない」


 そう呟いて、長官は戦車の模型を手に取った。それをスタールに向けて、彼は穏やかな微笑を浮かべる。


「彼はね、死神の一部、いわば分霊、なのさ」
「……?」
「この戦車と同じ、命を終わらせるために生まれ落ちたもの……だから簡単に人を殺せてしまうんだ。彼の裁きは神の断罪が如く、峻厳なりし、ってね」


 ゲブラーとはよく名付けたものだと、そう長官は呟くように言った。
 さすがのスタールもついていけない様子でじっと長官を見つめている。それに気づいた彼は苦い表情をすると、疲労を吐き出すかのように背もたれに体重をかけた。


「だとしたらやはり、ゲブラーをノイナと一緒にさせるのは、不味いのでは」
「あぁ、そのへんは大丈夫。そもそも、他人の死を引き寄せる特性は、他人の死から距離を取り続けていれば自然と大人しくなってくもんなの」
「! だから長官は、ゲブラーに殺しの仕事はさせないと」
「そういうこと」


 最初から彼は、ノイナの要求を飲むつもりだったのだろう。その本当の理由を隠したのは、ゲブラーの持つ異常な殺傷能力がただの偶然ではないのだと、それを周知されないため、だった。


「そもそも、ゲブラーみたいな死神関係者は、殺し屋なんてやっちゃ駄目なんだよ。最悪、本当にそこにいるだけで命あるものが死ぬようになるからね」
「…………」
「でも、彼らの一番怖いところは、死を引き寄せることじゃない」


 ゲブラーの書類を手に取って、長官はそれを軽く破り捨てた。もはやそんな暗殺者など存在しない、とでも言いたげに。


「僕らがどう足掻いたって、彼らを殺せないこと、だよ」
「絶対に、死なないと……?」
「さすがに、肉体の寿命には抗えないさ。でもその特性が一番恐ろしくてね……例えばもしも僕がゲブラーを殺すために核弾頭なんて使えば」


 どかんと長官の手が爆発を表すように開く。


「自分に向けられた殺意を跳ね返すように、僕が発射のスイッチを押した途端その場で爆発。無関係の人間が大量に死ぬだろう。ね? 怖いでしょ」
「にわかには信じがたいのですが……」


 眉唾な話に、スタールは顔を顰めてしまう。けれど彼自身、死神の加護を目にしたことはあるのだ。
 ゲブラーに殺意を向けられ、ナイフを振るわれたとき。簡単に回避できると思った攻撃が、本当に当たりそうになった。それも、急所である首に。

 寿命以外では絶対に死なず、そして指を動かすだけで簡単に人を殺せてしまう力。まさかそんなものが、本当に実在してしまっているのか。


「ともかく、ゲブラーには一般人みたいに大人しく生活してもらうのが一番なんだ。彼がうちに与したって情報だけで、他国には優位を取れる」
「そこも考慮済み、ということですか」


 もちろん、と長官は呟くと再び模型の箱を手に取った。スタールが考えていたゲブラーを自陣に引き入れることの利点、それを彼も理解していたのだろう。
 たとえゲブラーが今後依頼をこなさないのだとしても、周囲の国は彼の暗殺を常に警戒せざるを得ない。交渉でも、ゲブラーをチラつかせれば一体どれほどの効果を発揮することか。


「しかしノイナも……よくそんな相手と長時間一緒にいて生還して……まさか彼女も、カミサマとやらの関係者なんですか?」
「んー? 彼女は普通の人間さ。ただ……」


 どこか遠い目をして長官は呟くように言う。


「神様に愛され人間、ってだけだよ」
「……なるほど」


 なぜか納得してしまって、スタールは小さく笑った。そんな弟子の人間らしい表情を横目に、長官は呆れた声で語りかけてくる。


「君もさっさと新しい恋をするんだな」
「大きなお世話ですし、僕はノイナ一筋です。それに、ゲブラーを説得できればまだチャンスはありますから」
「あれ? まさか新たなゲブラー懐柔作戦ってこと? 僕が前に言ったこと、本気にしちゃったんだ」
「先生が不可能なことを提案しないことはよく知っています」


 爽やかな笑みを浮かべるスタールに、さすがの長官も苦笑を浮かべた。
 長官が以前にスタールに言ったことというのは、スタールがノイナとの任務交代を電話で申し出たとき、最初に提案されたことだった。


「ゲブラーが自分の居場所を見つけるまでは大人しくしていろ、でしたよね」
「ほんとに、人間らしくなっちゃって……神様の血が泣くよ?」
「僕は神ではありません。ノイナに心を与えてもらった、ただの人間ですよ」


 だとしても、誰もが畏怖する天才諜報員。どんなに困難な任務だとしても、必ず達成する。
 そんな自信を表すかのような笑みを浮かべて、スタールは師を見つめた。


「言うようになったじゃないか。やれやれ、となると天才諜報員『隣人』もそろそろ引退かなぁ」
「そうかもしれませんね。……ここが本当に諜報機関なのか、心配になっていたところです」
「あれ、昔言わなかったっけ?」


 悪戯っぽく笑った長官は、まるで誰かに紹介するように両手を広げた。


「ようこそ、国家特務諜報機関へ。ちなみに正式名称は、特殊異能保全管理機関。表向きは諜報活動をしながら、異能者を懐柔・保護し、場合によって活用する」


 そばに置いてある紙の束を、彼はとんとんと軽く叩いた。きっとそれは、機関が目をつけている異能者たちの資料、だ。


「それが僕らのお仕事さ」
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