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38-01 ゲブラー懐柔任務の結末は
しおりを挟む「捜索任務、ご苦労だったね」
いろんな物で溢れかえったその部屋には、四人の人間がいた。
一人は、不安そうな表情を隠し切れていない女性。そのすぐ側にある椅子に座っているのが、赤い髪の男だ。
そんな二人に向かい合うように、執務机で模型作りに励んでいる中年男性がいる。そしてその隣には、少しだけ厳しい表情をした男性が立っていた。
「一時はどうなることかと思ったけど、本当に助かったよ」
「いえ、任務を果たしたまでです」
緊張した様子で女、ノイナはマシェット長官に向かって言う。その隣に立っているのはスタールだ。
そう、無事に本部に帰還した彼女は、約束通りゲブラーを連れて長官のいる部屋へと赴いた。そこにはなぜかスタールも同席していて、じっとここで行われる交渉を見守っている。
もしものときはスタールが助けてくれるだろうか、なんてことを考えてノイナは小さく首を横に振る。長官はノイナがきちんとゲブラーを懐柔できていたら問題ないと、そう言っていたのだ。
だからきっと大丈夫。そう思ってノイナはゲブラーへと視線を向けた。
「それじゃあ、いくつか質問しよう。ええと……ゼルス・バーグワン」
始まった。そう思ったのも束の間、ゲブラーが口を開く。
「その名前で呼ばないで。俺は殺し屋のゲブラー、そんな名前のやつ知らないよ」
「ちょ、ゲブラー……!」
さっそく反抗的な態度をとるゲブラーに、ノイナは事前に説明しただろうと耳元で言う。けれど名前の件は譲れないのか、彼はつんとそっぽを向いてしまう。
要は、ゼルスと呼んでいいのはノイナだけ、と言いたいのだろう。嬉しいのだが、この場に限っては我慢してほしい、なんてノイナは思った。
「そうか……ではゲブラー。うちの国に忠誠を誓ってくれるって本当? 君は国家からの依頼を受けたことは今までになかったと思うんだけど」
「国の依頼を受けなかったのは変な諍いから距離を置くため。一個依頼受けただけでいつの間にかいろんな奴の恨み買うとか、面倒極まりないからね」
「なるほど、実に冷静な判断だ」
「でもまぁ、ノイナのいる国だし、あんたらの味方してあげてもいいよ」
(なんで上から目線……!)
ここに来る前になるべく失礼のないようにと言ったはずなのに、ゲブラーはなぜか高圧的な態度を取り続けている。
長官のほうも、ゲブラーの反応に少し眉根を寄せている。明らかに、彼の忠誠を疑っている、という顔だ。
「なんでも言うこと聞くわけじゃないから。俺は奴隷になりに来たわけじゃないよ」
「もちろん、分かっているとも」
「今後もノイナを俺のそばにつけて、指令もノイナ伝てじゃないと従わない。それが条件」
無理に暗殺業を続ける必要もないと言ったのに。そう思っていると、長官は重々しくため息をついた。
これは、不味い。ゲブラーがこんな状態では、懐柔できている、なんて言えないかもしれない。
そして案の定、ゲブラーとの問答を止めた長官はノイナのほうを見た。
「ノイナ・イゴーシュ」
「も、申し訳ありません長官! 本来はもっと、私と話すときは素直なんですけど……」
「それじゃあ駄目だよ。僕は彼の忠誠心を見る、って言ったでしょ?」
「ちゃんと協力してあげるって言ったじゃん!」
「すごい反抗的だし、上から目線だし……」
すぐに食ってかかってしまうゲブラーに、長官は呆れた様子でため息をついた。そして出来上がった犬のパズル模型を、ことんとテーブルの上に置いた。
「長官、しっかりと言い聞かせておきますので……!」
「君は諜報員としては素人だからねぇ……この結果も仕方ないと思うよ」
「そんな……」
思わずノイナはスタールを見るも、彼は静かに目を伏せて口を開こうとしない。どうしてと、そう縋ってしまいそうになるノイナは、長官の言葉に彼のほうを向かざるを得なくなる。
「だから、ノイナ・イゴーシュ」
「…………っ」
君との交渉は終わりだ。そんな宣告を覚悟して、ノイナは息を呑む。
「やり直しだよ」
「……、……え?」
「こんなんじゃぜんぜん駄目! 懐柔できてないでしょ、だからやり直しして」
「やり、なお、し?」
ぽかーんと口を開けてノイナは首を傾げた。それを見たスタールが、ほんの少しだけ口角を上げて顔を背ける。
「そうだよ。君はゲブラーをもう一回、ちゃんと懐柔しなおすこと! もう二度と僕にこんな失礼な態度をとれないくらいにね。ハニートラップとか、子供作っちゃうとか、とにかくありとあらゆる手を使うんだ、それが新しい君の任務」
「それ俺の前でしていい話なの?」
「おっとそうだった……ともかく、頼んだよ。それまでゲブラーともども、君の行動もある程度制限させてもらって、監視もつけさせるから、そのつもりで」
話はそれで終わり、とでも言いたげに長官は新しい模型の箱を取り出した。
ようやく理解が追いついたノイナは、しかし慌てる。それではゲブラーに任される仕事はどうなるというのか。
「じゃあ、ゲブラーへの暗殺の依頼は……?」
「そんなの、今の状態じゃ安心して頼めるわけないでしょ?」
「た、たしかに……?」
長官曰く、まだゲブラーは反抗的なのでもう一度懐柔任務をやり直せと。そして現状じゃ暗殺の依頼も任せられないと。
それはつまり、結果的にはノイナの望みが叶ったともいえる。
おそるおそるスタールのほうを見れば、彼は柔らかい表情で微笑み、頷いてくれる。まるでもう大丈夫だと、そうノイナに伝えるかのように。
「分かったならさっさと任務に戻るんだ。新しい住居は手配しておくから、ゲブラーと一緒に指示に従うように」
「俺、ノイナと一緒に住むの?」
「当たり前だろう。君を毎日監視し、監督するのも彼女の任務だよ」
「ふーん」
くるりとノイナのほうを向いて、ゲブラーはぱっと人懐っこい笑みを浮かべた。すんなりと同棲できるようで、彼としてはご満悦、という感じだ。
「そ、それでは、失礼します!」
ゲブラーを連れて、ノイナは慌てた様子で部屋を退室した。その背中を見送り、長らく沈黙していたスタールはようやく口を開く。
「もっと分かりやすく、ノイナの提案を飲むと伝えたほうが良かったのでは?」
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