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 適当にナイフを振おうとしてもノイナに当たってしまいそうで、彼の腕はどんどん縮んで、彼女から刃を遠ざけてしまう。


「お願いだから、ノイナ……っ」
「ゲブラー、もう正直になってください」
「俺は嘘なんて言ってないよ! ノイナを殺したくない、ノイナを殺すくらいなら離れていたほうがマシだ、どんなに、寂しくても、俺はノイナが……一番大切だから……」


 いつの間にかノイナは彼の目の前に立っていた。もう背後は壁で、ここから逃れることなどできない。
 それでも必死にナイフを握りしめて、泣きながらゲブラーは首を横に振った。


「一緒に帰りましょう、ゲブラー」
「いやだ」
「ずっと一緒にいるって約束したじゃないですか。嘘になっちゃいますよ」
「それでもいい! ノイナを殺さずに済むなら、俺は嘘吐きになっていい!」
「私は!」


 彼女との距離が、ゼロになる。温かいものが身体に触れて、強く抱き締められる。


「私は、ゲブラーとずっと一緒にいます。絶対に、貴方がなんて言ったって、貴方を一人になんてさせてあげません」
「ノイナ……」


 愛おしいその温度に、彼は喉から嗚咽を溢した。それでも、駄目だと彼女を引き離そうとする。


「離れて、ナイフ持った俺に触らないで!」
「ほら」
「ひっ」


 ノイナの手がナイフを持ったゲブラーの手を掴んだ。そしてゆっくりと自分へと刃を向ける。


「やめて、殺したく、ない……」
「……ゲブラーの手、震えてますけど、ちゃんと止まってますよ。大丈夫です」
「そんなの、関係ないよ。俺が手を動かさなくたって、ノイナは死んじゃうんだよ。死神の加護は、ノイナが考えてるほど優しくないの! 師匠が死んだ、ときだって……!」
「それなら」


 彼女の手を離そうとしても、彼女はより強く彼の手を握ってしまう。そして強く、彼の目を見て言い放った。


「全身に鉄板仕込んで過ごします!」
「……ぅ、え、ぇっ」
「貧弱だと思うので、全身鍛えます! ムキムキのマッチョになって、ゲブラーのナイフを筋肉で止められるくらい強くなります!」
「な、なんでぇ……」
「頭も! 特製のヘルメット作ってもらって、首にもアーマーつけてもらいますから!」


 真剣な表情でそんなことを言うノイナに、ゲブラーは呆気に取られてしまう。
 どうしてそこまでと、言葉にしそうになって飲み込んだ。

 分かってる。なぜ彼女がこう言ってくれるのか、なぜそうまでして自分と一緒にいたいと言ってくれているのかを。



「私の任務は、ゲブラーを懐柔することですから、死神の加護ごと、貴方を懐柔してみせますよ」



 もう片方の彼女の手が、涙で濡れた彼の頬を撫でる。目元も優しく拭って、彼女は優しい笑みを浮かべた。


「だから大丈夫。だって、ゲブラーはちゃんと、私を殺したくないって、そう思ってくれてるから」
「でも……師匠は、俺は師匠を、殺したくなかった、のに……」
「……きっと、貴方のその力は、周囲の殺意にも反応するんです。スタール先輩が、きっとそうだろうって……だから、ゲブラーの先生は」


 ゲブラーを殺すために近づいた彼は、死神の加護に触れてしまった。だから、ゲブラーの意思に反して彼は死んでしまったのだ。


「でも、私が貴方を殺したいだなんて、思うはずがありません。だって、私にとってゲブラーは、大事な人で、守りたい人で……」


 力の抜けた彼の手から、ノイナはナイフを取り上げた。そしてそっと、床に置く。
 両手を伸ばして、彼の頬を撫でた彼女は背伸びをしてそっと唇を重ねた。ひどく愛おしそうに彼を見つめて、優しい声で言う。


「ゼルス」
「っ……」
「貴方を愛してます。誰よりも、世界で一番」


 おそるおそる、彼は彼女の背に手で触れた。いつの間にかあんなに大きかった震えは止まっていて、空っぽだった胸の中が熱く、燃え上がっていく。


「ずっと、私と一緒にいてください。もう私から、離れないでください」
「……ノイナっ、ノイナ、俺も」


 涙で濡れた唇で、彼も大好きな彼女にキスをした。強く強く華奢なその身体を抱きしめて、絞り出すような声で呟いた。


「俺も、ノイナが、大好き……っ、ずっと、一緒にいたい……」
「はい。約束しましょう」
「んぅ、ずっと、いっしょにいる……!」


 しっかりと指を絡めて、その日二人は約束した。

 これからもずっと、二人一緒に生きていくことを。



36 了
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