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36-02 ※(暴力描写)
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それから数年がたって一人前と認められるようになり、師匠の手から離れたあとは、彼はあえて困難な殺しばかりを請け負った。
凶悪な殺人犯、テロ組織の壊滅、資産家の暗殺、すらも。
全ては自分の存在価値を示すためだった。彼には人を殺す才能しかなかったから、彼はただその才能にだけ縋った。
暗殺者ゲブラー。ようやくその名が畏怖と共に囁かれるようになったとき、彼はやっと望んでいた自分だけの居場所を手に入れることができたのだ。
最強にして無敵の殺し屋という、絶対的な地位を。
けれど、ようやく順調に進み始めたかのように見えた彼の人生は、再びどん底へと落ちていった。
「やっぱり銃は駄目だな」
弾詰まりを起こした銃を仕舞い込み、彼の師匠は変わらない口調で言った。
「……師匠、どうして……」
「悪いな。俺もお前との出会いに運命みたいなもんを感じたが……ま、死別もまた、運命ってやつさ」
目の前でナイフを構える恩人に、彼は自分の心が折れる音を聞いた。
師と呼んでいた男は彼を殺す依頼を受けていたのだ。
「師匠は、師匠だけは……俺の全部を、受け入れてくれるって……思ってたのに」
「……」
彼の悲痛な呟きに、師はわずかに眉を寄せた。けれどなにも言わずに彼へと殺意を向けてくる。
抵抗はしなかった。師を殺すくらいならば殺してくれと、そう首を垂れて彼は自分の命を差し出そうとした。
(人殺しの才能を持つ俺を、愛してくれる人なんて、どこにもいなかった――)
その瞬間。
一瞬彼はなにが起こったのか分からなかった。不発だったはずの銃が急に暴発して、師匠の足を撃ち抜いた。意図せぬ負傷にぐらりと傾いた身体に、師匠の持っていたナイフが吸い込まれるようにその胸へと突き刺さる。
それはまるで、見えない力が、死神が、師匠の命を刈り取ったようで。
「……あ、……ぁあ、ああっ、あああ……っ!」
喚くような悲鳴をあげて、泣きながら彼は膝をつく。そんな光景を虚な目で見つめていた師匠は、最期に笑みを浮かべながら呟いた。
「やっぱお前……とんでもねぇ、モンに……、……愛され、ちま……」
彼に殺意を向ける者を許さないというかのように、死神の加護は彼の恩人を葬った。
そこで彼はようやく理解したのだ。
彼という存在はどうしても、今を生きる人々とは相入れない。彼がそこにいるだけで、誰かの死を手繰り寄せてしまう。
だから皆、自分を嫌った。自分を恐れた。自分を、愛すことなどできなかった。
「俺は、俺は……生きてちゃ、だめだ、俺がいるだけで、みんな」
自暴自棄になった彼は自分を殺そうとした。けれどそれは、できなかったのだ。
頭や胸に銃を打ち込もうとしても、全て不発弾になった。ナイフで刺そうとすれば、刃が根本から折れて落ちた。致死量のアルコールを一気に摂取しても、普通に目が覚めた。毒を飲んでもなんともなかった。高所から飛び降りようとすれば……よく分からないけど無傷だった。
線路に身を投げようともした。けれど足を踏み入れようとしたその一瞬、まるで予言するかのように頭にイメージが浮かびあがった。
自分を避けるように脱輪した電車と、ホームも車内も死屍累々となった惨状が。
「…………、かみさまは……俺を苦しめるために、俺を愛した、のかな……」
他人の死を呼ぶ特殊体質。そして、己から一切の死を遠ざける、異常体質。
それこそが、暗殺者ゲブラーが生まれた理由、だった。
最初は誰とも関わらないよう、孤独に隠遁しようとした。
けれど、自分の異常性を知ってしまった彼にとって、虚無とも呼べる時間は毒にしかならなかった。この手で命を奪う感触ばかりを思い出し、あるはずのない血のにおいを嗅ぎ、強烈な死の気配が自分の身体にまとわりつくような、そんな錯覚に襲われた。
このままだと幻覚と現実に違いが分からなくなって、見境なく人を殺すようになってしまう。そう思った彼は再び、殺し屋として暗がりの中をもがくようになった。
もはや彼は、生きるしかなかった。
折れた心を殺しの技術への称賛で必死に補強した。報酬として払われる金が、彼に存在意義を教え、彼が生きていることを肯定してくれた。
もう、生きることしかできなかった。
肉欲で得る快感によって、空虚な心を満たした。女の身体が自分を受け入れる様を見て、自分が必要とされる感覚に酔い続けた。
自分に与えられたたった一つの愛、死神の加護だけを抱えて。
「俺には…………これしかないんだ」
手に馴染んだナイフをじっと見つめて、使われていないビルの一画にいたゲブラーは小さく呟いた。それでも空いたほうの手は勝手に左耳を触って、まだついたままのピアスを撫でる。
「一緒にいたらいつか、俺はノイナを殺しちゃう……」
自分が手放したナイフが彼女の首を切ったとき、ゲブラーは師が死んだときの光景がフラッシュバックした。
ノイナ。大切な人。優しくしてくれる人。自分を受け入れてくれる人。この胸を満たしてくれる人。
そんな彼女が冷たい死体になる光景が、見えてしまったのだ。
「だから、これでいい。俺は、一人で、生きていけるから、一人で生きていかないと、いけないんだ」
凶悪な殺人犯、テロ組織の壊滅、資産家の暗殺、すらも。
全ては自分の存在価値を示すためだった。彼には人を殺す才能しかなかったから、彼はただその才能にだけ縋った。
暗殺者ゲブラー。ようやくその名が畏怖と共に囁かれるようになったとき、彼はやっと望んでいた自分だけの居場所を手に入れることができたのだ。
最強にして無敵の殺し屋という、絶対的な地位を。
けれど、ようやく順調に進み始めたかのように見えた彼の人生は、再びどん底へと落ちていった。
「やっぱり銃は駄目だな」
弾詰まりを起こした銃を仕舞い込み、彼の師匠は変わらない口調で言った。
「……師匠、どうして……」
「悪いな。俺もお前との出会いに運命みたいなもんを感じたが……ま、死別もまた、運命ってやつさ」
目の前でナイフを構える恩人に、彼は自分の心が折れる音を聞いた。
師と呼んでいた男は彼を殺す依頼を受けていたのだ。
「師匠は、師匠だけは……俺の全部を、受け入れてくれるって……思ってたのに」
「……」
彼の悲痛な呟きに、師はわずかに眉を寄せた。けれどなにも言わずに彼へと殺意を向けてくる。
抵抗はしなかった。師を殺すくらいならば殺してくれと、そう首を垂れて彼は自分の命を差し出そうとした。
(人殺しの才能を持つ俺を、愛してくれる人なんて、どこにもいなかった――)
その瞬間。
一瞬彼はなにが起こったのか分からなかった。不発だったはずの銃が急に暴発して、師匠の足を撃ち抜いた。意図せぬ負傷にぐらりと傾いた身体に、師匠の持っていたナイフが吸い込まれるようにその胸へと突き刺さる。
それはまるで、見えない力が、死神が、師匠の命を刈り取ったようで。
「……あ、……ぁあ、ああっ、あああ……っ!」
喚くような悲鳴をあげて、泣きながら彼は膝をつく。そんな光景を虚な目で見つめていた師匠は、最期に笑みを浮かべながら呟いた。
「やっぱお前……とんでもねぇ、モンに……、……愛され、ちま……」
彼に殺意を向ける者を許さないというかのように、死神の加護は彼の恩人を葬った。
そこで彼はようやく理解したのだ。
彼という存在はどうしても、今を生きる人々とは相入れない。彼がそこにいるだけで、誰かの死を手繰り寄せてしまう。
だから皆、自分を嫌った。自分を恐れた。自分を、愛すことなどできなかった。
「俺は、俺は……生きてちゃ、だめだ、俺がいるだけで、みんな」
自暴自棄になった彼は自分を殺そうとした。けれどそれは、できなかったのだ。
頭や胸に銃を打ち込もうとしても、全て不発弾になった。ナイフで刺そうとすれば、刃が根本から折れて落ちた。致死量のアルコールを一気に摂取しても、普通に目が覚めた。毒を飲んでもなんともなかった。高所から飛び降りようとすれば……よく分からないけど無傷だった。
線路に身を投げようともした。けれど足を踏み入れようとしたその一瞬、まるで予言するかのように頭にイメージが浮かびあがった。
自分を避けるように脱輪した電車と、ホームも車内も死屍累々となった惨状が。
「…………、かみさまは……俺を苦しめるために、俺を愛した、のかな……」
他人の死を呼ぶ特殊体質。そして、己から一切の死を遠ざける、異常体質。
それこそが、暗殺者ゲブラーが生まれた理由、だった。
最初は誰とも関わらないよう、孤独に隠遁しようとした。
けれど、自分の異常性を知ってしまった彼にとって、虚無とも呼べる時間は毒にしかならなかった。この手で命を奪う感触ばかりを思い出し、あるはずのない血のにおいを嗅ぎ、強烈な死の気配が自分の身体にまとわりつくような、そんな錯覚に襲われた。
このままだと幻覚と現実に違いが分からなくなって、見境なく人を殺すようになってしまう。そう思った彼は再び、殺し屋として暗がりの中をもがくようになった。
もはや彼は、生きるしかなかった。
折れた心を殺しの技術への称賛で必死に補強した。報酬として払われる金が、彼に存在意義を教え、彼が生きていることを肯定してくれた。
もう、生きることしかできなかった。
肉欲で得る快感によって、空虚な心を満たした。女の身体が自分を受け入れる様を見て、自分が必要とされる感覚に酔い続けた。
自分に与えられたたった一つの愛、死神の加護だけを抱えて。
「俺には…………これしかないんだ」
手に馴染んだナイフをじっと見つめて、使われていないビルの一画にいたゲブラーは小さく呟いた。それでも空いたほうの手は勝手に左耳を触って、まだついたままのピアスを撫でる。
「一緒にいたらいつか、俺はノイナを殺しちゃう……」
自分が手放したナイフが彼女の首を切ったとき、ゲブラーは師が死んだときの光景がフラッシュバックした。
ノイナ。大切な人。優しくしてくれる人。自分を受け入れてくれる人。この胸を満たしてくれる人。
そんな彼女が冷たい死体になる光景が、見えてしまったのだ。
「だから、これでいい。俺は、一人で、生きていけるから、一人で生きていかないと、いけないんだ」
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