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 孤児院を出たあとのゲブラーの足跡を辿るのはなかなかに困難だった。
 芸術的なまでの不器用さのせいかまっとうな職にも就けず、彼が行き着いた先は裏社会の用心棒、だったらしい。運動神経は悪かったようだが、それなりの体格があった彼は安い金でそんな仕事を請け負っていたそうだ。

 そしてその仕事についてから数年と経たずに、殺し屋の道に入ったのだと。


「師匠、か……」


 次の手がかりは、ゲブラーが師匠と呼んでいた殺し屋、だった。

 だがその人物の情報は簡単には見つからず、スタールも手を焼いているようだった。
 数日ほどノイナは街で聞き込みを続けていた。聞き込みの経験だけはあって良かったな、なんて思っていた彼女は、そこで偶然情報屋を名乗る男と遭遇できた。


「ゲブラー、ねぇ」
「えっと……なにか、不味い名前でしたか?」


 情報量として高い酒を奢ったノイナは、険しい表情をする男にちらりともっと酒が必要かと手で示す。だが男は首を横に振った。


「このへんの奴らは皆知ってる。あの赤髪の男はヤバい、あいつの殺しの腕は普通じゃないってな」
「普通じゃない?」
「死神の加護が宿ってるんだ。あいつに殺意向けられただけで人は死ぬ」
「えぇ、そんなぁ……」


 眉唾ものの発言に苦笑を浮かべていれば、男にじろりと睨まれてしまう。どうやら真剣な話だったらしい。


「確かに奴はこのへんのゴロツキだった。だが……暴漢四人をぶっ殺したことで、とある殺し屋に気に入られてよ」
「え、暴漢四人、を……?」
「ああ、奇妙な話だ。どいつもこいつも、死亡なんだからな」


 意味ありげに強調された言葉に、ノイナは自分が攫われたときのことを思い出してしまう。
 ことごとく弾が出ない銃。急所に吸い込まれるように回転するナイフ。彼が居たあの空間では、異様なことばかりが起こった。


(もしかしてそれが、死神の加護……?)


 自分の死は遠ざけ、他人の死を引き寄せる。そんな異常ななにかがゲブラーにあるのだとしたら、彼がナイフ二本でノイナを救出に来たのも頷ける、かもしれない。
 あの場で彼は、自分が死ぬはずがないと確信を持っていた。それは今までの経験に強く裏付けられていた自信、なのだろう。


「あ、その、ゲブラーを弟子にした殺し屋さん……ご存じですか?」
「知ってるけどよ、もう死んでるぜ」
「え」


 ノイナが驚いたような声を上げれば、男は軽く肩をすくめた。そんなことも知らないのか、と。


「ゲブラーに殺されたってな。なんでも、ゲブラーを殺す依頼を受けて、返り討ちにあったんだと」
「自分の弟子を……なんでそんなこと」
「さぁ。自分以上の殺し屋になっちまった弟子を妬んでか、はたまた神殺しに夢を抱いていたのか」


 ――俺は、師匠から死神の寵愛を受けてるって、そう言われるほどの天才なんだよ……?


 彼はあの言葉を、どんな気持ちで口にしていたのだろうか。ノイナはそんなことを考えてしまう。
 今まで接してきたゲブラーは、自分の師に悪い感情を抱いている様子はなかった。そんな人を、殺してしまっていたのだとしたら。


(ゲブラー……早く、見つけないと)


 そこで携帯が鳴り響く。スタールからの連絡だ。


「もしもし」
『依頼主を見つけた。ゲブラーの居場所が絞れたからすぐに向かってほしい』
「ほんっ、わ、分かりました、すぐ行きます!」
『移動中にもう一度かける。そのときに、この前の話の続きを聞かせるよ』


 無駄口を叩きそうになって、すぐにノイナは返事をすると携帯を切った。この前の続きの話、というのはゲブラーがノイナの側を離れた本当の理由、のことだろう。
 すぐに席を立って男に頭を下げて、すぐにノイナは指定された場所へと急ごうとする。


「お世話になりました! それじゃ!」
「それじゃって、まさかゲブラーに会いに……? 正気かよ、あんた」


 やめておけと、遠回しに警告してくる男に、ノイナは苦笑を浮かべた。
 聞けば聞くほど、ゲブラーはやはり危ない人物だ。それは、ただの殺し屋だから、暗殺者だからという意味ではない。やはり、なにか異質なものを抱えている、という意味で。

 ノイナは、きっとそこに彼の苦痛の根源があるのだと思った。彼が殺し屋になったのも、師と仰ぐ相手を手にかけることになってしまったのも、すべて。
 かなりゲブラーを好意的に解釈しているなと思いながらも、それが間違っているとは思わなかった。


「確かに危ない人ですけど、それでも放っておけないんです」


 なぜならノイナが知っているゲブラーという殺し屋は、血も涙もない極悪人などではないのだから。


「恋人……ですからね」


 そう、恥じることなくノイナは言った。



35 了
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