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「そうだなぁ……ならこうしよう!」
ぽんと手を叩いて、長官は立ち上がる。思ったよりも姿勢よく歩いてきた彼は、ノイナから少し離れたところで足を止める。そして棚から真っ白なパズルを取り出した。
「ゲブラーに暗殺者として今後働いてもらうかどうかは、君が無事に彼を説得してこの場に連れてきたあと、僕が彼と話をしてみて決めよう」
「その、判断基準は」
「君がゲブラーを懐柔できているか……彼の忠誠心次第、ってところかな」
それは忠誠心が高ければいい、ということなのか。いまいち真意の見えない長官の言葉にノイナは考え込んでしまう。
「今は捜索任務に注力してくれよ。君がちゃあんとゲブラーを懐柔できているのなら、きっと君の望む結果になるだろうさ」
「わ、分かりました」
「身辺警護については心配しないで。君は気づかないだろうけど、優秀な奴を護衛につけておくから」
「ありがとうございます!」
なにか手を動かしていないと落ち着かないのか、執務机でパズルに興じる長官に、ノイナはわずかな不安を覚える。
ゲブラーを懐柔できているか否か、それによって彼の処遇が変わる。
(きっと、きっと大丈夫。それに……長官の言う通り、今はゲブラーを連れ戻すことのほうが大事だから)
切り替えなければ。そう強く自分に言い聞かせていると、顔を上げた長官は柔らかい笑みを浮かべた。
「そんじゃ、がんばってね」
「はい、失礼いたします!」
そそくさと部屋を退出して、ノイナは大きくため息をついた。退出したあとになって、急にどっと疲労が溢れてくる。
(すごく、独特な雰囲気の人だった……)
そう思っていると、ノイナの携帯が鳴り響く。まさかと思い慌てるも、電話の主はスタールだった。
『長官から任務の話、聞いたかな』
「あ、はい。ちょうどです」
『そうか……。困った人だね、ゲブラーは』
スタールの言葉に、ノイナは本当に、と呟く。そこでスタールの落ち着いた口調から、ふとこうなることを想定していたのか、なんて疑問が口から出てしまう。それにスタールは躊躇うことなく、そうだと答えてくれる。
『事情は聞いてるよ。誘拐のことも……大丈夫だった? 怪我はしてない?』
「はい。ちょっと首薄く切っちゃったくらいで。でも、ゲブラーは……」
自分のナイフがノイナの首を薄く切ったとき、見たことないほど動揺を見せたゲブラーの姿を思い出す。
あれはまるで、トラウマを想起させたかのような。
『彼がノイナの側を離れたのは、君が再び人質に取られるのを恐れたからじゃないと思うよ』
「え? そうなんですか?」
『もしそうなら、逆に彼はノイナの側から絶対に離れないはずだ』
思いもよらない指摘に、ノイナは眉根を顰めた。
確かに、スタールの言っていることが正しい。なにせゲブラーがノイナの側を離れたところで、彼女に人質としての価値があるのは変わらないからだ。
『だから……きっと彼は、君を自分の手で殺さないために、離れたんだと思う』
「殺さないため……?」
『……そのあたりの話はまた今度に。先に任務の内容を説明しようか』
そこで淡々とスタールはノイナに任務内容を話してくれる。
ゲブラーの行く先を探るため、現在スタールは数多ある殺しの依頼の依頼主をあたっているとのこと。もしもゲブラーが新しい仕事を受ければ、そこから確実に彼の動向を掴めるはずだと言っていた。
「なら、私もその手伝いを?」
『いや、ノイナには別の手段で探して欲しい』
「別の手段?」
それは一体なにかと問いかける前に、スタールは言う。
『ゲブラーにゆかりのある場所、関わりの深かった人を訪ねてほしい。可能性は低いけど、そこから彼の居場所が分かるかもしれない。そっちのほうがまだ安全だからね』
「なるほど……」
『まずノイナには、ゲブラーが幼少期を過ごしていた孤児院に向かってほしい』
孤児院。その言葉の響きに、ノイナは驚いてしまう。
暗殺者をしているような男が平和な人生を辿ってきたとは思い難い。なんらおかしなところはないのだが。
(ゲブラーの、過去……)
きっと彼を探す中で、彼が抱えてきたものも知ることになるだろう。
以前はそれを知ることに、少しだけ不安を抱いていた。けれど今は違う。
「私、がんばります」
一度彼の手を取った。だからもう二度と、離したりしない。きっとゲブラーも、本心ではそれを望んでくれている。
(今、迎えに行くから)
そうしてノイナは、ゲブラーを探すために彼の足跡を辿りはじめた。
34 了
ぽんと手を叩いて、長官は立ち上がる。思ったよりも姿勢よく歩いてきた彼は、ノイナから少し離れたところで足を止める。そして棚から真っ白なパズルを取り出した。
「ゲブラーに暗殺者として今後働いてもらうかどうかは、君が無事に彼を説得してこの場に連れてきたあと、僕が彼と話をしてみて決めよう」
「その、判断基準は」
「君がゲブラーを懐柔できているか……彼の忠誠心次第、ってところかな」
それは忠誠心が高ければいい、ということなのか。いまいち真意の見えない長官の言葉にノイナは考え込んでしまう。
「今は捜索任務に注力してくれよ。君がちゃあんとゲブラーを懐柔できているのなら、きっと君の望む結果になるだろうさ」
「わ、分かりました」
「身辺警護については心配しないで。君は気づかないだろうけど、優秀な奴を護衛につけておくから」
「ありがとうございます!」
なにか手を動かしていないと落ち着かないのか、執務机でパズルに興じる長官に、ノイナはわずかな不安を覚える。
ゲブラーを懐柔できているか否か、それによって彼の処遇が変わる。
(きっと、きっと大丈夫。それに……長官の言う通り、今はゲブラーを連れ戻すことのほうが大事だから)
切り替えなければ。そう強く自分に言い聞かせていると、顔を上げた長官は柔らかい笑みを浮かべた。
「そんじゃ、がんばってね」
「はい、失礼いたします!」
そそくさと部屋を退出して、ノイナは大きくため息をついた。退出したあとになって、急にどっと疲労が溢れてくる。
(すごく、独特な雰囲気の人だった……)
そう思っていると、ノイナの携帯が鳴り響く。まさかと思い慌てるも、電話の主はスタールだった。
『長官から任務の話、聞いたかな』
「あ、はい。ちょうどです」
『そうか……。困った人だね、ゲブラーは』
スタールの言葉に、ノイナは本当に、と呟く。そこでスタールの落ち着いた口調から、ふとこうなることを想定していたのか、なんて疑問が口から出てしまう。それにスタールは躊躇うことなく、そうだと答えてくれる。
『事情は聞いてるよ。誘拐のことも……大丈夫だった? 怪我はしてない?』
「はい。ちょっと首薄く切っちゃったくらいで。でも、ゲブラーは……」
自分のナイフがノイナの首を薄く切ったとき、見たことないほど動揺を見せたゲブラーの姿を思い出す。
あれはまるで、トラウマを想起させたかのような。
『彼がノイナの側を離れたのは、君が再び人質に取られるのを恐れたからじゃないと思うよ』
「え? そうなんですか?」
『もしそうなら、逆に彼はノイナの側から絶対に離れないはずだ』
思いもよらない指摘に、ノイナは眉根を顰めた。
確かに、スタールの言っていることが正しい。なにせゲブラーがノイナの側を離れたところで、彼女に人質としての価値があるのは変わらないからだ。
『だから……きっと彼は、君を自分の手で殺さないために、離れたんだと思う』
「殺さないため……?」
『……そのあたりの話はまた今度に。先に任務の内容を説明しようか』
そこで淡々とスタールはノイナに任務内容を話してくれる。
ゲブラーの行く先を探るため、現在スタールは数多ある殺しの依頼の依頼主をあたっているとのこと。もしもゲブラーが新しい仕事を受ければ、そこから確実に彼の動向を掴めるはずだと言っていた。
「なら、私もその手伝いを?」
『いや、ノイナには別の手段で探して欲しい』
「別の手段?」
それは一体なにかと問いかける前に、スタールは言う。
『ゲブラーにゆかりのある場所、関わりの深かった人を訪ねてほしい。可能性は低いけど、そこから彼の居場所が分かるかもしれない。そっちのほうがまだ安全だからね』
「なるほど……」
『まずノイナには、ゲブラーが幼少期を過ごしていた孤児院に向かってほしい』
孤児院。その言葉の響きに、ノイナは驚いてしまう。
暗殺者をしているような男が平和な人生を辿ってきたとは思い難い。なんらおかしなところはないのだが。
(ゲブラーの、過去……)
きっと彼を探す中で、彼が抱えてきたものも知ることになるだろう。
以前はそれを知ることに、少しだけ不安を抱いていた。けれど今は違う。
「私、がんばります」
一度彼の手を取った。だからもう二度と、離したりしない。きっとゲブラーも、本心ではそれを望んでくれている。
(今、迎えに行くから)
そうしてノイナは、ゲブラーを探すために彼の足跡を辿りはじめた。
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