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33-01 分かっていたこと

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 ゲブラーとの同棲が続く中、ノイナは考えていた。

 彼を懐柔する任務は、恐らくほとんど達成している。だがノイナにとってはここからが正念場だった。
 きっと何の行動もしなければ、機関はゲブラーを自国に引き入れたあと、彼の殺しの技術を有効に活用することだろう。それを避けるためにも、ノイナはなんとかして上層部、可能であれば最高権力者である長官を説得する必要があった。

 数日前、残った仕事を片付けてくると言って出かけていくゲブラーを見送り、ノイナは自分で自分のやるべきことを果たそうと決意した。そのためにはまず、スタールに相談したほうがいいだろう。


「スタール先輩は長官のこと先生って呼んでたし……コネみたいなもんだけど、きっと先輩なら力を貸してくれる」


 正直、長官を説得できるかどうかは怪しい。ゲブラーに暗殺業を続けて欲しくないというのは、あくまでノイナの私情だからだ。組織のトップが、それも国の懐刀のような機関のリーダーが、個人の戯言を聞き入れてくれる可能性はかなり低いだろう。

 最悪ゲブラーと結託して機関を脅してやろうか、なんてことも考えた。だがそんな強硬手段を取れば、あらぬ結果を招いた際のリスクが高い。最悪ノイナまで追われる身になってしまう。


「……でも、やらなきゃ。ゲブラーが平和にお菓子作りできるように、私が頑張るんだ」


 そう呟いて、ノイナは自宅の鏡の前で小さくガッツポーズをとる。そして職場に向かおうと、足早に家を出た。


(スタール先輩に相談するにしても……メールじゃ駄目だよね。電話も、できれば……でもすぐには帰ってこられないだろうし……)


 難点はそこだった。スタールは多忙の身で、基本的に任務中には電話ができない。つまり、ノイナのほうからスタールに電話をかけることができないのだ。
 かといって他の先輩に相談しても、あまり良い助言がもらえる気はしない。ここはスタールから電話が来るまで、そしてそこでいつ本部に戻って直接話ができるかと聞けるまで、待つしかないのかもしれない。


(上司に任務のことで長官と直に話ができないかって言うのも手だけど……私は長官のことよく知らないし、そこでいきなり交渉できる気はしない……)


 無策で飛び込めば、最悪ゲブラーだけ回収されてしまうかもしれない。ゲブラーならノイナの言うこと以外聞かないだろうが、それもノイナの命はないぞと脅せば済む話だ。


(そうだよ、機関は最悪、そういうこともできるんだから……)


 それにしては、上のほうから任務の達成を急かされたりはしていない。それを疑問に思っていると、ノイナは職場の道中で自分の携帯が鳴っているのに気づいた。


「はい、もしもし」
『っ、ノイナ? 今どこにいるの!』


 電話の相手はゲブラーだった。こんな朝早くに電話をかけてくるなんて珍しいなと驚きながらも、焦っている彼にどうしたのかと尋ねた。


「なにかあったんですか?」
『いいから! 今どこ、外じゃないよね? 職場には着いた?』
「まだ外、ですけど……」


 ゲブラーの語調と気の抜けた自分との落差に、ノイナは急に周囲が静かになったような錯覚に陥った。直感的になにか不味いことが起きていると理解した身体は神経を研ぎ澄ませ、辺りの気配を探る。


『だったら走って! 今のあんたは――』


 彼のその言葉が聞こえるのと同時に誰かが近づいて来るのに気づいた。しかしそのときには既に、携帯を握る手を何者かに掴まれてしまう。


「っ……!」


 とっさにノイナが応戦しようとするよりも早く、バチバチと嫌な音が鳴って身体に衝撃が走った。一気に薄くなる意識に、身体が制御を失い崩れていく。

 これは、まずいことになったかもしれない。
 完全に気絶する直前、ノイナはそんなことを小さく呟いた。

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