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 昼食とデザートを済ませたあと、合鍵の作成を頼みに行き、それから二人は家に帰った。

 午後はゲブラーと一緒にゲームの接続で格闘し、やっと準備が終わったところで夕食の支度になる。またゲブラーに簡単な手伝いを頼みながらノイナは、運動神経も努力で直せたんだから料理も努力でできるようになる、なんて話をした。
 夕食を二人で味わって、それが終わったらやっとゲームで遊んで、そのまま日付が変わってしまって、そろそろ寝ようと切り上げて、一緒にお風呂に入って。

 そしていつものように、身体を重ねて。


「……なんか」
「ん?」
「自分のベッドで、こういうことするとは、想像したこともなかったです」


 何年も身を預けてきたベッドに、自分以外の誰かが一緒に寝ている。それも裸で、下半身周りはいろんなものでベタベタで。明日は洗濯をしないといけないだろう。


「なんか……恋人みたいだな、って」


 思ったままを言葉にすれば、目の前のゲブラーはふにゃっと緩んだ笑みを浮かべる。きっと彼も、同じことを思っていたのだろう。


「じゃあ、恋人になっちゃう?」
「軽いノリですね」
「ん……だって、ノイナとの関係にどんな名前つけたって、俺とノイナがずっと一緒にいるのは変わらないから」
「それもそう、ですね」


 となるとそれは、もはや恋人同士よりも先に行ってしまうのではないか。そう思っても、ノイナは恥ずかしくて言葉にはできなかった。
 赤くなって照れていると、ゲブラーの手が頬を撫でてくる。そのまま重なる唇に、ノイナももっと彼に密着するように抱きついた。


「ノイナは俺の、一番大切なひとだから」
「んっ、ゲブラー……」
「俺の命よりも、……神様の、贈り物よりも」


 その言葉にノイナはハッとなって、とっさにゲブラーの手を握った。


「ねぇ、ゲブラー」
「どうしたの?」
「もう、……暗殺業は、やめませんか?」


 その一言を口にするとき、ひどく緊張した。
 今まで人を殺して生きてきた彼に、今更足を洗えというのは、ノイナの身勝手な願いだ。
 けれどゲブラーには、もっと違う生き方のほうが合っているのではないか。そう強く思ってしまうのだ。これも直感、というやつだった。


「俺を懐柔して、ノイナの国のスーパー暗殺者にしたいんじゃないの?」
「マシェット長官とかは、そう考えてるかもしれません……でもゲブラーが暗殺の仕事をやめても、多分任務の目的は果たされると思うんです」


 ノイナの上司は、危険な芽は先んじて摘む、という理由でゲブラーを懐柔しろと言っていたはずだ。他国に取られるよりも先に自国に引き入れるか、最悪無力化できるほど骨抜きにしろと。
 要は自国の脅威にならない状態になればいい、ということだ。ゲブラーがこうしてノイナとのんびり暮らす分には、その目的は十分に果たすことができる。


「ゲブラーは、普通に生活しているほうが、合ってるんじゃないかなって……」
「ふーん」


 気のない返事をするゲブラーに、ノイナは目を伏せた。
 暗澹とした社会の裏側で生きることに慣れ切った彼には、そこから抜け出すことは難しいことなのかもしれない。そう思っていると、ゲブラーはぎゅっとノイナを強く抱き寄せた。


「いいよ」
「えっ」
「ノイナが俺を養ってくれるなら、もう仕事しない」


 なぜか養わせる気満々なゲブラーに、ノイナは焦ってしまう。なにせノイナの給料はけっこうお安いのだ。ゲブラーを養えるほどあるとは思えない。機関から手当をもらうべきか。


「まぁ、俺の貯金でたぶん一生遊んで暮らせると思うけど」
「よかった……」
「お金の心配してたの? ふふ、ノイナは貧乏性が染みついてるなぁ」
「普通の感覚だと思うんですけど……」


 不貞腐れたように頬を膨らませればまた唇が触れて、いつの間にか熱が下腹部にぐいぐいと押しつけられている。これはもう一回戦かなんて思っていると、ゲブラーはノイナの上にもぞもぞと移動しながら言う。


「それなら……これも、用意しないとね」


 そう言ってゲブラーはノイナの左手を握ると、その薬指に触れた。一瞬なにを言われているのか分からず首を傾げたノイナは、数秒後に顔を真っ赤にする。


「……明日も、デートなんですよ」
「お昼までゆっくり寝ればいいよ」
「もう……ゲブラー」


 ん、と唇を重ねて、ノイナはふと思ったことを口にした。


「そういえば、ゲブラーって名前はお仕事用、なんですっけ。本当の名前は教えてくれないんですか」
「えー?」


 嫌がるかと思いきや、ゲブラーはまんざらでもなさそうな顔をして首を傾げる。きっと頭の中でノイナに本当の名前を呼ばれるのを想像したのだろう。口元を緩めて、心底幸せそうに笑った。


「まだ、恥ずかしいから……今度ね」
「恥ずかしいって」
「いいじゃん。もう何年も呼ばれてないんだから……でも」


 深いキスをして、また熱くなった身体を重ねていく。その感触に小さく喘ぎながら彼を抱きしめれば、まだ本当の名も知らぬその男は甘い声で囁いた。


「いつか俺の本当の名前を呼んでもらいながら、えっちしようね、ノイナ」



32 了
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