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29-01 ノイナの新しい日常
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一生忘れることのできない切ない告白から、数日が経って。スタールのことを引きずっていたノイナも、ある程度は落ち着きを取り戻していた。
あの一件の翌日から仕事に復帰したがスタールの姿はなく、上司に聞けば早くも次の任務を請け負っているとのことだった。今顔を合わせたらなにを話せば分からなかっただろうと、彼と会えなくて逆に安心してしまう自分に罪悪感を覚えてしまう。
(私って最低だ……)
ゲブラーの手を取ったことに、後悔はしていない。けれどスタールの想いを受け止めたいと、そう思ったのも本当だ。
スタールの想いに、報いたかった。
「わっ」
思わず涙ぐみかけたところで、携帯の着信音が鳴る。まさかと思いながら電話に出れば、聞き慣れた男の声がした。
『やぁ、ノイナ。ちょうど今任務が終わったところなんだけど』
「え、えっ、あっ」
あまりにも普通に電話をかけてきたスタールにノイナは慌ててしまう。不意打ちもいいところだ。
「そのぉ、えぇっと……」
『……急に電話をかけてごめんね。迷惑、だったかな』
「え! いや、迷惑だなんてそんな……!」
『良かった。それで、お土産のことなんだけど』
「おみやげ」
あまりにも通常運転すぎるスタールに、ノイナは唖然としてしまう。
確かにあれから多少日が経ったとはいえ、思い出すだけでも胸が苦しくなるあの一件からこうも立ち直れるものなのだろうか。そんなことを思ってしまう。
けれどなぜか普段通りに接してくれるスタールに嬉しくなって、ノイナはいつものようにお土産を頼んだ。きっとスタールも、そうして欲しいと思っていると信じて。
「その……ありがとうございます、先輩。なんか、嬉しいです」
『僕もだよ。本当は電話しようか迷ったんだけど……できれば、今までの関係を変えたくなくて』
「先輩は、つらくないですか。無理、してませんか?」
恋破れた相手に電話をするなんて、きっとつらいことのはずだ。もしかしたらスタールはノイナが気負わないようにと、また気を遣っているのではないかと思ってしまう。
『つらくない、ことはない。でもそれ以上に、またノイナの声が聞けて嬉しいと思うよ。なんていうのかな、僕にとっては失恋の痛みよりも、ノイナと話ができる幸福感のほうが上、なんだろうね』
「先輩……」
スタールにとってノイナは、好意を寄せる相手、だけではないのだろう。それは彼女にとってのスイーツのように、そこに居てくれるだけで、接しているだけで、幸せになれる、そんな存在だった。
思わずノイナは圧倒されてしまう。やっぱりスタールはノイナにとって、憧れの先輩、なのだ。
『といっても、ゲブラーはきっと嫌がるだろうから……彼が文句を言うまで、だろうけど。ふふ、早くも浮気行為だね、ノイナ』
「えっ、これってもう浮気なんですか……?」
ゲブラーからすればそうかもしれないと思って、冷や冷やしながらもノイナは思わず笑ってしまう。
『でも、ゲブラーに愛想が尽きたらすぐに僕に乗り換えてくれて構わないよ。僕はいつだって大歓迎だから』
「えっ」
『それとも……なんとかゲブラーを懐柔して、ノイナの愛人に……ふむ』
なんだかとんでもない思案が聞こえてくる。
勝負に負けたほうは諦めるという話だったが、それはあくまで一旦手を引く、程度のものなのだろう。まだ機を見て行動を起こす気のスタールに、抜け目ないな、なんて思ってしまう。
『それまではノイナは僕の大事な後輩だ。また相談事があったらいつでも聞いて』
「あ、はいっ」
『ゲブラーのことも、あまり一人で考えすぎないように。君が普段通りに接していれば、いずれ彼のほうから話をしてくれると思うよ』
「そう、ですね」
ゲブラーとも腹を割って話さないとな、そんなことを考えていたノイナは、スタールの助言に考えを改めた。確かに無理矢理聞こうとすれば、彼は逆に警戒してしまうだろう。
『それじゃあ、また今度』
「はい、お土産楽しみにしてますね」
『うん。その言葉が聞けて、安心した』
そう言って電話は切れる。数拍置いて息を吐いたノイナは、スタールと話す前よりもすっきりとした心境に驚いた。
(やっぱり、先輩はすごい人だな……)
温かな気持ちを抱えて、ノイナは大きく深呼吸をした。そして小さくガッツポーズをすると、絶対に任務をこなしてみせると意気込んだ。
「よし、やるぞ……!」
だがそこでぴたりと停止し、首を傾げる。
ゲブラーの懐柔がノイナの任務だ。だが今の状況、ゲブラーは既に懐柔できていると言ってもいい。きっとノイナが頼めば、ゲブラーはこの国に被害を与えるようなことはしないだろう。
(いや、もしかしたら次会ったら元に戻っている可能性も……)
スタールとの一件では、あくまでスタールという強大な敵を前に一時的に素直になっていただけの可能性がある。恋敵がいなくなった今、ゲブラーが元の性格に戻っていてもおかしくはない。
もしも前のような傍若無人っぷりに戻っていたら。やっぱりスタールに乗り換えようかな、なんて考えていたとき。
再び携帯が鳴る。それはゲブラーからの着信だ。
一瞬上機嫌にあと三分で来いと言う声が頭をよぎって、ノイナは身構えた。そして通話ボタンを押す。
「もしもし」
『ノイナ……え、ぇっと』
「呼び出し、ですよね?」
なんだか歯切れの悪いゲブラーに、ノイナはいつもの呼び出しかと問いかけた。それに彼はぎこちなくそうだと答えると、妙な間を空けて言う。
『その、待ってるから。早く、ノイナに、会いたい』
「え」
『なっ、なに、嫌なの? また取り込み中?』
「いや、そういうことじゃ、ないんですけど……」
予想から大きく外れた甘えるような彼の言動に、ノイナはまたもや唖然とした。告白をしただけだというのに、ここまで人は変わってしまうのか。
『そ、そう……じゃあ、早く来て』
「分かりました」
『ん……ノイナ』
「なんですか?」
電話が切れるかと思いきや切れず、また長い沈黙が挟まる。大人しく次に続く言葉を待っていれば、彼はぼそりと呟いた。
あの一件の翌日から仕事に復帰したがスタールの姿はなく、上司に聞けば早くも次の任務を請け負っているとのことだった。今顔を合わせたらなにを話せば分からなかっただろうと、彼と会えなくて逆に安心してしまう自分に罪悪感を覚えてしまう。
(私って最低だ……)
ゲブラーの手を取ったことに、後悔はしていない。けれどスタールの想いを受け止めたいと、そう思ったのも本当だ。
スタールの想いに、報いたかった。
「わっ」
思わず涙ぐみかけたところで、携帯の着信音が鳴る。まさかと思いながら電話に出れば、聞き慣れた男の声がした。
『やぁ、ノイナ。ちょうど今任務が終わったところなんだけど』
「え、えっ、あっ」
あまりにも普通に電話をかけてきたスタールにノイナは慌ててしまう。不意打ちもいいところだ。
「そのぉ、えぇっと……」
『……急に電話をかけてごめんね。迷惑、だったかな』
「え! いや、迷惑だなんてそんな……!」
『良かった。それで、お土産のことなんだけど』
「おみやげ」
あまりにも通常運転すぎるスタールに、ノイナは唖然としてしまう。
確かにあれから多少日が経ったとはいえ、思い出すだけでも胸が苦しくなるあの一件からこうも立ち直れるものなのだろうか。そんなことを思ってしまう。
けれどなぜか普段通りに接してくれるスタールに嬉しくなって、ノイナはいつものようにお土産を頼んだ。きっとスタールも、そうして欲しいと思っていると信じて。
「その……ありがとうございます、先輩。なんか、嬉しいです」
『僕もだよ。本当は電話しようか迷ったんだけど……できれば、今までの関係を変えたくなくて』
「先輩は、つらくないですか。無理、してませんか?」
恋破れた相手に電話をするなんて、きっとつらいことのはずだ。もしかしたらスタールはノイナが気負わないようにと、また気を遣っているのではないかと思ってしまう。
『つらくない、ことはない。でもそれ以上に、またノイナの声が聞けて嬉しいと思うよ。なんていうのかな、僕にとっては失恋の痛みよりも、ノイナと話ができる幸福感のほうが上、なんだろうね』
「先輩……」
スタールにとってノイナは、好意を寄せる相手、だけではないのだろう。それは彼女にとってのスイーツのように、そこに居てくれるだけで、接しているだけで、幸せになれる、そんな存在だった。
思わずノイナは圧倒されてしまう。やっぱりスタールはノイナにとって、憧れの先輩、なのだ。
『といっても、ゲブラーはきっと嫌がるだろうから……彼が文句を言うまで、だろうけど。ふふ、早くも浮気行為だね、ノイナ』
「えっ、これってもう浮気なんですか……?」
ゲブラーからすればそうかもしれないと思って、冷や冷やしながらもノイナは思わず笑ってしまう。
『でも、ゲブラーに愛想が尽きたらすぐに僕に乗り換えてくれて構わないよ。僕はいつだって大歓迎だから』
「えっ」
『それとも……なんとかゲブラーを懐柔して、ノイナの愛人に……ふむ』
なんだかとんでもない思案が聞こえてくる。
勝負に負けたほうは諦めるという話だったが、それはあくまで一旦手を引く、程度のものなのだろう。まだ機を見て行動を起こす気のスタールに、抜け目ないな、なんて思ってしまう。
『それまではノイナは僕の大事な後輩だ。また相談事があったらいつでも聞いて』
「あ、はいっ」
『ゲブラーのことも、あまり一人で考えすぎないように。君が普段通りに接していれば、いずれ彼のほうから話をしてくれると思うよ』
「そう、ですね」
ゲブラーとも腹を割って話さないとな、そんなことを考えていたノイナは、スタールの助言に考えを改めた。確かに無理矢理聞こうとすれば、彼は逆に警戒してしまうだろう。
『それじゃあ、また今度』
「はい、お土産楽しみにしてますね」
『うん。その言葉が聞けて、安心した』
そう言って電話は切れる。数拍置いて息を吐いたノイナは、スタールと話す前よりもすっきりとした心境に驚いた。
(やっぱり、先輩はすごい人だな……)
温かな気持ちを抱えて、ノイナは大きく深呼吸をした。そして小さくガッツポーズをすると、絶対に任務をこなしてみせると意気込んだ。
「よし、やるぞ……!」
だがそこでぴたりと停止し、首を傾げる。
ゲブラーの懐柔がノイナの任務だ。だが今の状況、ゲブラーは既に懐柔できていると言ってもいい。きっとノイナが頼めば、ゲブラーはこの国に被害を与えるようなことはしないだろう。
(いや、もしかしたら次会ったら元に戻っている可能性も……)
スタールとの一件では、あくまでスタールという強大な敵を前に一時的に素直になっていただけの可能性がある。恋敵がいなくなった今、ゲブラーが元の性格に戻っていてもおかしくはない。
もしも前のような傍若無人っぷりに戻っていたら。やっぱりスタールに乗り換えようかな、なんて考えていたとき。
再び携帯が鳴る。それはゲブラーからの着信だ。
一瞬上機嫌にあと三分で来いと言う声が頭をよぎって、ノイナは身構えた。そして通話ボタンを押す。
「もしもし」
『ノイナ……え、ぇっと』
「呼び出し、ですよね?」
なんだか歯切れの悪いゲブラーに、ノイナはいつもの呼び出しかと問いかけた。それに彼はぎこちなくそうだと答えると、妙な間を空けて言う。
『その、待ってるから。早く、ノイナに、会いたい』
「え」
『なっ、なに、嫌なの? また取り込み中?』
「いや、そういうことじゃ、ないんですけど……」
予想から大きく外れた甘えるような彼の言動に、ノイナはまたもや唖然とした。告白をしただけだというのに、ここまで人は変わってしまうのか。
『そ、そう……じゃあ、早く来て』
「分かりました」
『ん……ノイナ』
「なんですか?」
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