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27-01 憧れの場所

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「昨晩は大変だったみたいだね」
「……すみません、こんな調子で」


 少し枯れかけた声で、ノイナは家まで迎えに来てくれていたスタールに謝った。
 一晩近くゲブラーに抱かれたノイナは、彼となんとか別れたあと身支度やらなにやらに手間取り、まだ一睡もできていなかった。
 執着心を表すように身体もキスマークだらけで、なるべく肌を隠すような服を着なければならなかった。おかげで今の格好も、とてもではないがスタールとのデート前とは思えないみすぼらしさだ。


「眠いよね。少し休もうか」
「え、いや、大丈夫です。一徹でもいけます」
「駄目だよ。睡眠が足りていないと注意力も散漫になるし、思考も鈍くなる。街中をそんな状態で歩くだけでも危険だ」


 大丈夫だと断っても押し切られ、そのままノイナは自分のベッドで少し眠ることにした。
 一時間経ったら起こしてくださいと伝え目を閉じるも、再び起きれば時間はとうに昼を過ぎ夕方という頃合いだった。


「……えっ」
「ああ、ノイナ。おはよう」
「も、もうこんな時間……なんで起こしてくれなかったんですか!」


 せっかくのデートだというのに、夕方までぐっすり眠ってしまうとは思わなかった。そもそも、なぜ起こしてくれなかったのかと、彼女はスタールに問いかける。


「疲れた状態でデートしても、きっとノイナはもっと疲れるだけだと思ったから」
「でも、せっかくのデート……」
「デートよりも、ノイナのほうが大事だよ」


 優しい声で彼はそう言うと、ノイナの頭を撫でてくれる。くすぐったい気遣いに頬を赤くしていれば、彼も照れた様子で彼女にキスをしてくる。


「軽食を作ったんだ。お腹が空いてるだろう?」
「あ、ありがとう、ございます」
「食べ終わったら出掛けようか。ノイナは、どこか行きたいところはあるかい?」


 至れり尽くせりといった様子で、スタールは要領よくノイナの世話をしてくれる。リビングに移動して軽食のトーストとサラダを頬張りながら、ノイナも寝起きの頭を巡らせた。


「すいません、特に行きたいところとかは……」
「構わないよ。それなら、僕が行きたいところでもいい?」
「はい、もちろん」


 にこりと微笑むスタールの姿は、いつもの完成された先輩のものだ。任務で女性を落とすとなったときも、こうやって完璧なエスコートをするのだろう。


(いや、でも人格が違うなら、今の先輩じゃない……?)


 そんなことをぼんやりと考えながら、ノイナはまるで夢を見ているようだなと思った。
 整った顔立ち、穏やかで優しい性格、細かい気配りができる年上の男性。職場でずっと憧れだった先輩が自分の家にいて、しかもご飯まで作ってくれる。そのうえ自分に好意を抱いてくれている。なんでもできるパーフェクトなイケメン。ゲブラーとはなにもかもが大違いだ。

 けれど。


 ――人を殺す以外取り得のない俺なんかが、あんな奴に勝てるわけないって……!


(ゲブラーは……自分に価値がないって、本当にそう思ってるんだな……)


 彼は自分の能力に誇りを持っているように振舞っていたが、それはその能力しか持たなかったからだった。そしてあの口振りからして、人を殺す才能を持てて嬉しいだなんて思っていないはずだ。

 危険な暗殺者、ゲブラー。傍若無人で横暴で、人を人とも思わない男。
 けれど本当の彼は、たった一つの才能に縋って、誰にも弱みを見せず強者であり続けようと虚勢を張る、ひどく脆くて繊細な人物なのだ。


(きっと、ゲブラーはずっと孤独と不安を抱えて生きてきたんだ……)


 別れ際も、まるで縋るように彼はノイナを離さず、疲労と睡眠不足のせいか同じような言葉を繰り返していた。


 ――いかないで、ノイナ、母さんみたいに俺を、捨てないで……


 何度も大丈夫だと繰り返して、ノイナはなんとかゲブラーに眠ってもらった。けれど眠ったあとも、嫌なことを夢に見ていたのか彼はずっと泣いていて、ノイナはしばらくその場を離れられなかった。
 本当は、スタールに電話をしてデートにはいけないと言おうかとも思った。けれどそれはスタールにとっても惨いと、罪悪感を抱えたままホテルをあとにしたのだ。


(……典型的な、ダメ男にハマっちゃう女、なのかな)


 ゲブラーのことが心配だった。結局夜中は彼の行為に付き合うので精一杯で、彼が今までなにに苦しんできたのか、なにを抱えて生きてきたのか、それを知ることはできなかった。
 できればスタールとのデートも、それを聞いてから考えたかったのだが、今となってはもう遅いのだろう。いや、聞かなくて良かったと思うべきか。


(ゲブラーの過去を知ってしまったら、きっと私)
「ゲブラーのことを考えているの?」


 じっと考え事をしていたノイナは、スタールの問いにハッとなる。


「ご、ごめんなさい! 家にいるとはいえ、先輩のデート中……というか、やっぱり明日とかにしたほうがいいんじゃ……」
「構わないよ。夜のことも、ノイナがしたくないならしない」
「えっ」


 昨日なんかは止めても襲いそうな勢いだったというのに、どういう心変わりか。そんな考えが言葉には出ずとも顔に出ていたのだろう、スタールは恥じらうように小さく笑みを浮かべた。


「ノイナと、身体を重ねてみたい。それは嘘ではないよ」
「し、しってます」
「でもやっぱり、僕にとっては自分よりも、君のほうが大切だから」


 ゲブラーの相手でくたくたのノイナに無理強いはしたくない、と。そうスタールは語った。
 帰ってきてゲブラーとの任務を知ったスタールはかなり暴走していたのだが、いつしか彼は普段の落ち着きを取り戻していたようだった。それは一体なぜか、思わずそんな問いが出てきてしまいそうになる。


(だめだ、今はそういう話をするよりも……)


 早く食事を済ませて、スタールと出かけなければ。その一心でノイナはさっさと食べ物を口に詰め込むと、スタールに尋ねる。


「先輩の行きたいところってどこなんですか?」
「そうだね……行ってからのお楽しみ、かな」


 少しだけ無邪気な子供のような顔をするスタールに、ノイナは不思議そうに首を傾げたのだ。
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