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25-01 初めてのデート

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 スタールと別れてすぐ、ノイナは大きく息をついた。
 デート勝負とはいえ、こんな責任重大な役目を負わされ、とてもではないが楽しめる余裕はなさそうだった。どちらかを選ばなければいけないという困難な状況も、重くノイナにのしかかってくる。


(それに、先輩のあの口ぶり……)


 変な邪推をしてしまいそうになり、ノイナは首を横に振った。そうしていると、ぐいっと手を引かれる。もちろんそれはゲブラーだ。


「あ、すみません、ゲブラー。どこに行きますか?」


 とにかく切り替えていこう。今はゲブラーの機嫌を直すのが先決だ。そう考えたノイナは、なるべく自然に彼に話しかけた。
 スタールがいなくなったからか、ゲブラーの表情は幾分かマシになっている。これならデートの間に十分持ち直してくれるだろう。


「どっかに行く前にあんた、着替えてきてよ」
「え? あ……」


 よく考えてみれば、今のノイナは仕事着だった。別に仕事があったわけではないのだが、家から出る際になんとなく慣れたこの格好を選んでしまったのだ。
 確かにこの格好でデートはできない。ついでに化粧もしないといけないし、ゲブラーとのデートなら贈り物を身につけたほうがいいだろう。


「じゃあ、一旦家に戻りますけど、いいですか?」
「いいよそれくらい。待っててあげるから」


 ということで二人はひとまずノイナの家に向かった。いつの間にか窓は修理されており、機関のサポートの手厚さを実感する。

 ゲブラーにはリビングで待ってもらい、ノイナは持っている私服を物色した。しかし、生まれてこのかたデートなどしたことがないノイナは、他所行き用の可愛らしい服など持っていなかった。
 まだマシという部類の服を着ていけば案の定。


「なにその芋っぽい格好。あんたデートしたことないの?」
「ないですけど……そう言うゲブラーはあるんですか? あ、ちなみに夜に女の子を引っ掛けるのはデートとは言いませんから」


 すぐさま回り込めば、ゲブラーは険しい表情をする。どうやら本気で夜の遊びをデートだと言うつもりだったらしい。


「じゃあ、ゲブラーもデートは初めてなんですね」
「初めてだとしても、あんたよりは絶対分かってる!」
「まぁ、多分そうですよね……ならエスコートをお願いします、ゲブラー」


 微笑みながらそう言えば、彼は微かに頬を赤くして目を逸らす。ぶっきらぼうについてきなと呟くと、そのまま家を出た。


「どっか行く前にまず服。せっかく贈ったネックレスが泣いてるよ」
「仕方ないじゃないですか。この高級品に合うような服なんて持ち合わせがありません」
「はいはい」


 ネックレスに合わせるということで、それなりに高いブティックを訪れる。せっかくなのだからゲブラーが選んでくれたものを着てデートをしようと、彼に言われるままノイナは試着を続けた。
 真剣な表情で服を選んでくれるゲブラーの姿を見て、ノイナはけっこうデートらしいことをしているかもしれないと思った。けれど和んでいられたのも最初だけで。


「どうですか? ちょっと可愛すぎな気も……」
「んー、微妙」
「こ、これは?」
「あんたには似合わないなぁ」
「これなんか」
「大人っぽすぎる」


 服を着るたびにゲブラーは酷評してくる。デートというのはもっとこう、柔らかい雰囲気の中で行われるものではないのかと、ノイナは項垂れてしまう。


「ゲブラー、本当にデートって分かってます……?」
「ああもううるさいな、仕方ないでしょ女の子に服選んだことなんてないんだから!」


 苛立った様子でゲブラーは言う。彼自身も慣れないことをしているせいか、不安と焦りを隠せないようだった。
 それならお店の人にお薦めしてもらおうかとノイナが店内を眺めていると、唐突にゲブラーに手を掴まれる。


「どうしましたか?」
「……どうせ、あの男のほうが上手く選んでくれるって思ってるんでしょ」
「え? いや、思ってませんけど」
「…………」


 すぐに否定するも、ゲブラーは険しい表情で睨みつけてくる。けれどその顔はすごく寂しそうで、今にも泣いてしまいそうだった。
 どうしてここでスタールが出てくるのかと戸惑うのと同時に、ゲブラーがなにに対して不満を抱えていたのかを理解する。


(そういえば、何でもできる天才はどうとか言ってたな……)


 何でもそつなくこなせてしまうスタールを、きっとゲブラーは妬んでいるのだ。なんとかスタールみたいに上手く振舞おうとしてもできずに、焦ってまた空回りしてしまっている。
 相変わらずの不器用さに、ノイナは小さく笑みを浮かべる。スタールにはスタールの、ゲブラーにはゲブラーの良いところがあって、比べられるものではないというのに。


「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。ゲブラーが一生懸命悩んで選んでくれてるってちゃんと分かってますし、私もゲブラーが選んでくれた服、着て歩いてみたいですから」
「……そう」


 ノイナの言葉にゲブラーは小さく頷いてくれる。ひとまず持ち直してくれた様子で、ゲブラーは再び服を選び始める。
 そこから何着か試着したところで、ようやく彼のお眼鏡に適う服が見つかった。


「どうですか?」
「……」


 白を基調にしたワンピースには、質素ながらも綺麗なレースやフリルがついている。少しだけ大人びた可愛さのある格好は、ノイナも個人的にはお気に入りだった。
 だがゲブラーは黙り込んでいる。また駄目かと思っていると、彼は一歩と近づいて来る。


「ゲブラー?」
「……かわいいよ」
「へ」


 突然の褒め言葉にどきりと心臓が跳ねる。彼の大きな手が頬と耳を撫でて、髪を整えるように触れられる。


「あんたによく似合ってる。すごく、かわいくなったね、ノイナ……これ買っていこう」
「あ、ありがとう、ございます……」


 さりげなく額にキスされて、そのままゲブラーは会計を済ませに行ってしまう。さんざん子供っぽい姿を見せられたあとのせいか、妙に大人びた彼にドキドキとしてしまう。


(そうだ、ゲブラーって成人男性だった……)


 そんなことをノイナは今更になって再確認した。

 その後ゲブラーも着替えると言って別の店で服を買い、お互いの着替えを袋に詰めて店の外に出た。着替えたといっても彼の格好はそこまで変わらなかったが、飾り気はないながらもその容姿に見劣りしない姿に、ノイナは出会った当初とまったく同じ印象を抱いた。モデルみたいだ、と。


「ゲブラーはあんまり変わりませんね」
「いつでもかっこいいの間違いでしょ」
「否定はしません」
「それに、こんなときに新しいスタイルに挑戦して、変になっちゃったら嫌でしょ。せっかくのデートなのに……」


 そこで言葉を切ると、ゲブラーはじっとノイナを見つめる。どうしたのかと首を傾げれば、軽く彼に抱き寄せられる。


「今のあんた、俺の選んだ服着て、俺が贈ったアクセサリーつけて、全身俺だらけだね」
「え、ま、まぁ……」
「こんなことなら、下着も選びに行けば良かったな。前みたいな、すっごいえっちなやつ……そしたらスカートだし、下スースーさせて恥ずかしそうに歩くノイナが見れたのに」
「ちょ、ちょっと……!」


 顔を真っ赤にして抗議すれば、ようやくゲブラーは普段通りの軽薄そうな笑みを浮かべる。赤くなったノイナの頬を突いて、心底楽しそうに喉を鳴らして笑った。


「いつもの、俺と一緒にいるときのノイナだ。ふふ、あんたはやっぱり、そういう恥ずかしがってる顔のほうが似合うよ」
「なんか喜べないんですけど……」


 なぜか彼のその笑みにノイナは安堵してしまう。ようやく胸の中のモヤモヤがなくなったような、そんなすっきりとした気分だった。

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