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「ならノイナ、明日は僕とディナーに」
「それってこの前言ってた……」
「そんなの駄目! あんた、どうせご飯食べたあとにノイナとするつもりでしょ……!」
「最初からそのつもりだよ」
(ま、マジでか……)
一切隠す気もなくそう話すスタールに、ノイナは頭を抱えた。これでは意味がない。
「俺が許すわけないでしょ。ノイナは俺のものなの、あんたなんかに一秒たりとも貸してあげたりしないんだから!」
「ゲブラー、一つだけちゃんと訂正しておくよ」
僅かに殺意を見せるゲブラーにも、相変わらずスタールは動揺しない。彼は反抗する息子に言い聞かせる父親のような厳しい表情で、小さく咳をする。
「ノイナは貴方の所有物ではない」
「っ……」
「いつまでも子供のように駄々を捏ねていては、本当に欲しいものを取りこぼしてしまうよ」
「そん、なの……」
一瞬怯えきった目で縋るようにノイナを見つめて、ゲブラーはキツく唇を噛み締める。スタールの指摘に一言も反論することができず、そのまま黙り込んでしまう。
そんなゲブラーの様子を見たスタールは小さく息をついた。そしてこう切り出す。
「なら、最後の勝負をしようか」
「最後の、勝負……?」
「ああ。お互い一日ずつ、もちろん朝まで、ノイナとデートをする。最終的にノイナに選んでもらえたほうの勝ちだ。負けたほうは彼女を諦める。簡単な勝負だよ」
以前、ノイナを落としたほうが勝ちでいいとゲブラーが言っていたが、それとかなり近い勝負だ。違う点は、行為だけではなくあくまでデートで、というところか。
しかしノイナからすればそれは良案ではない。なにせ間違いなくその勝負の審判をするのは自分で、この勝負の勝敗によってはゲブラーを懐柔するという任務が失敗してしまうからだ。
ゲブラーは迷いをその顔に露わにして、スタールを睨みつけている。それを見たノイナは、意を決してスタールに問いかけた。
「いくらなんでもリスクが高すぎます、先輩。それに、それって、やっぱり私が……」
「ごめんね、ノイナにはかなりの負担をかけることになる。けれど、こうでもしないとお互い踏ん切りがつかないんだ」
「先輩……」
「判断材料はデート以外でも構わない。もちろん、君が任務の優先を加味したとしても、僕は一向に構わない。勝負の結果で生じる一切の問題は僕が全て解決する。約束するよ」
スタールは、ノイナが任務のために自分を切り捨てる結果になってもいいと、そう言った。それだけの覚悟があると言って退けたのだ。
スタール自身、自分のやっていることが機関の意向に背いていると分かっているのだろう。いや、分かっていないはずがない。それでもノイナのことが諦められないのだと、前にそう言っていた。
(先輩はきっと、どんな結果になっても受け入れられる。やっぱり先輩は、それだけの強さを持った人だから……)
では、ゲブラーは。思わず不安になってしまって、ノイナは彼を見つめた。
スタールと会ったばかりのゲブラーは、もっと自分への自信に溢れていた。なにがあっても自分が負けることなどないと、そうはっきり口にしていたし、本心でもそう思っていただろう。
けれど今の彼は勝負を受けるか迷っていた。本当に勝てるのか、負けてしまったらどうするのか、そんな不安がありありとその顔に映っている。
それでも、断るなどという選択肢はない。それはゲブラーにとって、スタール相手に敗北を認めることと同義だったからだ。
だから彼は手を恐怖で震わせながらも頷いた。すっかり剥がれかけた自信を取り繕うように、精一杯の虚勢を張って。
「……いいよ、受けてあげる。どうせ俺が勝つけどね」
「ああ、それでいい。では先攻は譲るよ。一日置いて明日からにするかい? それとも、今から?」
「今から! だからあんたはさっさとどっか行って!」
予想していた通りの返事に、スタールは肩を竦める。そして踵を返してしまう。
「あの、先輩!」
とっさにノイナは彼を呼び止めた。なんとなく、今のうちに少しでも話をしないといけないと思ったのだ。
振り返ったスタールは優しい表情で小さく首を傾げる。
「……本当に、私に任せて、いいんですか。私、ちゃんと、できるでしょうか」
「ああ。ノイナなら大丈夫」
優しい彼の手がノイナの頭を撫でる。先輩らしい顔をしたスタールは、元気づけるように彼女に語りかけた。
「ノイナは僕の自慢の後輩だからね。自分の選択に自信を持って。どうしても不安になったら、君に任せるという判断をした僕のことを、信じてほしい」
「先輩……」
「僕はノイナの、憧れの先輩で、天才諜報員、だからね」
珍しく自分からそう形容して、スタールはノイナから離れていく。最後に緩んだ笑みを浮かべて、別れの挨拶をした。
「また明日、ノイナ。君とのデート、楽しみにしてるから」
24 了
「それってこの前言ってた……」
「そんなの駄目! あんた、どうせご飯食べたあとにノイナとするつもりでしょ……!」
「最初からそのつもりだよ」
(ま、マジでか……)
一切隠す気もなくそう話すスタールに、ノイナは頭を抱えた。これでは意味がない。
「俺が許すわけないでしょ。ノイナは俺のものなの、あんたなんかに一秒たりとも貸してあげたりしないんだから!」
「ゲブラー、一つだけちゃんと訂正しておくよ」
僅かに殺意を見せるゲブラーにも、相変わらずスタールは動揺しない。彼は反抗する息子に言い聞かせる父親のような厳しい表情で、小さく咳をする。
「ノイナは貴方の所有物ではない」
「っ……」
「いつまでも子供のように駄々を捏ねていては、本当に欲しいものを取りこぼしてしまうよ」
「そん、なの……」
一瞬怯えきった目で縋るようにノイナを見つめて、ゲブラーはキツく唇を噛み締める。スタールの指摘に一言も反論することができず、そのまま黙り込んでしまう。
そんなゲブラーの様子を見たスタールは小さく息をついた。そしてこう切り出す。
「なら、最後の勝負をしようか」
「最後の、勝負……?」
「ああ。お互い一日ずつ、もちろん朝まで、ノイナとデートをする。最終的にノイナに選んでもらえたほうの勝ちだ。負けたほうは彼女を諦める。簡単な勝負だよ」
以前、ノイナを落としたほうが勝ちでいいとゲブラーが言っていたが、それとかなり近い勝負だ。違う点は、行為だけではなくあくまでデートで、というところか。
しかしノイナからすればそれは良案ではない。なにせ間違いなくその勝負の審判をするのは自分で、この勝負の勝敗によってはゲブラーを懐柔するという任務が失敗してしまうからだ。
ゲブラーは迷いをその顔に露わにして、スタールを睨みつけている。それを見たノイナは、意を決してスタールに問いかけた。
「いくらなんでもリスクが高すぎます、先輩。それに、それって、やっぱり私が……」
「ごめんね、ノイナにはかなりの負担をかけることになる。けれど、こうでもしないとお互い踏ん切りがつかないんだ」
「先輩……」
「判断材料はデート以外でも構わない。もちろん、君が任務の優先を加味したとしても、僕は一向に構わない。勝負の結果で生じる一切の問題は僕が全て解決する。約束するよ」
スタールは、ノイナが任務のために自分を切り捨てる結果になってもいいと、そう言った。それだけの覚悟があると言って退けたのだ。
スタール自身、自分のやっていることが機関の意向に背いていると分かっているのだろう。いや、分かっていないはずがない。それでもノイナのことが諦められないのだと、前にそう言っていた。
(先輩はきっと、どんな結果になっても受け入れられる。やっぱり先輩は、それだけの強さを持った人だから……)
では、ゲブラーは。思わず不安になってしまって、ノイナは彼を見つめた。
スタールと会ったばかりのゲブラーは、もっと自分への自信に溢れていた。なにがあっても自分が負けることなどないと、そうはっきり口にしていたし、本心でもそう思っていただろう。
けれど今の彼は勝負を受けるか迷っていた。本当に勝てるのか、負けてしまったらどうするのか、そんな不安がありありとその顔に映っている。
それでも、断るなどという選択肢はない。それはゲブラーにとって、スタール相手に敗北を認めることと同義だったからだ。
だから彼は手を恐怖で震わせながらも頷いた。すっかり剥がれかけた自信を取り繕うように、精一杯の虚勢を張って。
「……いいよ、受けてあげる。どうせ俺が勝つけどね」
「ああ、それでいい。では先攻は譲るよ。一日置いて明日からにするかい? それとも、今から?」
「今から! だからあんたはさっさとどっか行って!」
予想していた通りの返事に、スタールは肩を竦める。そして踵を返してしまう。
「あの、先輩!」
とっさにノイナは彼を呼び止めた。なんとなく、今のうちに少しでも話をしないといけないと思ったのだ。
振り返ったスタールは優しい表情で小さく首を傾げる。
「……本当に、私に任せて、いいんですか。私、ちゃんと、できるでしょうか」
「ああ。ノイナなら大丈夫」
優しい彼の手がノイナの頭を撫でる。先輩らしい顔をしたスタールは、元気づけるように彼女に語りかけた。
「ノイナは僕の自慢の後輩だからね。自分の選択に自信を持って。どうしても不安になったら、君に任せるという判断をした僕のことを、信じてほしい」
「先輩……」
「僕はノイナの、憧れの先輩で、天才諜報員、だからね」
珍しく自分からそう形容して、スタールはノイナから離れていく。最後に緩んだ笑みを浮かべて、別れの挨拶をした。
「また明日、ノイナ。君とのデート、楽しみにしてるから」
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