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24-01 最後の勝負をしよう

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「ほら、朝食だよ」
「わ、美味しそう……! 先輩の手料理だ!」


 備え付けの広いキッチンで三人分の朝食を作ってくれたスタールに、ノイナは礼を言った。スタールの料理の腕はプロ級で、それを二度も味わったことのあるノイナは笑みを浮かべながら彼から皿を受け取った。


「それじゃあ、いただきましょうか」


 皿をテーブルに並べたところで、ノイナは不機嫌そうな顔をして椅子に座っているゲブラーに気づく。
 朝からノイナのご奉仕を受けたため少し前までは機嫌が良かったのだが、どうやらまた癪に障るなにかがあったらしい。相変わらず無言でヘソを曲げる様は子供のようだったが、なんだか今の彼はすごく不安定な気がして、ノイナは気になってしまう。


(ゲブラーの機嫌を取るのってこんなに難しかったかな……)


 これまでのことを思い返しても、機嫌が悪かったときなんて仕事でミスをしたときとネックレスのあの一件くらいだ。そう考えると、今までのゲブラーはかなり落ち着いていたと言えるのかもしれない。
 そのまま放っておくこともできず、ノイナは少し身を屈めると彼と目線を合わせた。


「どうしたんですかゲブラー、またむすっとしちゃって」
「…………」
「さっきまで元気だったのに……」


 彼の頭に手を伸ばせば、ゲブラーはその手を掴んでノイナを抱き寄せる。そのまま自分の膝に座らせ後ろから抱き締めて、また黙り込んでしまう。


(本当に拗ねた子供みたいだな……)
「ゲブラー、野菜は残してくれても構わないよ」


 そう言って大皿をテーブルに置くスタールを、ゲブラーはじっと睨みつけている。この様子を見るに、やはり気に入らないのはスタールなのだろう。


(まぁ、ゲブラーからしたら、お気に入りの玩具を取り上げられそうになっている、ってことだし)


 この様子ではスタールがゲブラーを懐柔するのは難しいかもしれない。そう考えていると、スタールは自分を睨みつけてくる彼に涼しい表情のまま言う。


「僕になにか言いたいことでもあるのかな」
「……べっつにー」


 ゲブラーはいっそう強くノイナを抱きしめて、ふいっとスタールから視線を逸らす。成人男性とは思えない反応にノイナが苦笑を浮かべていれば、ゲブラーが呟くように言う。


「いいよねぇ、なんでもそつなくこなせる天才様は……」
「? それって」
「ノイナ」


 どういうことかとゲブラーに尋ねようとする前に、スタールが厳しい口調でノイナの名前を呼ぶ。即座に彼のほうを見れば小さく首を横に振っていた。


(もしかして、地雷、ってやつ……)


 危うく踏むところだったと、一気に冷えていく腹の底を抱えながらノイナは大きく息を吐いた。ひとまずはなにも言わずにゲブラーの機嫌を直してもらおうと、ノイナは大人しく彼の側につく。


「食べ終わったら少し外に出ましょうか。ゲブラーはお昼になにが食べたいですか?」
「別になにでもいい」
「そう言われると困るんですけど……」
「そもそも、朝飯食べてるときに昼のこと考えられるわけないでしょ、馬鹿なの?」
(めっちゃカリカリしてるなぁ……)


 さすがのゲブラーも、我慢の限界、ということなのだろう。
 一昨日急にスタールが現れて、ノイナを任務から外すと言われ、その決定がどうなったかも分からないまま、成り行きでスタールとも行動を共にしている現状。彼にとっては不愉快でしかないはずだ。

 完全にスタールに対して敵対心を持ってしまっているゲブラーは、いい加減スタールから離れたくて仕方がないのだろう。だがノイナのことがある以上、下手にノイナから離れられない。そしてスタールも同じ理由でノイナから離れない、と。


(気がついたらこんなややこしい状況に……私どうすればいいんだろう)


 そんなことを悩みながら朝食を終え、身支度を軽く済ませた三人はホテルを出てふらふらと街を歩いた。最中もゲブラーはずっとスタールを睨みつけていて、空気は最悪と言ってよかった。


「そういえばゲブラー、お仕事は大丈夫なんですか?」
「今のところ仕事はない」
「そうですか」
「なに、さっさと俺にどっか行ってほしいわけ?」
「そういう意味で聞いたんじゃありませんよ」


 揚げ足をとるようにゲブラーは突っかかってくる。これはかなりの重症だ。
 もはや何を言われてもマイナスの意味にしか受け取れないのだろう。今の彼はノイナ相手にすら壁を作ってしまっているようで、態度も言動もひどく刺々しい。


「ゲブラー、そろそろ機嫌直してください。ほら、どこか行きたいところありますか? 付き合いますよ」


 といってもスタールが一緒な限りどこへ行っても同じだ。そうノイナも思ってしまって、不安げにスタールのほうを見る。だが彼は難しい顔をして黙り込んだままだ。


「じゃあ……ケーキ」
「分かりました。どこのケーキがいいですか?」
「……昨日の」
「ゲブラーが見つけてくれたお店ですね。案内してもらえますか?」


 優しく声をかけても、ゲブラーは黙ったまま動かない。どうしたのかと思えばまたスタールのほうを向いて、苛立った様子で吐き捨てる。


「でも、こいつと一緒は嫌。ノイナだけついてきて」
「ゲブラー……」


 ノイナもまたスタールのほうを見る。そろそろ勘弁してやってほしいと、そう訴えるように。
 その視線を受け取ったスタールは、無表情のまま分かったと頷いた。予想していなかった快諾にゲブラーも驚くような顔をするも、次の彼の言葉にまた表情を険しくする。

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