59 / 123
24-01 最後の勝負をしよう
しおりを挟む「ほら、朝食だよ」
「わ、美味しそう……! 先輩の手料理だ!」
備え付けの広いキッチンで三人分の朝食を作ってくれたスタールに、ノイナは礼を言った。スタールの料理の腕はプロ級で、それを二度も味わったことのあるノイナは笑みを浮かべながら彼から皿を受け取った。
「それじゃあ、いただきましょうか」
皿をテーブルに並べたところで、ノイナは不機嫌そうな顔をして椅子に座っているゲブラーに気づく。
朝からノイナのご奉仕を受けたため少し前までは機嫌が良かったのだが、どうやらまた癪に障るなにかがあったらしい。相変わらず無言でヘソを曲げる様は子供のようだったが、なんだか今の彼はすごく不安定な気がして、ノイナは気になってしまう。
(ゲブラーの機嫌を取るのってこんなに難しかったかな……)
これまでのことを思い返しても、機嫌が悪かったときなんて仕事でミスをしたときとネックレスのあの一件くらいだ。そう考えると、今までのゲブラーはかなり落ち着いていたと言えるのかもしれない。
そのまま放っておくこともできず、ノイナは少し身を屈めると彼と目線を合わせた。
「どうしたんですかゲブラー、またむすっとしちゃって」
「…………」
「さっきまで元気だったのに……」
彼の頭に手を伸ばせば、ゲブラーはその手を掴んでノイナを抱き寄せる。そのまま自分の膝に座らせ後ろから抱き締めて、また黙り込んでしまう。
(本当に拗ねた子供みたいだな……)
「ゲブラー、野菜は残してくれても構わないよ」
そう言って大皿をテーブルに置くスタールを、ゲブラーはじっと睨みつけている。この様子を見るに、やはり気に入らないのはスタールなのだろう。
(まぁ、ゲブラーからしたら、お気に入りの玩具を取り上げられそうになっている、ってことだし)
この様子ではスタールがゲブラーを懐柔するのは難しいかもしれない。そう考えていると、スタールは自分を睨みつけてくる彼に涼しい表情のまま言う。
「僕になにか言いたいことでもあるのかな」
「……べっつにー」
ゲブラーはいっそう強くノイナを抱きしめて、ふいっとスタールから視線を逸らす。成人男性とは思えない反応にノイナが苦笑を浮かべていれば、ゲブラーが呟くように言う。
「いいよねぇ、なんでもそつなくこなせる天才様は……」
「? それって」
「ノイナ」
どういうことかとゲブラーに尋ねようとする前に、スタールが厳しい口調でノイナの名前を呼ぶ。即座に彼のほうを見れば小さく首を横に振っていた。
(もしかして、地雷、ってやつ……)
危うく踏むところだったと、一気に冷えていく腹の底を抱えながらノイナは大きく息を吐いた。ひとまずはなにも言わずにゲブラーの機嫌を直してもらおうと、ノイナは大人しく彼の側につく。
「食べ終わったら少し外に出ましょうか。ゲブラーはお昼になにが食べたいですか?」
「別になにでもいい」
「そう言われると困るんですけど……」
「そもそも、朝飯食べてるときに昼のこと考えられるわけないでしょ、馬鹿なの?」
(めっちゃカリカリしてるなぁ……)
さすがのゲブラーも、我慢の限界、ということなのだろう。
一昨日急にスタールが現れて、ノイナを任務から外すと言われ、その決定がどうなったかも分からないまま、成り行きでスタールとも行動を共にしている現状。彼にとっては不愉快でしかないはずだ。
完全にスタールに対して敵対心を持ってしまっているゲブラーは、いい加減スタールから離れたくて仕方がないのだろう。だがノイナのことがある以上、下手にノイナから離れられない。そしてスタールも同じ理由でノイナから離れない、と。
(気がついたらこんなややこしい状況に……私どうすればいいんだろう)
そんなことを悩みながら朝食を終え、身支度を軽く済ませた三人はホテルを出てふらふらと街を歩いた。最中もゲブラーはずっとスタールを睨みつけていて、空気は最悪と言ってよかった。
「そういえばゲブラー、お仕事は大丈夫なんですか?」
「今のところ仕事はない」
「そうですか」
「なに、さっさと俺にどっか行ってほしいわけ?」
「そういう意味で聞いたんじゃありませんよ」
揚げ足をとるようにゲブラーは突っかかってくる。これはかなりの重症だ。
もはや何を言われてもマイナスの意味にしか受け取れないのだろう。今の彼はノイナ相手にすら壁を作ってしまっているようで、態度も言動もひどく刺々しい。
「ゲブラー、そろそろ機嫌直してください。ほら、どこか行きたいところありますか? 付き合いますよ」
といってもスタールが一緒な限りどこへ行っても同じだ。そうノイナも思ってしまって、不安げにスタールのほうを見る。だが彼は難しい顔をして黙り込んだままだ。
「じゃあ……ケーキ」
「分かりました。どこのケーキがいいですか?」
「……昨日の」
「ゲブラーが見つけてくれたお店ですね。案内してもらえますか?」
優しく声をかけても、ゲブラーは黙ったまま動かない。どうしたのかと思えばまたスタールのほうを向いて、苛立った様子で吐き捨てる。
「でも、こいつと一緒は嫌。ノイナだけついてきて」
「ゲブラー……」
ノイナもまたスタールのほうを見る。そろそろ勘弁してやってほしいと、そう訴えるように。
その視線を受け取ったスタールは、無表情のまま分かったと頷いた。予想していなかった快諾にゲブラーも驚くような顔をするも、次の彼の言葉にまた表情を険しくする。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話。加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は、是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン🩷
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
◇稚拙な私の作品📝にお付き合い頂き、本当にありがとうございます🧡
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる