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21-02

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「先輩、やっぱりお仕事で相手をお酒に酔わせて情報聞き出したりするんですか?」
「それは相手によるね。警戒心のない人物ならできなくもないけど、酔った相手から出てきた言葉が本当かどうかは、素面のときよりも判別がつきにくいから」
「確かに。酔ってる奴、マジで妄想語ったりするからねぇ」


 嘘に敏感なゲブラーも似たような経験があるのだろう。情報の正確性に欠けてしまう、というのは大きな問題かもしれない。


「本当に欲しい情報なら、会話以外で手に入れる方法を探すか、やはり相手の信用を勝ち取るのが有効だろう」
「信用……それってすごく難しいですよね」
「本心を隠した状態で相手の信用を得るのは難しいよ。彼のような相手には、特に」


 そう言ってスタールはゲブラーのほうを見る。そう言われてみれば、なるべく偽らないよう注意した最初の接触ですら、彼は敏感にノイナを疑っていたのだった。


「俺はそういうのすぐに分かるよ。思ってもないことを言って同調してくる奴、ほんと大っ嫌い」
「と、言ってますが、どうすればいいですか、先輩……?」
「俺の前で懐柔のための作戦会議してどうすんの、丸分かりだよ」


 流れでそう質問すれば、頼ってもらえるのが嬉しいのかスタールは柔らかく微笑む。


「大事なのは相手と真摯に向き合うことだね。けれどそれは、ただ闇雲に相手の発言に同調することじゃない。もちろん、本心を偽る場合はそれ以前の難問があるけれど」
「ふむふむ」
「相手の立ち位置、物事を見るときの視点、好む思考パターン……それらをしっかりと理解したうえで、同調するのか、或いは異議を唱えるか、別のアピールをとるか、判断すること。その点ノイナは、ちゃんとそれができてるから心配いらないと思うよ」
「そうですかねぇ……」


 いまいち自分がそんな難しそうなことができているとは思えなかった。真面目なのはそうかもしれないが、それだけでは駄目だということはノイナもよく分かっている。


「ゲブラーの好む思考パターン……」
「あんた今、俺の頭の中はセックスしかないからな、って思ってるでしょ」
「まぁ、わりと」
「ムカつくんだけど!」


 むにむにとノイナの頬を引っ張って、ゲブラーは不満そうに顔を顰める。こういう反応をするということは、彼にもなにかいろいろと悩むことがあるのだろう。
 いや、悩みがないなんてことは普通有り得ないのだが、ゲブラーはあまり人に弱みを見せたりしないせいか、ノイナには彼の悩みというのがあまり思い浮かばなかった。


「にしても、そんな重要そうな話しちゃっていいわけ? 俺言いふらしちゃうよ、あんたの懐柔術はこうだ、って」
「言いふらしてくれても構わないよ。僕の会話術は知っていたとして利かなくなるものではないから」
「ムカつく……」


 涼しい顔をするスタールの姿は、どうやらゲブラーの癪にいちいち障るのだろう。彼は嫌そうな顔をしてスタールを睨みつけ、ぐいっと酒を一気に呷った。


「やっぱり、別の顔を使い分ける、ってやつですか。あ、でもこれは内緒の話、ですか?」
「いや」


 少し踏み込みすぎかと思うも、スタールは小さく首を振る。ゲブラーと同じように酒を軽く飲み干して、次のボトルを開けた。既に二人で三本開けている。恐ろしいスピードだ。


「顔なんてレベルじゃない。人格そのものと言ってもいい」
「人格……?」
「驚くかもしれないけど、僕は自由に別の自分を作れるんだ」


 さらりとスタールの口から出てきたものは、衝撃的なんてものではなかった。


「まったく違う過去、違う経験、違う記憶、違う思考を持った別人……だから“彼”は“スタール”が嘘だと思っていることでも真実だと本気で言えるし、そもそも“彼”には“スタール”なんて男は無関係の知らない人間なんだ」


 あまりにも突拍子もない発言に、ノイナだけでなくゲブラーまでもが呆気に取られていた。
 多重人格のように、スタールは仕事毎に自分とまったく別の人格を作り出して使い分けている。聞く限りでは確かに便利そうだが、いろいろと問題もありそうな気がする。


「嘘じゃないって分かるけど、正直信じられないよねぇ……」


 ゲブラーの判定でも、さっきの話は嘘ではないらしい。本当に記憶どころか人格まで別人だったなら、ターゲットは怪しむ隙もないだろう。


(だとしたら、先輩が任務のたびに電話してきたのって、もしかしたら……)


 なんとなくノイナは、スタールの電話の習慣に理由があったのだと思えてしまう。声が聞きたかったと昼間に言っていたが、本当はそれだけではないのかもしれない。


「もし私じゃなくて先輩がゲブラーの任務に最初からついてたら、ゲブラーも分からなかったかもしれませんね」
「ああ、間違いなく分からなかったし、ハニートラップなんてする必要もなく、今頃とっくに懐柔は済んでいたと思うよ」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ……!」


 自分がスタールに絆されている様を想像したのか、ゲブラーは青い顔をしてノイナに抱きついてくる。宥めるように腕を軽く摩ってやれば、少しだけ酔いが回ってきたのか彼は彼女に頬を寄せてくる。

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