上 下
41 / 123

16-01 交渉、からの問題発言

しおりを挟む

 初期設定から変えられていない無機質な電子音。もちろんそれをスタールの目の前で取れるわけもなく、着信はしばらくして切れる。だがすぐにまた鳴り出して、ゲブラーの苛立ちのようなものを感じてしまう。


「……もしもし」


 しかたなく電話をとれば、案の定ゲブラーの不機嫌そうな声が聞こえてくる。


『なんですぐに出なかったの』
「ちょっと今、取り込んでて……」


 素直にそう言えば、彼は数秒の間を置いて納得したように、ふーん、と唸った。


『まぁいいや。今日は仕事いつごろ終わる? ケーキ、ノイナも食べに行きたいよね?』
「え、えっと、今日はちょっと……」
『なんで。俺と出かける以上にノイナにとって大事な用事なんてないでしょ』
「ま、まぁ、そう、かも……?」
『なにその歯切れの悪い返事。行きたくないの?』


 少し苛立った口調でゲブラーはノイナに尋ねてくる。ちらりとスタールの顔を伺えば、難しい顔をしていた彼はノイナに向かって頷いた。


「そんなことないです。十五時くらいには行けると思います」
『そ。じゃあ、待ってるから』


 一転してご機嫌な声で彼はそう言うと、電話は切れる。果たして無事に行けるだろうかと、なんとなくゲブラーを騙したような気もしてしまって、内心罪悪感でいっぱいのノイナは俯いた。


「ちょうどいい、僕も一緒に行こう」
「え!?」
「きっと彼とは対面して話をしたほうが効く。彼は嘘が嫌い、そうだろう?」


 ぴたりとゲブラーの地雷を言い当てられ、ノイナは驚いてしまう。まさか電話での会話を聞いていただけで見抜かれるとは思っていなかった。


「どうして、そう思ったんですか……?」
「この状況下で電話した際、君はかなり言葉を慎重に選んでいた。それは下手なことを言わないためというよりも、嘘をつかないため。そう思ったんだよ」


 そう、この男スタールは人心掌握の天才なのだ。相手にとってなにが快で不快なのか、見抜くことは造作もない。むしろそれができなければ、彼が果たしてきた数々の偉業は存在しなかっただろう。
 ノイナはこの状況に混乱しつつも、同時に圧倒されていた。憧れの至高の諜報員、彼がゲブラーの素顔をどこまで見抜くのか、興味が湧いてしまったのだ。


(でも、もし本当にゲブラーがスタール先輩でもいい、って言ったら……)


 現状じゃかなり無理筋な話だが、不可能を可能にしてきたのがスタールだ。万が一もあり得る。
 そう思いながらもノイナは、ほんの少しだけ寂しさを感じる胸中に気づかないでいた。


 そして仕事終わり。無事にゲブラーと合流したノイナは、以前とは違うカフェの個室にいた。スタールによると盗聴や防音の確認などを済ませた店であるらしい。一応美味しいケーキもあるとか。

 もちろん、スタールも一緒である。


「……ねぇ」


 道中はなにかの気のせいだと思っていたゲブラーは、ようやく当たり前のようにノイナの隣に座る男にようやく言及した。


「その人だれ。ノイナのお父さん?」
「いや……仕事場の、先輩です」
「は?」


 ゲブラーの反応はまったくもって当然のものだった。ノイナと二人きりでまたケーキを食べに来た彼は、よく知らない男が急に同席することになって混乱している。


「初めまして。僕はスタールと申します」
「? え、あ、うん?」
「今回は無理を言ってノイナに同行させてもらいました。それで用件ですが、単刀直入に言います」


 丁寧に挨拶をされ、ゲブラーは余計に混乱した様子でぽかんとしている。普段人を振り回す側の彼のこういう反応を見るのはなんだか新鮮だ。


「ノイナの現在の業務を、僕が引き継ごうと考えております」
「……なに?」


 だがスタールのその言葉にゲブラーは一瞬で表情を変える。顔をしかめて鋭い視線でスタールを睨みつけ、殺気すらも滲ませてくる。


「つまり、あんたがノイナの代わりをする、ってこと?」
「はい。その通りです」


 この反応はどう考えても無理だ。黙って二人の様子をすぐそばで見ていたノイナは思った。
 そもそもゲブラーは大の女好きだ。ただの異性愛者の男とはハードルが違いすぎる。


「あんた馬鹿ぁ? そんな説明されて、簡単にはいそうですかって俺が納得すると思ってんの?」
「無論、納得していただくためには相応の時間と行動が必要だと思っています」
「そもそもあんた男でしょ。俺、そっちの気は全然ないから」
「それも理解しています」


 ゲブラーがどれだけ跳ね除けても、スタールは涼しい表情を変えない。逆にゲブラーのほうが動揺して、ちらちらとノイナに助けを求めるように視線を向けてくる。


(ごめんなさいゲブラー、私には先輩を止められません……)
「なぜノイナが貴方の要求に応えているか、ご存じですか?」
「そりゃあ、俺を懐柔するためでしょ?」
「はい、その通りです」


 そんな当然のことを今更と、ゲブラーは面倒臭そうにため息をつく。この様子ではスタールの話をまともに聞くかも怪しい。


「我々は貴方に、我が国の傘下に入っていただきたいと考えています」
「知ってるよ」
「それはひとえに、貴方の持つ技術が他の同業者と一線を画しているからです」
「それも知ってる。っていうか当然、常識、当たり前すぎ」


 苛立った様子で答えるゲブラーにノイナは焦る。ゲブラーはけっこう短気だ、この調子で話を続けていると急に暴れ出すかもしれない。
 だがスタールの次の一言で、彼の表情は一転する。


「貴方の今までの実績を鑑みるに、僕は貴方の技術が既にの領域に達していると考えています」
「!」
「それがなにを意味するのか、ご存じですか?」
「な、なにそれ、しらない……」


 先程のスタールの発言はゲブラーの関心を引いたのだろう。彼はわずかにスタールへと視線を向けて、続きの言葉を待っている。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。 ※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。 ※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。  伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。  すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。  我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。 ※R18に※

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...