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15-02 ※(両刀発言注意)

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 ゲブラーとの関係がかなり上手くいっていることもあり、そのころのノイナはとても穏やかな気持ちで日々を過ごしていた。
 それだけに、ある日の朝自分の目の前に現れた人物に、久しぶりに動揺したものだった。


「ノイナ」
「はーい……今ご用件」


 書類から目を離して視線をあげれば、そこには長らく会っていなかった憧れの先輩、スタールが立っていた。
 整った顔立ち、いつものようにセットされた髪、几帳面に着こなされたスーツ。完成されたその姿に、ノイナは毎度のことながらうっかり緊張してしまいそうになる。


「スタール先輩、お帰りになってたんですね」
「本当に久しぶりだね。元気にしていたかい」


 柔らかな笑みを見せて、好青年と呼ぶに相応しい爽やかなイケメンはノイナのテーブルを覗き込んだ。一気に近くなる距離に思わずどきどきしていると、彼はノイナの目を見つめて笑いかけてくる。


「今はどんな仕事をしているの? 手伝うよ」
「え、いやぁ、悪いですよ。先輩、帰ってきたばかりなら今日は休日なんじゃないんですか?」
「構わないよ。僕は仕事をしているほうが好きだから」


 さらりとそんなことを言うスタールに、ノイナは苦笑を浮かべてしまう。こういう仕事中毒な面を除けば、スタールは天才諜報員と呼ぶには癖がなさすぎるほどの普通のいい人で、完成された先輩の姿をしていた。


「もう、先輩は仕事のしすぎです! 良かったら今日の仕事終わり、またケーキ食べに行きませんか? 新作出たんですよ」
「ああ、是非。そうだ、この間の分のお土産だよ」


 スタールはノイナの目の前に品の良いデザインの缶を置いた。見覚えのあるその缶を見たノイナはきらきらと目を輝かせる。


「こっ、これは、ノクターンの限定クッキー缶……! 先輩、ありがとうございます!!」
「以前食べたいと言っていたのを思い出してね。喜んでもらえて嬉しいよ」
「いやぁ、先輩がくれるお土産で嬉しくないものなんてないですよ!」
「……それは、よかった」


 心底幸せそうに微笑むノイナに、スタールも少しだけ緩んだ顔で微笑む。そのまま彼は彼女の机からいくつか書類を抜き取ると、かなりのスピードでそれを読み込んでいく。


「このあたりは僕が片付けよう。そのぶん仕事も早く終わるだろうし……そうだ、前に約束したディナーのことだけど」


 そこでスタールはなにかに気づいたらしく口を噤む。どうしたのかとノイナが首を傾げれば、彼は手を伸ばしてノイナの右耳にわずかに触れた。


「ノイナ、これは……以前は、つけていなかっただろう?」
「あ、ああ、これは」


 頭の中でノイナは必死に考えた。なんて返事をするべきかを。
 馬鹿正直にゲブラーに穴を開けられて今の所なにをつけるかも彼の言いつけを守っている、そんなことを言えばなんだか説教されそうな気がした。以前スタールは、身体に残る傷を作らないようにと言っていたからだ。恐らく、ピアス穴もそのうちに入るだろう。


「えっと、なんとなく、可愛いなぁって思って」


 そう答えた瞬間、ノイナは失敗したと思った。彼女の返事を聞くなりスタールは大股でどこかへ歩き出す。恐らくは上司のところへに事情を聞きに行ったのだろう。
 一体このあとなにが起こるのか。それを想像して顔を青くしていると、携帯を片手にスタールが戻ってくる。そして険しい表情でノイナの隣に立つと、彼女に顔を近付けて小声で言う。


「どうしてもっと早く任務のことを僕に言わなかったんだ」
「だ、だって先輩、忙しそうでしたし……」
「ちょうど仕事の区切り目だった。君に相談されたら、どんな状況だろうと僕がなんとかした」
(先輩なら本当にできそうだけど……)


 返答に窮していると、スタールの手がノイナの手を優しくとった。それにまたどきりとしていると、彼は真剣な表情で語りかけてくる。


「任務を降りるんだ」
「え、で、でも、うまくいってるんです」
「君にそんな仕事はさせられない。長官には既に交代の了承もとってある、……条件も厳しかったが。だからその任務は僕が引き継ぐ」
「えっ」


 そんな無茶なと、とっさに口にしてしまうも、ノイナは一瞬で考えを改めてしまう。
 いや、できるかもしれない。スタールならばゲブラー相手でも完璧に立ち回れるだろう。なぜかそんな確信がある。


「元々、君に任されるはずだった任務は全部僕に回すように言っていたんだ」
「へ、そ、そうだったんですか……?」
「そうだよ。男相手のハニートラップだってやってのけた」
「やっぱりあれは噂ではなかったか……て、えっ!?」


 まさか男相手のハニートラップが実は自分がやる予定だった任務ということを理解し、ノイナは呆気に取られる。
 ということは、自分がなんの経験も積めないまま書類仕事に励んでいたのは、全部スタールが任務を横から掻っ攫っていたから、だというのか。


(いや、この場合は庇ってもらっていた……?)


 なぜスタールがそんなことを。理由が分からず混乱していると、彼の手が優しく頬を撫でる。妙に熱っぽいその視線に固まっていると、スタールは甘い声で語りかけてくる。


「だからノイナ、あとは僕に任せてほしい。これからは対象とも連絡を取る必要はないから」
「でもそれは……」


 果たしてゲブラーが納得するかどうか。その疑問をスタールにぶつけようとしたとき。
 ちょうど運悪く、ノイナがゲブラーとの連絡に使っている携帯が鳴り響いた。



15 了
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