上 下
31 / 123

12-02

しおりを挟む
 ゲブラーの命を狙う者は多い。難しい暗殺ばかりを請け負っている男だ、彼を恨んでいるような者はやばい人間ばかりだろう。ただ普通に争って勝てる相手ではないため、彼の弱みを血眼になって探している者もいるはずだ。
 下手をすれば、自分がその弱みになってしまうかもしれない。今更になってそれを理解して、ノイナは苦笑がもっと引き攣ってしまいそうになる。


「俺はあんたが人質に取られても助けないよ」
「えっ、ひどい!」
「あんたが殺されたって、俺はなにも……」


 いつもの軽薄そうな笑みを浮かべていたゲブラーは、そこで言葉に詰まる。どうしたのかと視線で訴えかければ、彼はじっと壁を見つめたままだ。
 もしかして現在進行形でライフルで狙われているのか、そう思ってそわそわしていると、突然彼に下腹部を触られる。


「うぇっ」
「まぁ、あんたの身体は惜しいから命だけは助けてあげるよ」
「命以外のなにが損なわれるんですかね……」
「さぁ。なるべく優しく扱ってくれる殺し屋に捕まるといいね」


 本当にこの男は自分の身体以外興味がないんだなと、思わずノイナはため息をついてしまいそうになる。今こうして生かしてもらっているのも、運命的とも呼べるような身体の相性が理由だ。


(ゲブラーは私のこと、本当に良い穴してる玩具くらいにしか……でも)


 先ほどよりかは冷静になった頭で、ノイナは考え始める。引っかかるのはやはり、今日一番の話題のネックレスだ。


(つけてないだけであんなに不機嫌になって、質に入れたんじゃないかってあんなに怒って……それに、ネックレス、ダイヤモンド……)


 贈り物としては定番だ。特に男性から女性に贈るものとして。といっても、あんな高価なものを渡されれば、相当ぶっとんだ金銭感覚の女性でなければ喜びはしないだろう。


「ねぇ、ゲブラー?」
「なに」
「あの、ダイヤのネックレスって……盗品、じゃないですよね?」
「は? 俺があんたに盗品渡すわけないでしょ」
(ということは)


 正真正銘、あれはゲブラーがどこかの店で買ったもの、ということだ。
 思えば鑑定してもらったときも、店の人は特になにも言っていなかった。それなりに高価な宝石というものは、盗品かどうかも簡単に分かってしまうものだ。

 もしかして。少しだけ浮ついた予想になってしまうが、ノイナは考えてしまう。あのネックレスは本当に、ゲブラーが純粋に自分のために選んで贈ってくれたものなのではないかと。


「どうして、ネックレスなんて買ったんですか?」
「え?」
「いや、その……なんとなく、どうして買ったのかなぁって。だってあんなに高くて、ダイヤのネックレスなんて、ゲブラーが自分でつける用でもないじゃないですか」


 普段シンプルな装いをしている彼は、アクセサリーの類はつけていない。もしかしたら他に懇意にしている女性なんかがいるのかもしれないが、ならばノイナに渡す必要はないだろう。


「……たまたま店に行って」
「たまたま」
「綺麗だなって思って買った」
「な、なるほど」


 直感的な行動、ということか。それで札束をぽんと出せるあたり、本気でゲブラーの金銭感覚は狂っている。
 だが思い返してみれば、以前チンピラの肩を外したときも大金を渡していたのだった。彼にとってはあの程度、端金ということか。


「だったら、どうして私に、くれたんですか?」
「んー、その日いっぱい楽しめたから」
「あっ、お駄賃代わり……?」


 呆気なく予想がボロボロと崩されていき、ノイナは思わず俯いてしまう。
 だがそれでも、よくよく考えてみればおかしい。そんな適当な意図でノイナにプレゼントしたというのなら、どうしてつけていないことに対してあそこまで怒ったのか。お駄賃代わりだったなら、別に質に入れて換金したとしても気にしないだろう。


(そう、絶対おかしい! だってゲブラーは、仕事着でもつけられるって言ってたもの!)


 遠回しに聴き続けても、ゲブラーは適当に返事をするだけだろう。そう思ったノイナは意を決して、直球で彼に尋ねた。


「本当は……最初から私にプレゼントしようと思って買ってくれたんじゃないんですか?」
「なんでそう思ったの」
「だって、そうでしょう? 他のアクセサリーじゃなくて、わざわざネックレスなのも服で隠れるからとも言えますし……」


 指輪はともかく、他にもアクセサリーはある。それでもネックレスを選んだのは、やはりそこに意図があったからのように思えるのだ。


「ゲブラーだって、仕事着でもつけられるって、そう言ってたじゃないですか」
「…………」
「だから……本当は、いろいろ考えて選んでくれたのかなぁって」


 なぜこの話を直接ゲブラーに聞こうと思ったのか、理由は単純だ。
 もしも本当にゲブラーがあれをわざわざノイナのために選んだのだとしたら、身につけていなかったことに対して多少なりとも罪悪感があるからだ。
 もちろん、贈り物だとちゃんと言わなかった彼にも責はあるが、それでもノイナはゲブラーの厚意を無駄にしてしまった気がして、申し訳なく思ってしまったのだ。

 黙り込むゲブラーに、もしかして本当にと、ノイナは驚いてしまう。なぜか緊張して、どきどきと胸が高鳴り始める。
 無表情だったゲブラーはじっとノイナを見つめる。そしてにこっと微笑むと、ノイナの頬をつんと突いた。


「そんなわけないじゃんバーカ」
「えっ」
「そんなことまで考えちゃって恥ずかしい。自意識過剰なんだねぇ、ノイナって」


 嘲るようにそう言い放ったゲブラーに、ノイナは唖然としてしまう。だが自意識過剰だと煽られたことに対して恥ずかしさを感じるよりも、彼女は先に怒りを覚えた。

 そう、カチンと来たのだ。だから彼女は言い返した。


「そうですか! だったらあのネックレスは永遠に私の家の金庫で眠らせておくとします!」
「はぁ!?」
「お駄賃なんでしょう? なら私がどう扱おうと私の勝手じゃないですか!」


 いつぞやのゲブラーの言葉をそっくりそのまま返して、ノイナはふんと鼻を鳴らした。いつも傍若無人に振る舞うゲブラーに対して、ようやく仕返しができた気がしてスッキリする。
 だがゲブラーの表情を見たノイナは驚いてしまう。彼は今まで見たことないほど不機嫌そうな顔をして、けれどどこか悲しそうにも見える表情で、ノイナを睨んでいたからだ。


「ゲブラー」
「あっそう、勝手にすればいいよ!」


 そんな捨て台詞を残して、ゲブラーは出て行ってしまう。あまりにも唐突な行動に、ノイナは静かになった部屋でしばらくぽかんと座っていた。


「ゲブラーの言動が子供っぽいのは分かってたけど、まさかこれほどとは……」


 怒って出て行ってしまうなんて、とても成人男性の行動とは思えない。そもそも、プレゼントひとつでどうしてこうも話が捻じ曲がってしまうのか。
 けれどノイナは、子供じみたゲブラーの言動が悪いのだと、そう簡単に片づけられなかった。出ていく間際の彼の表情は、せっかく贈ったプレゼントをちゃんと受け取ってもらえなかったと、そんな悲しみが見えたような気がしたからだ。


「…………ちょっと、言いすぎちゃった、かも」


 ずきずきと胸が痛んで、ノイナはその場に蹲った。よく分からない喪失感でいっぱいになって、静まり返った部屋が、また無性に寂しく思えた。



12 了
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】聖女のお役目【完結済】

ワシ蔵
恋愛
平凡なOLの加賀美紗香は、ある日入浴中に、突然異世界へ転移してしまう。 その国には、聖女が騎士たちに祝福を与えるという伝説があった。 紗香は、その聖女として召喚されたのだと言う。 祭壇に捧げられた聖女は、今日も騎士達に祝福を与える。 ※性描写有りは★マークです。 ※肉体的に複数と触れ合うため「逆ハーレム」タグをつけていますが、精神的にはほとんど1対1です。

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...