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12-01 ネックレス問答
しおりを挟む部屋に入室して早々、ノイナはひょいっとゲブラーに抱き抱えられる。なんだなんだとオロオロしていると、そのままぽいっとベッドへと放り投げられた。
「ひぃっ」
なんとか綺麗にベッドで受身をとり、命の危機に早鐘を打つ心臓の音でいっぱいになった身体を抱きしめる。そうしていると荒々しくゲブラーはベッドに上がってきて、いつものようにノイナの上に跨った。
なぜか、その手にナイフを持ちながら。
「げ、ゲブラー……? い、いっぱい楽しむんですよね?」
「なんで」
「え?」
首元にナイフを突きつけられたかと思えば、びりっと襟元を軽く切り裂かれる。その鋭さに息ができずにいると、彼の手が白いノイナの首を掴んだ。
「なんでつけてないの」
「……え?」
「あげたでしょ! まさか、まだ中身みてないの?」
しばらくの沈黙を経て、混乱しながらも働いてくれたノイナの頭は彼がなんの話をしているのかを理解した。
そう、ネックレスの話だ。
「それって……あのネックレスの、ことですか?」
「それ以外に何があるっていうの」
「…………」
つまりゲブラーは、なぜ今ネックレスをつけていないんだと、そうノイナを問い詰めているのだ。だがそれが分かったところで、ノイナの頭は未だに疑問を吐き出し続ける。
なぜ今その話をするのか。なぜその話の最中にナイフが必要なのか。そもそもあのネックレスの意図とはなんだったのか。
「えっと……だってほら、今仕事着ですし……」
「は?」
「ひっ、仕事に行くときに、ジュエリーなんてつけませんよっ」
なんとかそう言葉にするも、ゲブラーは納得いかないと言う様子で眉根を寄せる。そして切り裂かれたノイナの襟首をひらひらとさせならが彼女に言う。
「あんた、ネックレスってどんなものか知らないの?」
「え? 首に、かけるアクセサリー、ですよね」
「そうだよ。だから仕事着ならどうせ服の下に隠れるでしょ? 仕事中とかそんなの関係なくずっとつけていられるはずでしょ?」
「ふぇ……?」
言っている意味は一応分かる。だがゲブラーが何を思ってこんな話をしているのか分からず、ノイナは混乱し続ける。
「ま、まぁ、確かに隠れると思いますけど、それでもやっぱり……」
「やっぱりなに?」
「つけない、と思いますけど……」
「はぁ?」
ぐいっとナイフを突きつけられ、彼女は必死になって思考した。
なぜかゲブラーが怒っているのは分かる。そして恐らく、なぜ怒っているのかといえばノイナが今贈ったネックレスをつけていないからだ。今の問答は、なぜつけていないのか、その理由を求めて行われている。
黙り込んでしまうノイナを見て、ゲブラーは顔を顰める。そしてハッとなって表情を険しくすると、ほんの僅かに彼女の首を掴む手に力を込めた。
「まさか、もう質に入れたなんてことないよね……!」
「えぇ!? そんな、貰った物を売ったりなんてしませんよ!」
「本当に? じゃあ今どこにあるの!」
「どこって、私の家の金庫ですけど……」
そう答えればゲブラーは硬直する。数秒の逡巡のあとようやくノイナの首から手を離し、ナイフをどこかに仕舞い込んだ。
「その、ですね、ゲブラー。私にはあのネックレスは、高価すぎるんです」
「…………あんた、給料いくら貰ってんの」
「え? うーん……」
これは機密漏洩になるだろうか、そう思って頭を抱える。だがゲブラーとノイナの金銭感覚があまりにも違うことを教えるためにも、ここはリスクを冒して彼に伝えるべきと思った。
内緒にしてほしいと一応頼み込み、彼の手に数字を書く。するとゲブラーは唖然として、憐れむような目でノイナを見る。
「あんた、そんな薄給で命賭けてたわけ……?」
「ま、まぁ、確かに今思うと正気の沙汰じゃないですよね」
「信じられない、どんだけブラックなの……」
なぜか逆に憐れまれている現状に少し不満が募るが、ひとまずはゲブラーも落ち着いてくれたらしい。それに安堵したノイナは身体を起こした。
「早いところそんな仕事辞めたら?」
「あはは、それ今日別の人にも言われたばかりです」
「でしょ? そもそも、報酬をまともに払わないくせにやりがいとか使命とか、そういう薄っぺらいものを語る仕事で身を削るなんて、すごーく馬鹿げてると思うんだけど」
「まぁ……」
それはそのとおり、とノイナは頷く。実際ノイナも、ゲブラーを懐柔せよと命じられたときは、どうしてこんなところに就職してしまったのかと悔やんだものだ。
「なんなら俺が養ってあげようか? 毎日デザート付きにしてあげるよ?」
「で、デザート……って、私が懐柔されている……?」
「毎日甘いもの食べるなんて太りそうだけど、毎晩ベッドで俺といっぱい運動するから大丈夫だよね。むしろプラマイゼロ?」
「あれ、玩具なのは変わらないのか……」
ゲブラーに養われる生活になっても、結局は性奴隷のままらしい。そう考えると、たとえ薄給だとしても一応人間扱いしてくれる今の職場のほうがいいような気もする。
「でも、私をどこに置くのかが面倒? とか言ってませんでしたっけ」
「ああ、それね、そうなんだよね」
ノイナの問いに、彼は大きく息を吐いて深く座り込んだ。これで一応、彼の警戒もある程度解けたと言っていいだろう。
「一つ処に留まるわけにはいかないし、かといって連れ回すのも邪魔だし……俺とつるんでるのが知られるようになれば、あんたも狙われるようになる」
「あ、あれ? 今は? 今も十分つるんでません?」
「まぁ、そうだね。一応妙な動きがあったら対処できるようにしてあるけど、どうだろうね。実はもう狙われてたり?」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ……!」
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