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 キラーカード、つまり最強の切り札。なぜ自分が諜報員になれたのか不思議だったが、そんな理由があったかもしれないとは考えたこともなかった。
 こんな機関の長などやっている人だ、名前しか知らないが長官もスタールのように優秀な人なのだろう。


「ま、もしも本当に立ち行かなくなった相談しなさい。命令はされてないけど、少しは私も身体張ってあげる」
「あ、ありがとうございます……!」
「といっても、そろそろスタールが帰ってくるころだし、私の出る幕はないかもしれないけどね」


 相談事があるのならスタールにするべし。そう遠回しにクリスは言う。なんだか先輩の役目を彼に押し付けすぎているような気もするが、その気持ちも分かってしまう。

 スタールは本当になんでもできる。料理掃除などの家事はプロ級だし、ノイナが無茶振りでなにも見ずに似顔絵を描いてくれと頼んだら、驚くほどに正確な絵を描いてくれたこともある。ちなみに少し美化されていた。


「スタール、あんたには特に優しいからね。またあいつが健気にあんたの世話を焼くのを見れると思うと、へそで茶が沸くわ」
「優しい先輩ですからねぇ」
「…………」


 あり得ないものを見るような目で見られて、ノイナは一瞬焦ってしまう。なにか問題発言をしただろうかと思った彼女は、慌てて話題を切り替えようと口を開いた。


「そ、そういえば! ええっと、実はけっこう悩んでいることが」
「なに?」
「えっとですね……実はゲブラーから貰い物をして……ああいうのって、どうすればいいですかね?」


 下手なことを言っていないか慎重に言葉を選ぶ。ゲブラーから物をもらった程度の情報であれば、多分大丈夫だろう。


「貰ったって? 人間の首?」
「そんなもの貰ってたら私今頃ここにいませんよ……!」
「じゃあなに」


 クリスはもしかしたらゲブラーを快楽殺人者かなにかかと思っているようだった。いや、下手をするとその域に片足を突っ込んでいる可能性も少しはあるのかもしれないが。


「えっと、……ジュエリー、的な?」
「……いくらくらい?」
「札束……」


 小声でそう言えば、クリスは重々しいため息をついた。まさかここまでとはと呟くと、カップをソーサーに置いて遠い目をする。


「あんた……早いところ仕事やめて雲隠れしたほうがいいかもね」
「や、やっぱり、私の首の値段なんですか……!?」
「そういう鈍いところも含めて、スタールが帰ってきたら相談してみなさい。あいつだったら、なにがあろうとあんたのこと守ってくれるだろうし……でもあいつも大概か」


 それまでは頑張って生き延びなさい。そんな縁起でもない捨て台詞を吐いて、クリスは早々に去ってしまう。
 あのネックレスはやはりそれほど危険な物である、そう理解したノイナは、味のしないコーヒーを飲み干し、一人震えながら仕事に戻った。

 そして仕事を終え帰宅している最中。彼女は誰かに声をかけられたのだ。


「お嬢さん、俺と遊ばない?」
(またゴロツキか……?)


 今は追いかけっこをする気分でもない、そう思って背後を振り返ればそこには。


「げっ」
「どうしたのノイナ、そんな暗い顔して。今からケーキ食べに行く?」
「なんでここに居るんですか……!」
「んー? 偶然、かな」


 意味深な笑みで偶然だというゲブラーに、ノイナは顔を青くする。もしかしてネックレスの代金分、命を取り立てに来たのだろうか。
 こんなところで死ぬわけにはいかない。そう思ったノイナは先手を打とうと、彼の欲求に訴えかけようとした。


「まっ、まだやりたいことがありますよね! まだしたりないですよね!」
「? なんの話?」
「いくらでも付き合いますから、今晩は、なにして遊びますか?」


 ノイナの言っている意味が分からないと言いたげに目をぱちぱちと瞬かせていたゲブラーは、しかし彼女の言葉にぱっといやらしい笑みを浮かべる。身を屈めてノイナに視線を合わせると、彼女の首筋をいやらしく触りながらぐいっと顔を近づけてくる。


「そんなに欲求不満だったの? 今日は珍しく、食い気より色気の気分なんだね」
(く、食いついてきたー!)
「いいよ。ノイナがそう言うなら、今晩もいっぱいたのし――」


 そこでゲブラーはなにかに気づいたのか、ふっと笑みを消す。その変化に驚いていると、彼は強くノイナの手首を掴んだ。


「え?」
「一緒に来て」


 なぜかその表情は不機嫌そうで、ノイナは焦る。けれど殺気のような重い空気を振り撒く彼に、とてもではないがどうしたのかと聞けるような状況じゃなかった。

 そしてノイナはいつものように、ゲブラーにホテルへと連行されたのだった。



11 了
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